#10 生物の移動
この数日移動が多かった。穏やかな日々に訪れた束の間の刺激はすぐに疲労に変わる。だが、そんなだるさはビールをひとたび流し込めば、あっというまにどこかに飛んでいってしまう。
移動の環境
乗り物を使わず京都にいけ。と言われたら、ちょっと困ってしまう。
山があるし、川を超える必要もある(川は橋を渡ればいいが)。
しかも、天気や季節的な難しさも立ちはだかる。最近は夏日も多く、きっとすぐに熱中症になってしまうだろう。
とにかく生身の体での移動はハードルが高すぎる。
一方、海は世界中つながってるし、陸に比べたら一様に見える。
だが、本当のところは陸以上に変化に富んだ複雑な環境である。
なぜなら、水生生物が移動をしているからだ。
地球上での最長移動
陸海問わず、移動をする動物を想起すると、最初に思いつくのが、渡り鳥だ。
動物界で最も長距離移動をする種のひとつに「キョクアジサシ」がいる。
夏場の繁殖期は北極におり、非繁殖期になると南極へ向かう。そしてまた繁殖期が訪れると北極に戻る。
往復でおよそ32,000kmの移動距離になる。
旅好きな僕にとって、このフットワークの軽さは尊敬の念がたぎるばかりだ。
快適な環境は自分が動けばあるということを教えてくれる。極論ではあるが。
余談。野鳥の会おじさま
僕が大学二年生のころ、カナダである野鳥の会のおじさまに出会った。
彼はすでに還暦を過ぎていたが、今でもユーラシア大陸の北側にいる鳥がロシアの日本に近いあたりに南下してきたタイミングがきたら観察しにいくと言っていて、なんと楽しそうな趣味だろうと思ったものだ。
その野鳥の会おじさまは、常に双眼鏡を携帯していて、鳥がいたらピントを合わせていつも教えてくれた。
そのおじさまは、特に湿地帯の鳥が好きだった。
海や湿地を守る活動もしていて、僕の関心を鳥にまで広げてくれたのはこの出会いがきっかけだ。
回遊への適応
海洋において移動をする生き物として有名なのはマグロだろう。
動きを止めたら死んでしまうという事実から、昼夜問わずしきりに活動している人のことを喩えたりもする。
これらの広範囲で移動をする魚を「回遊魚」と呼ぶ。
回遊魚は、効率的に遊泳するために、体型は流線型で尾鰭(おひれ)は硬い特徴をもつ種が多い。
マグロの仲間だけでなく、サバの仲間も回遊魚の一つだ。
また、大きい方が効率的に泳ぐことができる。だがこの点は、体長がでかいとその分、餌や酸素も必要になるため、上手にバランスをとる必要がある。
バランスの取り方の違いにより、体型の多様性が生まれる。
水族館に行った際、どのようにバランスを取っているのか考えながら眺めてみるのも面白そうだ。
回遊をする理由
マグロのように長距離移動をする生物は、基本的に餌が豊富にあるところを目指して泳ぎ回っている。
だが、他にも理由はある。
1、ライフステージに関わる移動
2、生殖のための移動
3、浮遊生物
1. ライフステージに関わる移動
ライフステージの変化に伴い、必要な環境や食生活が異なるため移動する。
魚の特徴として、卵で生まれて(卵生)孵化したのち成魚となる過程を経る種が多い。
余談だが、これは硬骨魚類の特徴であり、多くの魚がこれに分類されるため、魚=卵生と認知されている。
一方、サメやエイなどの軟骨魚類は、母体の中で卵が孵化しある程度育ってから体外に生み出される「卵胎生」の特徴をもつ。
硬骨魚の幼魚は早く大きくなって捕食されるリスクを低減するため、餌が豊富な環境が必要となる。
そして、成魚の仲間入りができそうになったら、大人たちが住むエリアへと移動していく。
2. 生殖のための移動
つまり、成魚は餌が豊富な場所に卵を産むために移動をしなければならない。
成魚は産卵場所として、往々にして湧昇流を選ぶ。
【湧昇流(ゆうしょうりゅう)】(Wikipedia「湧昇」より)
普通表層と深層の海水は、水塊の温度や塩分濃度など物理的・化学的な性質により、お互いに混ざり合うことがない。また、表層と深層にはそれぞれ独立した海流が存在し、両者が接続するのは地球上のほんの一部の限られた地域のみである。しかし、ある特定の条件を満たした場所では深層から表層へ、一時的あるいは長期的に海水が湧き上がるような流れが発生することがあり、これを湧昇と呼んでいる。湧昇域は全海洋面積の0.1%程しかないとされるが、その生物生産量は海洋のあらゆる生態系の中でも際立って高く、非常に豊かな生態系が形成される。
餌場と産卵場所は数百~数戦キロ離れているため、成魚は毎年これらのエリアを行き来する必要がある。
サケが川を登る姿が有名だが、普段外洋に棲んでいるが、産卵のために川に戻る。
3. 昼夜の移動(浮遊)
回遊とはことなるが、たくさんの無脊椎動物や小さい魚の移動=浮遊にも着目したい。
これらの動物は、天敵が少ない夜に海面に上がり、昼間になると深い海へと戻っていく。
彼らが戻る海は、およそ深度400~1000メートルの中深層と呼ばれる。
この浮遊は、音波によって容易に検知できる。生物が多ければ音波の向きをゆがませるからだ。
どのくらいの魚が中深層に棲んでいるか、科学的に解明されていないが、およそ1~100億と推定されている。これだけ多くの生物が移動すると考えると、外洋の生態系に大きな影響を与えることは自明である。
哺乳類や鳥類の渡り動物や回遊魚は、採餌としてこの中深層の生物に頼っている。
多くの移動が、目に見えないこの小さい生き物たちの動きに司られていたということだ。
目に見える世界が全てではないと改めて教えられた気がした。