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昔を見留めて、認める【米徳優里恵】

「じたともに」を経て、自己評価と他己評価というものを考えるようになった。

自己分析と他己分析というのは、就活のときに主にやることのようだけれど、生きてりゃずーっと付き纏ってくる話題でもあると思います。「付き纏う」という言い方をしましたが、私としては、あまりやっていて楽しいことではないので、こんな言い方になってしまいました。楽しくないのは、それは、自分に自信がないから、それに付随して、自分に自信がない自分に気づいてしまうから。そもそも自信がないのに、その状況の自分すら嫌になってしまって、まーた自信を無くして、もうこれは恐ろしい負の自信失いループです。このループを抜け出すヒントを昨日、友人との会話で得たような気がしたので、そのお話をしたいと思います。

友人さんに私は「将来的に地元に帰ろうとは思わないのは、地元にいた頃の自分が好きでないからかもしれない」という話をしました。「当時のよねとくゆりえ」は、休み時間は読書でバリアを張り、親戚の集まりにも何かしらのドリルを持って問題を解いている、学力一辺倒の真面目ちゃんでした。周りの人もそう言うし、同郷のその友人さんも「真面目な子である印象はみんな持っていたと思う」と否定せずに聞いてくれました。昔の私は、確かに、自他共に認める「真面目」でした。当時の私は、それでいいと思っていました。そういう自分に自信がありました。それが変化したのは大学に入ってからです。地元を離れたので、周囲に真面目な私を知る人がいなくなって、「真面目でなくていい」という思考が生まれたんだと思います。私の「真面目ちゃん」はもともとは自分の元にあったかもしれないけれど、いつの間にか周りの人のものになっていて、真面目である理由が自分から離れていっていたのかもしれません。大学時代、金髪ショートにしたり、一人であちこち出かけたり、演劇を始めたり、そんな姿は友人さんから見てやっぱり意外に思えたそうです。「こんなところもあったんだ」と思っていたそうですが、私にとっても「こんなところあったんだ」でした。それでいて、わたしは初めて知る自分の「こんなところ」が気に入りました。そして反対に、真面目な頃の私がとても窮屈だったように思えてきました。でも地元には「真面目なゆりえちゃん」を期待する人がいて、実家の子供部屋には真面目なわたしの痕跡が積み重なっています。それが私の真面目ちゃんの殻のようで、そこに今の私が嵌っていないのが、わかる。ただ、地元に居続けるとなれば、殻に馴染もうと、昔の自分に引き戻されるような気がしてしまう。気に入った「こんなところ」たちは、まだそこまで強くない。
友人さんとの話に戻ります。皇居周りの大企業のビルを見上げながら私が「いい大学に入ったのだし、こういう大きな企業に入ることを親や祖父母は望んでいたのかもしれないと思うと、申し訳ない」というと、友人さんは、それは考えなくていいのではと否定してくれました。ちょっとだけ気の引き締まる強さをもった一声でした。「大企業に入っていないから、真面目に勉強したことが無駄だったということにはならないし、勉強した事実は「人」としての、何かにつながっていて、・・・・・・」というような話をしてくれたのですが、ちょっとうまく言葉でまとめられず、、。とにかく、話を聞いているうち、過去の私を認めて良いんだというふうに思うようになりました。真面目な私があったから今持っているものがたくさんあって、過去の真面目な私は、今の私と別物というわけではないし、否定されるものではない。こうして、過去を嫌わず、過去の自分に感謝すらできるようになりました。ありがとう、真面目ちゃん。

負の自信失いループを抜け出すヒント、、とはなんだったのか(笑)。
言葉にして書けそうだと思っていたのですが、書けなさそうです。でも、現に、私は今、自信がないことをあまり気にしていない気持ちになっているので、ループを抜け出せたといえるでしょう。

~友人へ~
皇居外苑の外周を一周散歩と高架下の飲み屋でピクルスとハイボールと焼酎で2時間くらい。買ってくれた「じたともに」の脚本に、手書きの書き込みで分析した跡を見たときは嬉しくて涙出そうでした。昨晩感じた、作品が届いている実感をぜーんぶそのまんま、スムっと全員に共有したくなりました。ありがとね、本当に。


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