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幸せになれるかもしれないと思った

夜職を辞めた。
辞められたと思う。
ここまで長かった。19の頃から8年間、ブランクもあったが、ここまで本当に長かった。

昼も働き、夜も働き、という生活に慣れていた。
いつの間にか当たり前になって、月に1日しか休まない時もあった。24時間働いた日もあった。
働かないこと、自分が誰のためにも存在していないこと、必要とされていないことが、怖くて堪らなかった。

夜職の唯一良いところは、何の能力もなくても、女というだけで必要とされるところだった。
必要とされているなら、生きていてもいいと思えた。
そして私に払われる対価は、つまり私の価値だった。
分かりやすい理屈と目に見える反応と表面的な会話と、感情のない褒め言葉。
そういう、考えなくても理解できる自分の価値や、生温いコミュニケーションが、当時私には安らぎだった。

しかも時々ありえないくらい優しいおじさんが現れて、見返りも求めずに親切にしてくれることがあり、私は弱い人間なので、当然それを甘受した。
夜職をやっていることによって死のうと思ったことは何度もあるが、そういう人たちの存在は良い思い出と思っていて、勝手ながら救われた事実もちゃんと覚えている。
私なんぞのために、金と時間を使い、励ましてくれたこと。本当に感謝している。

奇跡的に、私には夜職の才能があった。
正直天職だったと今でも思う。
感覚も麻痺していたから、最後の方はストレスもさほど感じていなかった。
それでも、もう辞めた。

一時的に満たされた気になっても、必要とされた気になっても、結局それは私が若い女だから享受できている感覚で、歳を重ねれば需要もなくなり、市場価値も下がることは明白だった。
潮時、と思っていた。
28までには辞めようと思っていた。
それがほんの少し早まったのは、好きになれる人ができたからだった。

もう本当に、ありきたりでつまらない話だ。
27歳になり、夜職女なんかでは幸せになれないと分かりきっていたから、婚活を始めた。
そこで、向き合いたいと思う人と出会った。
この人を裏切りたくないと思った。
だから、付き合い始めた日に、夜職を辞めた。

元々、夜職を辞める時は、お世話になったお客さんに挨拶だけはして辞めようと思っていた。
それが筋だろうと思っていたからだ。
でも、筋よりも何よりも彼を大事にしたいと思った。
というよりは、もう何も残っていない私が唯一通せる義理がこれだろうと思った。
これを失くしたら、私は一生後悔するという確信があった。
その義理を通せたおかげで、私はギリギリ人間でいられているような気がする。
実際、他人から見て人間かどうかはよく分からない。

彼といると、幸せになれるかもしれないと思う瞬間がある。
こんな人間でも、本当に必要としてもらうことができるかもしれないと、思う瞬間がある。
過食嘔吐も未だ止められていないが、いつかは普通になれるかもしれないと思う。

勝手に道を逸れた私のことを、誰か、許してほしいと思う。
整形していることは、付き合い始める前に伝えた。
それを許容してくれたから、付き合った。
夜職をやっていたことは言うつもりがない。
言って、彼の私を見る目が変わるのが怖い。
今更そんなリスクは犯せない。

今まで苦しんだ私のことを、誰か、許してほしいと思う。
私に、許してほしい。


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