梅雨の日/真田×鹿嶋
特別な思い入れはどの季節にもない鹿嶋も、梅雨は嫌いだった。理由は簡単。どれだけワックスで固めても、上げた髪が下りてしまうからだ。
故に、ヘアセットを諦めることも多かった。すると真田が、ちょっと残念そうな顔をする。顔が出ている方が好きなのだろう、その素直すぎる理由に呆れもすれば笑えもした。
――だからだろうか。いつの間にか、梅雨は嫌いなほどではなくなっていた。
天気予報を見る習慣がないので、梅雨の時期は物凄い確率で雨に降られる。それは未だに面倒だ。かといって、せっかく傘を持ったのに降られることなく空振りするのも腹立たしく、ならばもう濡れてしまった方がマシだと濡れて帰るのが常だ。びしょ濡れになったところで、帰ってすぐにシャワーを浴びればいいのだし。
と、真田に伝えたら、絶句された。
「ん……なことしたら、風邪ひくだろ!?」
「ひいたことねえし」
「……!? 今まで一度も!? 風邪を!?」
「ねえよ。お前と一緒にすんな」
「いや……? 俺の方がずっと一般寄りっつーか人類らしいと思うんだけどな……?」
今度は異星人を見るような目で訴えてくるので、相変わらず忙しいやつだなと思う。
人気の引いた教室に、今は真田と鹿嶋の二人しか居なかった。帰りにマックに寄る予定で、帰ろうとした矢先に空模様が怪しくなり、挙げ句土砂降りになった。少し待ったらおさまるだろ、とは真田談。
「ってことは、今日も持ってねえの」
「そりゃそうだろ。朝降ってなきゃ持たねえよ」
「なんでそんな自信満々で居られる?」
マジかよー、だの、えー、だのうだうだ言っている真田を横目に窓の外を見る。すると、真田の予想通りいくらか雨足が弱まってきていることが分かった。
なにせ腹が減っている。いい加減何かを食べさせてやらなければ、腹の虫が鳴きすぎて死んでしまいそうだ。
何も言わずに立ち上がり、バッグを手に取る。真田に視線を合わせ、
「行くぞ」
と声をかけた。
真田は「う、」と妙な声を出し、顔を赤くした。
は? なんだその顔。
「早く傘差せよ」
「……こうなると思ったんだよ……」
真田に伝えた通り、普段なら気にせず雨の中を帰る。
が、今日は店に寄るのだ。流石にびしょ濡れで椅子に座るのは不快なので、真田の傘を奪うか、一緒に入るしかない。
先程の話しぶりから、真田は雨に濡れると風邪をひくようなので、後者を選ぶしかなかった。普通に譲歩したのに、何をそんな不満げな。
真田が渋々差したビニール傘の下にひょいと入りこんで、歩調を揃えて歩き出す。普段は少しだけ真田の方が早い。それを真田も理解してから、鹿嶋に合わせているのが分かった。
夕方に差し掛かった帰路は人通りがやけに少なく、向こうの方まで人っ子一人見つけられない。「なあ」と話しかける。
「何」
「なんかお前、顔赤すぎねえ?」
「…………。はあ? 気のせいだから」
「もう風邪引いたとか?」
「違ぇーよ! いいから気にすんな!」
無論、真田自身は鹿嶋と二人で相合い傘状態であることに、焦りと緊張と驚きと感動とドキドキを覚えているわけだが、そんなこと、鹿嶋はつゆ知らず。
本当に風邪をひきやすいんだな。そんな勘違いをしたまま、しげしげと真田を見ていると、「前向いて歩け」なんて、小学生に向けたようなことを言われた。
なんだこいつ。
ムッとして、傘を奪う。前にも後ろにも、人気がないことは確認済みだ。顔を近づけて、触れるだけのキスをした。これは意趣返しで、悪戯心そのもののキスだ。
すぐに離れて、ぐらりと揺れた傘の柄を、奪い取る形で鹿嶋が持った。身長は殆ど一緒だから、別にどっちが持ったっていいのだ。
それに。お前の肩が濡れすぎていることに、今のキスで気づいた。そういうのはいらない。
なにせお前は風邪をひくし。
「なっ……にをしてんだ道のど真ん中でーッ!!」
絶叫する真田を置いて、さっさと歩き始める。慌てて追いかけてくる真田は、怒っているくせに、一緒の傘には入ってくるのだから面白い。
「ちゃんと歩けよ。おせーんだよ」
「お前ほんとにそういうとこな? っつーか、俺の傘な!?」
顔を真っ赤にさせたままのお前に、何を言われてもな。
マックに寄ったら、結局そのまま鹿嶋の家にも遊びに来るのだろう。
帰る時には雨はやんでるらしいから、この傘はきっと俺のものになる。
次に雨が降った日には、この傘の中にお前を入れてやるのも、悪くないと思った。
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Twitterリクエストよりサルベージ。
全体的にちょくちょく書き直しました。甘酸っぱい感じに照れました。