猫 - 真田×鹿嶋/翔×直人

猫だね(翔直)

 時計の針は12の直前を指していたものの、どちらも「もう寝よう」とは言えなかった。
 1月から2月にかけて、翔が多忙を極めていたのもあり、まともに会えなかった時間を埋めるように喋り続けてしまう。誰にも、何にも邪魔されず、二人きりで居られることが純粋に嬉しい。
 もう3月ですね、という直人の言葉につられるように、翔がスマホを取り出しカレンダーを開く。次に会えるのはいつだろうね、と言葉を続けるつもりだった。
 が。
 赤丸で囲われた今日の日付を見て、目を見張った。
「あれ。今年ってうるう年だっけ?」
「? そうですね。あ、ちょうど今2月29日になりましたよ」
「ありゃー」
 なんとも間の抜けた声が出てしまった。次にしゅるっと体が縮むのが分かって、気づいたら目線はフローリングのすぐそばだ。
 最近忙しすぎて、すっかりうっかりしていた。昨日で2月は終わったものだとばかり。
 今の今まで翔が着ていた服はバラバラと散らばって、まるで人体が消えるマジックの残骸のように見える。下着の端っこを咥えてずるずるひっぱり無地の白シャツはその上に被せるように乗っけた。ジーンズ素材のパンツは重すぎるので、前脚で掴んでみた。けど、後ろ脚だけで立つことが出来なくて早々に諦める。
 その間、直人は呆然とその様子を見つめていた。腰を抜かしているらしく、ソファから立ち上がれないらしい。そりゃそうだよね。
「みゃみゃみゃう」
「……あっ!? え!?」
「みゃー」
 どうも。猫になってしまいました。
 4年に一回、何故か起こる一大イベントです。4年に一回という頻度のせいで、大体毎度忘れてるんだけど。
 鹿嶋家では、幸もこの現象に見舞われる。多分今頃、真田くんが大騒ぎだろう。
「……猫!?」
「みゃん」
 猫だね。
「ええ……!? 翔さん! 猫、猫ちゃんです! 猫ちゃんが現れました! 翔さん!?」
 顔面蒼白で、辺りを見回しながら叫ぶ。翔が目の前で猫になったものの、じゃあこの猫がイコール翔である、とは結びつかないらしい。当たり前だ。しかしどれだけ呼んでも、翔は現れないのである。
 だって俺だし。
「みゃみゃみゃ」
「あ……あぅ……かわいい……っ。茶トラ……? あ! 手のところが、靴下になってる……! え、でも、しょ、翔さん!? 翔さんはどこに……っ!?」
 大体毎度忘れているとはいえ、家族以外にこの姿を見られるのは初めてだった。実はあと一時間もしないで元の姿に戻れるのだけれど、その間に動物病院だかどこかに連れ出されてしまうのはちょっと困る。元に戻る時、当たり前に全裸なので。捕まっちゃうよね。
 みゃーんとちょっと考えて、はたと気づいた。そうだ、この肉球で、スマホを触れる。床に落っこちていたスマホに近づいて、画面をたしっ、と触った。
「えっ、賢い……っ」
 直ちゃんは動物が大好きなので、顔を赤くしたり青くしたり大忙しだ。分かる。賢くって、可愛いよねえ、俺。前にどんな姿なのかしらと鏡の前に立って、ショックを受けたほどだ。可愛すぎて。
 しま模様から白靴下になっている前脚でパスワードをたしたし入力し、LINEの画面を開く。その他着信メッセージ全て無視して直人宛の画面を開き、「おれがしょうだよ」と打ち、送信。
 ぴこりん、と直人に着信通知がいって、その様子を穴が空くほど見つめていた直人は、いよいよ大混乱に陥っていた。
「え……え? …………翔、さん、なんですか……?」
「みゃんっ」
「ひえぇ、かわいいっ……じゃなくて!」
 突然目の前から消えた恋人。バラバラの服。残された猫。猫からの暗号分(というよりただの答え)。要素をあげていくと限りなくサスペンスだが、猫の俺が可愛すぎて、ドラマだったら画面が締まらないだろう。
 たしたしと、もう一通分LINEを送る。ぴこりん。
「え、ええと…?『あといちじかんでもどるよ』ってこれ時間制なんですか!?」
「みゃおみゃみゃみゃ」
「ううっ、何を言ってるか分からないのに可愛いということだけが分かる……!」
 本当に可愛すぎて参ってるみたい。普段の俺も相当可愛いし、女装した俺だって超可愛いはずなんだけれど、まあ動物はね。本能相手の訴求力も希求力もちょっと桁違いだよね。
 膝の上にぴょんと乗っかり、胸元に頭をすりすり擦りける。上機嫌ですよ、甘えたいですよというサインは、心配しないで大丈夫だよの意味の方が大きい。直人は震える手で翔のふわふわした頭に触れて、泣きそうな顔になった。
「ふ、ふわふわだ……」
「みゃうー」
「うち道場なので、動物がダメで……。こんな風に猫ちゃんを撫でるのが夢で……。いや、夢だよなあ、これ……翔さんを猫にしちゃう夢見るって、俺はどれだけ猫ちゃんに飢えて……」
 いよいよ現実逃避が始まっているけれど、安心してほしい。このあと全裸の俺が登場して、夢でも妄想でもなんでもないことが分かってしまうから。
 慣れない手付きで、いそいそと撫でてくれるのが気持ちいい。ゴロゴロと自然に喉が鳴って、ぺたりと香箱座りをする。せっかくだし、あとでお腹も見せてあげよう。こんな形で直人の夢を叶えられたのなら、それはとても幸いなことだ。
 直人が恐る恐るカメラを向けてくれたので、とびっきりの可愛い顔で「みゃみゃん」と鳴いた。

猫じゃん(さなかし)

 猫が居る。突然、猫が居た。野良っぽい風貌で全身ほぼグレー、前脚と後ろ脚には白靴下を履いている。
 いや、じゃなくて。鹿嶋どこいった?
「…………猫?」
「なう」
「うわっ!? 鳴いた……!?」
 そりゃ鳴くだろ、と自分で自分にツッコミを入れてしまう。いやでも、つい今しがたまで、真田の部屋には鹿嶋が居たはずなのだ。猫ではなく。
 鹿嶋はベッドの上でうだうだだらだらしていて、真田は床に座ってベッドに背中を預けていた。いつも通りの、なんてことない日常の延長だった。
 12時を回って「ああ今年うるう年か」と独り言を呟いた瞬間、鹿嶋が「あ」と声をあげた。気になって、なんだよと振り向く。
 そしたら、猫が居た。鹿嶋が着ていた服は、ベッドの上に散らばっていて、鹿嶋自身は影も形もなくなっていた。スマホが手からぼとりと落ちて、全身から血の気が引く。どこから入り込んだんだ、とか、この一瞬で服脱いでたのかよ、とか、っていうか本人はどこに隠れてんだよとか、その全ての言葉が口に出来なかった。それぐらい、動揺していた。
 よくよく見ると下着まで放り出しているので、全裸で他人の実家を闊歩してんのか!? と大慌てで部屋を出る。
 家族もまだまだ起きている時間だ。階段を駆け下りて、トイレ、脱衣所、風呂場、と様子を見るも、鹿嶋の痕跡はどこにもない。え、じゃあリビング……? いや、まさか、そんな……と恐る恐る覗いても、そこには両親と妹しかおらず、露骨に胸を撫で下ろした。
 いや、流石に鹿嶋の名誉に関わるか。悪い、鹿嶋……心の中で謝りつつ、すごすごと自室に戻った。
 見知らぬ猫が、ベッドの上で全身をぐいーっと伸ばして、だらだらしている。まるで鹿嶋のような猫である。髪色に近い薄いグレーだし。しかしどこから紛れ込んで来たのか、本当に分からない。真田の部屋は2階にあり、ベランダが無いため屋根をつたって飛び込んでくることも不可能なはずだ。
 とはいえ、真田の部屋に鹿嶋の気配はなく。
「……やべえ、わっかんねえ……。夢?」
「なうな」
「ひえっ、この猫、さっきから妙にタイミングよく鳴くな……!?」
「なうなう」
 不遜げな声に愛嬌は全然ない。猫ってこんな低い声で鳴くもんだっけ。
 ――にしても。よくよく見ると、なんか、可愛い。犬を飼っていることもあり、普段は犬派を豪語しているのだけれど。この猫、目つきは悪いがパーツのバランスが整っていて、見ていて飽きない顔をしている。というか相当綺麗だ。
 ベッドに腰かけて、のんべんだらりとしている猫の顎下をちょいちょいと撫でる。拒否られないので、そのまま掻いてやった。気持ちよさそうに喉を鳴らす姿が、なんだかこう、鹿嶋にちょっと被るのだ。
 猫と鹿嶋を同一視し始めているの、我ながらめちゃくちゃやばいとは思う。でもマジで顔似てねえ?
「お前、顔……すげー可愛いな。どっから来たの。迷い猫?」
「ん゛な゛ー」
「いってぇ! 噛むなよ! なんで!?」
 突然猫が不機嫌になったので慌てる。というか、今俺はこの猫のことをほとんど鹿嶋を相手にするのと同じ気持ちで撫でていたわけで、しかし鹿嶋はここに居ないわけで。
 何をちょっとのんびりしてんだよと、猫から叱責されたような気分である。そんなわけないのに。
「……結局鹿嶋どこ行ったんだよ」
 噛まれた指をさすりつつ、もう一度部屋を見渡す。ベッドの様子以外なに一つ変わっていないので、やっぱり夢だな、と片付けた。
 夢にしては相当リアルだが、鹿嶋のことを夢に見るのは慣れているし。こんな謎シチュエーションも、夢なら仕方のないことだ。荒唐無稽で仕方ない。
 もうどうでも良くなってしまって、鹿嶋の服を床に落とす。
「んなー! なーうっ」
「なんっだよ、怒るなって。目ぇ醒ますために俺はもう寝るから」
「な゛ーな゛ーっ」
「んだよもー……すっげぇ鳴くじゃん……」
 ベッドに潜り込もうとすると、げしげし前脚で顔を蹴られる。警戒心しか無いような顔つきなのに、めちゃくちゃ懐っこくて驚いてしまう。マジで鹿嶋みてぇ、と思いつつ、蹴られっぱなしでは寝られないので猫ごと布団に引き込んだ。
「な゛うっ」
「いいから、もう、寝よう……。なんか疲れた……」
 猫は後ろ脚でもげしげしと真田を蹴っていたが、真田が寝息を立て始めたことで諦めたらしい。
 仕方なさそうに、体をぺったりとくっつけて一緒に眠った。

「あだっ」
 ベッドから転げ落ちた。なにかに押し出されるようにして落ちたので、〝なにか〟が鹿嶋であることが分かる。良かった。やっぱり夢だったのだ。
 寝ぼけ眼で「てめぇ……」と起き上がると、鹿嶋は何故か全裸だった。
「は? なんで脱いでんの?」
「服。取れ」
「……あぁ〜?」
 頭がぽやぽやしている。服。そういえば真田がベッドから落としたような。いやでもあれは夢なわけで。目をこすりつつ、服一式を全部渡す。鹿嶋はひどく不機嫌そうに受け取って、すぐさま着込んだ。
「このクソ寒いのによく全裸で……」
「うるせぇな。俺だって好きで脱いでんじゃねえよ」
「はあ〜?」
 ちっとも意味が分からない。が、時刻は深夜一時だ。議論する間もなく眠いので、気を取り直してベッドへ戻った。
 鹿嶋が冷えた体を寄せてきて、ぐりぐりと頭を胸元に擦り付けてくる。先程まで見ていた夢と若干リンクした。
「ふふ、やべー、猫じゃん……」
「だから。猫だっただろうが。いいから早くあっためろ、くっそ寒ぃ」
「あー……」
 猫だっただろうが、って、何。いちいち意味が分からない。でもまあいっかと思考に区切りをつけて、お望み通りに腕を回して抱きしめた。冷えた体が次第にあたたまっていくと同時に、顎先をぺろりと舐められたような気がする。
 マジで猫じゃんと笑うより先に、意識は消えた。


猫なのに(翔+鹿嶋)

「うっっっっっっそバレなかったの!?」
「全部夢だと思ってた」
「本気で言ってる? 俺はもう…直ちゃんにまざまざと現実を見せつけちゃったよ……? 人間→猫→人間の変化全部見せちゃったよ……!?」
「バカじゃん」
「いや人前で変身したのはお前も一緒だから!? 真田くんが稀有な才能の持ち主だっただけだから!?」
「だから猫のことは言わないでおく」
「マジでぇ……? いやまあ、気づかれないに超したことはないんだけど……マジなの? 真田くん……」
「あいつはいつもマジだろ。猫の俺の顔も可愛いって言ってた」
「うわっ……。あ、いや、ごめん。引いてない。全然引いてないよ」
「俺は引いた。蹴った」
「やめたげて! ……でも、俺達ほんとに猫なのにね……。気づかれないもんだねえ……」
「4年に一回だけなら人間だろ」
「人間はね、4年に一回も猫にならないんだよ。ゆき……」


猫です(翔直)

「あっれぇ……?」
 腕の中には可愛い可愛いラグドールが、目を限界まで見開いて固まっている。
 つい今しがたまで、ベッドの上、翔の腕の中には直人が居たはず。一瞬にして体が縮んで、着衣は散らばって――なんだかこの現象、見覚えがありますね。
 いや。猫じゃん。
 猫になってんじゃん。直ちゃんも!
 鹿嶋の血を引く人間は、4年に一度、閏年の2月29日に猫になる。たった一時間程度のことな上、体調に変化もないので、然程問題は無いのだけれど。つい先日、翔は直人にバレたばかりだった。
 それにしても。直人も猫になるなんて、これは夢だろうか? 自分の顔をつねってみる。
 めっちゃくちゃ痛い。
「あででで」
「にぁ、にぁーっ」
 腕の中の直ちゃんが、か細い声で心配そうに鳴く。
俺の腕をたしたしと叩いて、つねるのはやめてください、と言っているようだった。
 えっ。超かわいい。
「待って。超かわいいね直ちゃん。冷静になりすぎてて逆に今気づいたよ……!」
「に、にぁ?」
「なんで声、そんな仔猫ちゃんみたいなの!? やばい、動画……動画録らないと……っ」
 とスマホをごそごそポケットから取り出したところで、幸からの着信があった。あれ、これってもしかして、と思いつつ、直人をそっとベッドの上に下ろす。
「はいはい翔ちゃんですよー」
『真田が猫んなった』
「あ、やっぱり? 直ちゃんも猫になっちゃった」
『これ、どうすりゃいいの』
「俺らとまったく同じ現象だったし、ってことは一時間ぐらいで戻ると思うから……ひとまず一時間経ってから考えよ」
『猫との遊び方知らねー』
「学ばせてもらいな。真田くんに」
 会話終了。それを聞いていた直人が、にぁにぁと不安げに声をあげた。ベッドに腰掛けて、直人をよいしょと持ち上げ膝の上に寝かせる。ふわふわの毛を撫でつつ、「大丈夫だよ」と声をかけた。
「一応専門医的な人たちも居るから。一時間経って人間に戻ったら、そこ行こ。もし戻らなくても、絶対戻してあげるからね」
「にぁー……」
 翔にも幸にも、人間に戻るアテはあった。だからこそそこまで焦っていないというのがある。この症状に効く薬もあるので、最悪処方してもらえば問題ない。なんともザルな世界である。
 と、いうことで。
「直ちゃん。こっち見て」
「にぅ?」
 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ。
 フラッシュは勿論たかずに、スマホの連写モードで一気に何十枚と撮っていく。直人は怖がるというよりも「撮りすぎです」と苦言を呈すように「にぁにぁ」と鳴いた。本当になんでそんな鳴き声なの直ちゃん。ちょっと可愛すぎて死にそう。いつも可愛いのに、猫の直ちゃんはまた違った趣がある。品のいい佇まいと緑色の丸い瞳が凄く綺麗で、抱き上げてぴったりと鼻をくっつける。
 鼻の先がちゃんと湿っていて、緊張はしていないみたいだった。
 そのまますりすりと頬と頬をすり合わせて、顎の下を指先で撫でるとたまらなそうにごろごろ鳴きだす。目を細めて心地よさそうにしている顔が可愛すぎて、直ちゃんと二人で猫を飼うのもアリだなあ、なんて思考が飛躍してしまった。
 でも飼い主たちもたまに猫になっちゃうとなると、驚かせちゃうかな? どころか飛び出していっちゃうかも。それはちょっとなー。
 直人がどんどん溶けていくので、膝ではなくベッドの上に寝かせてあげる。そのまま背中をゆっくり撫でていると、直人はうとうとと船を漕ぎはじめた。
 分かる。猫って、撫でられるのに本当に弱いんだよね。俺もこの前撫でてもらった時、やばかったもん。
「めーっちゃくちゃかわいいよ、直ちゃん♡」
 ちゅっと鼻先にキスをすると、寝ぼけ眼の直人がくすぐったそうに「にぅ」と鳴いた。


猫だけど(さなかし)

 こいつって俺が猫になるの知らないんだっけ。
 部屋のどこを探しても猫になってしまった真田が見つからないので、今はぼんやり寝転んで天井を見ている。鹿嶋のこの件に対するやる気などほぼゼロなのに、探してやっただけ有り難いと思って欲しい。
「真田ぁ。一応言っとくけど、狭いとこ入ってると一時間後ぐらいに死ぬ」
「にゃっ?」
「あ……やっと声出したなテメェ。だから。いきなり人間サイズになったら圧死するっつってんだよ」
「にゃ………!?」
 なんか普通の鳴き声だなこいつ。あんまり特徴ないっつーか。正統派っぽい感じ。
 のそりと起き上がって、声のする方へだるそうに歩く。押入れかよ。勝手に入ってんじゃねーよ。
 勢いよく襖を開けると、掛け布団の膨らみがビクッと震えたのが分かった。
 猫らしいっちゃ猫らしい隠れ場所で、最初にここを探せばよかったと舌打ちする。
「おら、出てこい」
 掛け布団を剥がすと、そこには姿勢を低くして臨戦態勢の猫が牙を向いていた。警戒心強めの感じ、まあまあイラッとする。俺相手になんなんだお前、という感じ。
 ひょいと抱き上げてみたものの、興奮しているのか爪が出ていて腕に引っかかった。チリっとした痛みが走って、それはちょっと嬉しい。
 まあ流石にこの程度だと興奮なんてしないけど。そもそも相手は今、猫である。
 居間のローテーブルに真田を乗せる。茶色のしましま模様。翔よりも毛並みがいい感じがする。
 すると、今度は「にゃ……」と妙にしょげた声を出して鳴いた。猫になっても百面相なのお前。
「なに」
「にゃー、にゃーう」
 右腕が上がって、先程の引っかき傷の近くにぽて、と短い腕が乗る。なんだっけこの種類。アメ……? ……思い出せない。この毛並みからするに、鹿嶋や翔のような雑種ではなさそうだった。
「で、なに。この傷がどうしたんだよ」
「にゃう……」
 耳がぺたりと寝てしまって、完全に凹んでいる。
 ああ、なるほど傷を付けたことに対する謝罪?
 こいつ、猫なのに物凄い分かりやすい。感情表現って、人間も猫もそう変わらないらしい。いや真田が特殊なのか?
「別に気にしてねえけど。俺も猫になるし、一回お前の前で猫になったし。病気とかじゃねえから」
「……にゃにゃう!?」
「だからまあ、悪いと思ってんなら30分ぐらい暇つぶしに付き合え」
「にゃ?」
 よいしょと立ち上がって、カオリの部屋から猫じゃらしを持ってくる。猫じゃらしと言っても、棒に紐だけくっつけた簡単なもので、鹿嶋のお気に入りのおもちゃだった。カオリはこれを使って息子を散々遊ばせるし、その様子をもの凄く楽しそうに写真におさめている。
 それぐらい、楽観的でいいのだ。こんな非現実的なことは。
 まあ4年に一度しか起きないなら、よっぽど人間だし。
「さっき翔に、お前から遊び方学べって言われた」
「にゃ?」
「こんな感じか?」
 棒を持って、紐をひょいっと遠くまで放つ。すると、真田はぴょんっとテーブルから飛び降りて、物凄い勢いで紐の先端を追いかけ始めた。
「ふ、」
 ひょいひょいと、真田が追いつけない速度で猫じゃらしを操る。どたどた必死の形相で部屋中を走り回る姿がおかしすぎて、持つ手が震えた。
「ぶはっ…、おま、すげえ必死……」
「にゃう!」
 笑うな、と言われたのが分かって、いよいよヤバい。
「あっはっはっは、やば、お前、猫の才能あるわ」
「にゃにゃにゃぁ!」
 人間に戻った時、物凄い勢いで怒鳴ってくるだろうとは思いつつ。
 なるほど、翔が言う「学ばせてもらいな」は正しいかったんだなと感心した。

猫の日に書いた猫話+リクエストでいただいた猫話でした。
猫かわいい。

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