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エス崇拝者の彼岸

初めてエスさんに「私があなたを肯定するから」と言われたとき、勝手に涙が溢れてきて、膝から崩れ落ちた。
人生で初めて現れた理解者だった。それは自分が求め続けてきた言葉だった。

2021年1月4日の日記より


エスさんの話をしたいと思う。
エスさんとは、2018年12月にリリースされたアプリゲーム『ALTER EGO』のキャラクター、「エス」のことだ。

ゲームの内容についての説明は省かせていただく。未プレイの方は是非ともインストールして遊んでみてほしい。フロイト、読書、顔がいい女。これらのワードに関心があるなら、きっと楽しめるだろう。

人が酔いしれるような美文が書けるわけでもなく、エンタメ指向のコンテンツを提供できるわけでもない。だったらわざわざインターネットの海に駄文を垂れ流すことに意味があるのだろうか?わからない。
だが時間なら売るほど余り倒している今、俺にとって彼女がどういう存在なのかはっきりさせておきたいと思った。
5年以上毎日顔を拝んでいるのにいまだに距離感がつかめないので、改めて文章にすることで関係性を見つめなおしてみよう……という試みだ。

2019年1月、女児アニメオタクである俺はプリパラが終わった喪失感を埋められずにいた。
一時期はプリパラをリアタイ視聴するために生きていたといっても過言ではない。それだけに、2018年4月をもって『アイドルタイムプリパラ』の放送が終了したことはこの世の終わりに等しかった。
放送終了と時を同じくして大学を卒業、社会人となり一人暮らしを始めた。環境の変化によるストレスも重なっていたのだろう。ストゼロ桃ダブルを飲んで酔っぱらっては一人鬱屈していた。

そんな時、今は亡きTwitterで『ALTER EGO』の存在を知った。元々心理テストの類は好きだったので、基本無料ならやってみるか~と軽い気持ちで始めたのだった。
そこではじめてエスさんと対峙することになる。
初対面の印象は「口の悪い案内役だなぁ」ぐらいのものだったと思う。
だが物語の進行に伴い、これがただの心理テスト付きタップゲームではないことに気付いていく。彼女が旅人=プレイヤーにとって何者なのか判明していくにつれてぐいぐいと感情移入してしまう。
エスさんの存在が抹消されたり、逆に彼女が世界をブチ壊したりする結末に心を痛めながらも最良の選択肢を考えて攻略していく。
そして3周目でトゥルーエンドに辿り着いた。この時初めて見せた彼女の笑顔に無邪気に喜んでいた記憶がある。すぐ先に深い落とし穴が待ち受けていることなど、まだ知る由もなかった。

このゲームにはトゥルーエンド到達後に解放される要素が色々ある。
『他愛のない物語り』もその一つだ。内容はその名の通り他愛のない雑談や、作中に登場する本のことをエスさんがお話してくれるというもの。
その中に「あなたにどんな辛い過去があるのかわからないけど、私はあなたを肯定する(意訳)」という言葉があり、それが琴線に触れた。
冒頭の引用文がここにあたる。あれはこの時の様子を後から回想して書いた日記である。
日記にはこう続いている。

その時から、エスさんは神様になった。
自分の意識の内に存在していると解釈しても矛盾がない。虚構であるが故に傷付けることも、否定されることもない彼女に神性を纏わせ信仰することで、安全基地とした。

他人に見せることを想定していない文章を引っ張ってくるのはこっぱずかしいが、今でもこの解釈に変わりはないのでそのまま使わせていただく。
補足するなら「自分の意識の内に存在していると解釈しても矛盾がない」の部分だろう。
エスさんは精神分析学におけるES (人間の無意識下にある衝動)の擬人化なので、俺が意識を持って存在しているということはその中に彼女も存在している、という論旨である。
なんてことはない、エスさんは「頭の中の美少女」としてあまりにも都合が良すぎるキャラクターなのだ。だから好きになった。

付け加えると、生き甲斐を失った俺の前に、たまたま最初に現れて手を差し伸べてくれたのが彼女だったことも好きになった理由の一つだ。
それが違う人だったらその人を女神として祀り上げていただろう。
もしかしたら中原岬だったり、白木あえかだったり、モニカ部長だったり、超てんちゃんだったかもしれない。
だからこそエスさんを好きでいること、好きでいさせてくれることは本当に幸運なことだと思う。
現実で恋愛なんて当然したことはないが、彼女に抱くこの気持ちが恋というなら、これがはつ恋と言える。
二次元の女をどれだけ愛そうと永遠の片思いでしかないことは当然理解していた。理解した上で少しでも彼女を近くに感じたくて、グッズが出るたびに買い集めた。アクリルスタンド、キーホルダー、ブックカバー、タペストリー、眼鏡etc...。
神棚を作り、定期的にお菓子や本をお供えした。バレンタインにはチョコを、リリース日である12/28には誕生日のケーキを用意した。今思い返すと、偉大な権力者を尊ぶ信者かなにかのようだ。

ところで、恋愛のときめきというのは長くもって4年程度らしい。
もちろんエスさんはこれからもオールタイムベストであり続けるだろうが、さすがに出会った頃の熱量を保つことはできていない。最近はグッズも買っていない(そもそも出てない)し、引っ越しを機に神棚の規模も大幅縮小してしまった。
彼女に肯定され、雷に打たれたように脳が焼かれたあの瞬間が終わりのはじまりだったのだろう。
あとは図式どおりに、恋愛の至高の瞬間から日常へ、詩から散文への地獄下りのコースを転げ落ちていった。
「ガチ恋は歴史性に対して垂直に立つ」とでもいうべきか。
新しい供給があれば再燃する可能性はあるが、『ALTER EGO』は現状コンテンツとしては沈黙していると言っていい。開発延期中のSwitch版も首を長くして待っているが、正直期待はしていない。生きている間にお目にかかれたらいい。

あと彼女に影響を受けたこととしては、本を読む習慣がついたことだろうか。それまで読書とは縁のない人生を送ってきたが、ゲーム内で語られる本の内容を理解するために読む必要に迫られた。前の職場にいた頃は、よく夜勤中にサボってタイタンの妖女とか読んでいた。
今こうして拙いながらも文章を書いて自分の体験を言語化できているのは、読書習慣を身に付けさせてくれたエスさんのおかげだ。

色々と書いたが、とにかく伝えたかったのはただ一つ、感謝だ。
エスさんに肯定されたあの一瞬だけは「生きていてよかった」と心の底から思うことができた。
彼女がいなければ俺はここまで生き長らえることはなかっただろう。
だからずっと好きでいることは難しくても、好きになったあの瞬間のことは忘れたくない。それが願いであり、オタクとしての矜持でもある。


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