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アンドロイド転生1117


2126年6月15日 午後2時半
富士山8合目 ロッジにて
(撮影初日)

撮影の為に衣装に着替えたモネはチェックのフランネルのシャツだった。映画の時代設定は2025年。その当時に合わせているのだ。アオイは懐かしい気持ちになった。

更にモネは小道具係からスマートフォンを渡されると繁々と眺め、使い方を教わって感心する。過去の遺物にアオイは胸がいっぱいになった。片時も離さなかった事を思い出す。

撮影が開始した。モネはベッドに横たわり布団を被った。ヒロインは失恋して1人で山にやって来た設定なのだ。スマホの画面…元恋人を見つめて身体を震わせた。涙が溢れ落ちる。

オーナーと従業員という設定の役者達はそれに気付いて慌てた。するとモネは元恋人の死について語り始めた。突然の別れに理解が出来ず辛い。寂しくて堪らない。何故私を置いていくの?

涙を誘う演技に監督は満足げに頷いた。登山客も撮影を垣間見て感動している様子だった。アオイは泣いた。私が死んだ時…きっとシュウちゃんもそう思った筈。何故?どうして?って。

・・・

午後4時半

「よし。休憩にしよう」
監督の言葉で一同にホッとした空気が流れた。緊張の時間はまだ続くのだがひとまず夕食だ。山では食事の時間が早いのだ。

オーナーのケントやタケル達が忙しく立ち働く様子を見てアオイは手伝いを申し出た。ケントは嬉しそうな顔をする。
「そうかい?助かるなぁ。頼む」

人々にカレーが配られ、和やかな雰囲気で食事が始まった。大勢で食べると旨いものだ。モネも美味しいと言って喜んだ。食後にプリンが出されると拍手が起こった。

登山客がケントを揶揄う。
「私は何回もここに来てるけど初めてよ」
「山小屋でプリンが出ると思わなかったなぁ!」
「やっぱり役者さんが来ると特別ね」

最後にコーヒーを飲みながら監督が語った。
「日本の宝の富士山で撮れるなんて最高です。きっと良い作品にします。楽しみにしてて下さい」
役者達も1人1人立ち上がって抱負を述べた。

モネの番になった。口元を引き締めている。
「実は私は遭難した経験があります。自然は甘くない事を知りました。山に感謝と恐れを抱きつつ、女優生命をかけてヒロインを演じ切りたいです」

全員が笑顔で拍手する。なのにアオイはまた涙を滲ませた。人間の時もアンドロイドになってからも涙腺が弱いのだ。アオイは呟く。
「モネ様…素敵です…本当に…立派です」

その後はケントが手品を披露した。達人技に一同は大いに喜んだ。タケル、ガク、アマネが声帯を切り替えてオペラを披露する。人々は目を瞑って惚れ惚れと聴き入った。

歓迎会が済むとまた撮影が始まった。タケルがアオイの側にやって来た。
「俳優って凄いな。人前で泣けるんだから。モネは良い女優になったよ。感動した」

「有難う。やっぱり…どんなに好きな事でも成功するには天賦の才能が必要なんだと思う。あなたはインストールされて美容師になったでしょ?」
そう。タケルは転生してから美容師になった。

「そして素晴らしいスタイリストになった。それは才能があったから。だから何度も優勝したのよ」
「あ…有難う。まさか褒められるなんてな」
「はい。では私の事も褒めて下さい」

タケルは言葉に詰まると難しい顔をした。
「考えておく…」
「え!パッと出てこないの?酷いなぁ…」
アオイは膨れた。でも嬉しそうだった。


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