人生を素手でつかんだ人
『T2』を観た。
Twitter2……ではなく、トレインスポッティング2ですよ。
好きな映画TOP3には間違いなく入る。俺のイギリス観はこれときんいろモザイクでできている。
もちろん1作目も履修しているが、断然2のほうに思い入れがある。
主人公のレントンをはじめ、みんないい歳こいたオッサンになっている。しかし社会的地位なんてものは欠片もない。相変わらずドラッグと犯罪から抜け出せないロクでなしの人生を送っている。その様は見ていて悲惨だが、変わらない安心感もある。
列車は必ず次の駅へ。ではジャンキーたちは?
今だけかもしれないが、アマプラで100円でレンタルできるのでみんな観てね。
この映画で俺が最も印象に残る人物は、ベグビーだ。
酒と喧嘩に依存していて、暴力で他人を支配する。絶対お近づきになりたくないタイプでありながら、感情移入が止められない。
物語の終盤、ベグビーが青年時代を回想する。
レントン達と連れションしに入った、取り壊しを待つばかりの古い駅。そこで近づいてきた小汚い男に絡まれる。
「何してる?鉄道オタクの集会か?」
吐き捨てて男は去っていく(余談だが鉄道オタク=trainspottingは、エディンバラでは薬物中毒者を指す隠語に使われる)。
ベグビーはただ黙っている。
廃駅をうろつく酒浸りの世捨て人。
彼はベグビーの父親だった。
俺はこのシーンを見るたびに、アル中だった母親の姿が脳裏をよぎり、ベグビーのことを他人だと思えなくなってしまうのだ。
以下母親の話になるが、なにせ昔のことなのでかなり主観と推測に頼っている。実話を基にしたフィクションだと思っていただきたい。
お話が長いよ。あと汚い描写が入るので注意。
俺が小学生低学年の頃は、母はまだ元気だった。運動会を見に来てくれて、手作りのお弁当を一緒に食べた記憶がある。彼女が作るだし巻き卵は、しょうゆの入れすぎなのかいつも茶色くてしょっぱかった。
高学年になると、彼女は体を壊して入退院を繰り返すようになった。病名はたしか腰部脊柱管狭窄症。乱暴に言うとヘルニアの重症版みたいなやつだ。
ただ調べてみても、この病気は何度も手術が必要なものとは見受けられない。
思うに、この時期からすでに肝臓病を患っていたのではないか。
母はアルコール依存症で、おまけにヘビースモーカーであった。
入院先でも、安静の身にもかかわらず、ベッドを抜け出しどこからか調達してきた酒とタバコをキメていた。ハッキリ言って患者的にはクズの部類に入る。そのため近隣の病院をタライ回しになり、行く先々で出禁になった。
(ちなみに母がいつも飲んでいたのは氷結レモン。吸っていた銘柄はセーラムスーパーライトだった)
病院のブラックリスト入りを果たした母は自宅療養を強いられた。
一方で、中学生になった俺は引きこもりの不登校児と化していた。
これといった理由はない。
リビングのソファベッドの上で四六時中酒を飲む母。残業とパチンコでいつも帰りの遅い父。夫婦間のやりとりは口喧嘩だけ。学校には心を許せる友達も教師もいない。ただうっすら迫害を受けるだけの毎日。誰も信用できなくて、全てがつまらなかった。
だから自分の殻に閉じこもる……ことはできなかった。物理的に。
自室にドアがないのだ。
元々は存在したのだが、親(たぶん母)の「親子間で隠しごとはよくない」という気色悪い教育方針で撤去されていた。
これは由々しき事態であった。あまりにも無防備。胴体を部位破壊されたグラビモスぐらい。
当然母がこの状況を見逃してくれるわけがなく、俺は泥酔した彼女に怒号と暴力という水冷弾を撃ち込まれる羽目になった。
そうすることで俺が学校に行くと思ったのか、ただの憂さ晴らしだったのか、今では知る由もない。
トラウマになった出来事がある。
ある朝。母の襲来はもはや日常に組み込まれていた。おぼつかない足取りから繰り出されるローキックを、布団を盾にひたすら耐える。
俺が服従も抵抗もしないことがわかると、彼女は
「こんな奴生まんかったらよかった」
と呟いた。
束の間、ブピュ、と水気を含んだ音がして俺の枕元に茶色い汁が滴り落ちた。彼女が漏らしていた。
(排泄が制御不能になるのはアル中あるあるだが、脊柱管狭窄症も同じ症状が出るらしいので相乗効果だろう)
そして失禁を気にかけることなく自分のベッドに戻っていった。
俺は二重にショックだった。
聖域ともいえる寝具を汚されたこと。そして何より、実の親に存在を否定されたこと。
この一件をきっかけに、母のことを家族だと認識できなくなった。
それからなんやかんやあり、彼女は祖母の実家に送還され、しばらくして脳梗塞を起こし緊急搬送された。
命は助かったが左脳に障害が残り、半身不随+言語を話すことができなくなっていた。
運良く進学できて脱引きこもりした俺は、父のお見舞いに付き添いはしたものの、話しかけることも手を握ってやることもしなかった。
そんな生かさず殺さずの状態が10年ほど続いた後、2021年6月に母は亡くなった。
直接死因は顎にできた腫瘍。手術で除去しようにも、麻酔をかけたらそのまま戻らずに永眠する可能性が高く、放置するしかなかったらしい。
長年寝たきりの彼女を見てきた俺としては、やっと楽になれてよかったですね、と思う程度だった。
葬式で焼かれて灰になった姿を見ても、遺書にミミズ文字で書かれた「よくできた母じゃなくてごめんなさい」という一文を読んでも、何の感慨もなかった。
親が死んで悲しみを抱かない。
俺は子として、人として大事な部分が欠けているんじゃないか。
こんな人間が子孫を残してはいけない。
幸せになってはいけない。
今でもそんな考えが燻っている。
……ここまでボロクソにこき下ろしたが、もう母を憎んではいない。むしろ感謝している。
彼女は障害年金と保険金を残してくれた。俺がロクに就活もせずダラダラと文章を書けているのはこのおかげだ。
父はよく「生きてるうちは働かんかったくせに、死んでからお金稼ぐんやから変わった人や」と言っている。同感だ。
お金で過去を取り戻すことはできないが、未来を変えるためにはやはり必要なのである。ありがたく使わせていただいている。
あとこれは残したものでもなんでもなくオタクの業でしかないが、家庭環境にコンプレックスをもつキャラを無条件で好きになる性癖が備わった。
ベグビー、伊良子清玄、草加雅人、郡千景、ダークプリキュア……
ここらでやめとこう。キリがないし、前回の記事でもひたすら羅列していた気がする。なんなら前に挙げた人たちも悉くややこしい出自だ。なんなんだよ。あまりにも文化資本論のお手本がすぎる。ブルデューがディスタンクシオンで殴るレベル。
それはさておき、ベグビーの名前が出たので『T2』の話で締めよう。
過去を思い出した彼は、自分がかつて蔑んでいた父親と同じ末路をたどっていることに気付く。
そして息子のフランクJr.に対し、「お前は俺たちを超えろ」と激励する。
親から子へ続く呪縛を己の代で断ち切ったのだ。
ラストシーンで彼はこう叫ぶ。
「世の中賢い連中はいいさ」
「だが俺はどうすりゃいい?」
「俺みたいな奴はーー」
「人生を素手でつかむしかない」
なんかいい感じにしようとして話を行ったり来たりさせてしまった。
全国の相談窓口や支援機関が検索できる有能サイト。
みなさんは使えるものは有効活用して、人生を素手でつかむことがないように。火傷しちゃうよ。
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