アンドロイド転生1066
2120年8月28日 朝
吉祥寺 井の頭公園にて
別れ際、キリはエリカと手を合わせた。小さな手の平の熱を感じて胸がいっぱいになる。エリカはキャッキャと笑った。あまりの愛らしさに思い切り抱き締めたくなってしまう。
エリカの純真無垢な瞳と目が合った。“来てくれて有難う“そんな風に言っているように思えた。そうだ。イヴが言っていた。言葉がなくても目と目で分かり合えるのではと。本当だ。
ずっとこのままでいたかったがキリは立ち上がるとスズキ夫妻に向かってニッコリとした。
「お会い出来て良かったです。では…お元気で」
「はい。そちらもお元気で」
2組の夫婦は頭を下げて笑顔で其々の道を歩き出した。遠くになると大きく手を振り合った。なんて素敵な若夫婦だとキリは思う。もう2度と会う事はないだろう。心から願う。お幸せにと。
キリはずっと笑顔だった。公園内を歩いている間も、散歩中の犬を見かけた時も、パーキングスペースに戻って来ても。だが車に乗り込むとワッと泣き出した。タカオは慌てた。
「ダメだったか?許してくれなかったか?」
「じ…自分が悪かったって…反省してした…」
「そ…そうか…そうか…。あのエリカが…」
「うん…うん…」
キリはボロボロと涙を溢した。鼻水も垂らした。そのうち嗚咽になった。肩が上下した。
「き…来て良かった…あ…会えて良かった…エ…エリカ…あんなに小さくて…可愛くて…」
タカオは何度も頷いた。
「ああ…ホントだな。可愛かったな」
「い…いつも楽しいって…あ…歩けなくても…話せなくても…パパとママがいて…幸せだって」
「幸せって?言ったのか?ホントに?」
「うん…そう…」
「そうか…うん。幸せなんだな…俺達の娘は」
「うん…うん…」
キリは震える手でリングを立ち上げた。
「イ…イヴ…。イギリスは…い…今…何時…?」
『間もなく夕方の4時です』
「わ…分かった」
キリがコールすると直ぐにリョウの立体画像が宙に浮いた。笑っている。
『何だよ?キリ。昨日別れたばかりだぞ。もう寂しくなったのか?』
キリの顔があり得ないほど崩れた。
「リョウ〜〜あり…が…ど…う〜〜」
『はぁ?何だ?えっ?どうした?泣いてんの?』
キリは嗚咽を上げて言葉にならない。
タカオが引き取った。
「そうだ。キリは泣いている。喜びの涙なんだがな。俺達は今さっき…エリカに会ったんだ。リョウのアイデアなんだってな。可愛かったぞ」
リョウは目を丸くした。タカオはニヤリとする。
「動くと風が吹いたのはお前だけじゃなかったな。キリにも吹いた。だから会えたんだ。エリカは幸せになった。この先もずっとな」
リョウは漸く事態を理解したようだ。
『そ…そうか。会ったのか。そうなんだよな。幸せらしいな。赤ん坊なんてマズかったかなと思ったんだが…喜んでいて…俺もホッとしてる』
キリは鼻を噛むとまた嗚咽を漏らす。
「リョウ…リョウ…あの時…うちらは決意したね…エリカはさよならだって…決めたね…でもやっぱり…お互いに辛かった…」
『そう…辛かったな…』
「でも今は…あ…安心したの…なんたってエリカは人に愛される事を…知ったんだ…私達は間違ってなかった…それもこれもアンタが起こした奇跡だよ…」
リョウは目を見開いて照れ臭そうに笑った。
『…伯父さんのお陰だ。俺は閃いただけだ』
「閃きが…エリカを救ったんだ…」
そう。そしてキリもリョウも救ったのだ。
※キリとリョウが決意したシーンです
[お礼とお知らせ]
コメント欄でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが「エリカの転生やキリの憂い」などは当初、私の中にはありませんでした。エリカは死んで終わりだったのです。ですが読者様のコメントにより2人の物語が生まれました。彼女らにはチャンスと愛と希望があります。改めて御礼申し上げます。有難う御座いました。
そして、なんとエリカを主人公とした短編を書いて下さったのです。こんなに嬉しい事はありません。
もしお時間が御座いましたらパラレルな世界のアンドロイド転生をお楽しみ頂けますと幸いです。
ハマガウタキ様もクリエイターとして数々の作品を書き上げております。現在連載中の物語もあります。どれもお話しだとは思えない程に背景が考察されていて大変勉強になります。
今回つくづく思いました。別の土地で暮らす見も知らぬ方々と同じ「モノづくり」という立場で繋がれるSNSという場に感謝したいと。きっと想いは同じですね。皆様、これからもどうぞ宜しくお願い致します。