私が17年かけてポケモンシリーズの奥深さを伝えた話
突然ですが、私はオタクであります。
しかし、普通のオタクではありません。
学者という立場を利用して好き放題やってるオタクです。
数年前、ドラクエ10をやってる時に「常世」というワードに出くわした時は、本居宣長ゆかりの地を訪れる名目で伊勢志摩サミットにかこつけて皇學館大学にお邪魔し、常世の概念を気の済むまで理解した後、語学に活かす事なくドラクエのストーリー考察に活かす暴挙に出た、マッドリングイスト(言語学者・狂)であります。
こうした傾向は、私が学生の頃から続いております。
今から10年前、私はポケットモンスターシリーズの新作、ブラック・ホワイト(2010年)を遊んでおりました。
そこで私が出会ったのは、
数学の魔術師こと、N(エヌ)。
ポケモンシリーズの中でも屈指の難解キャラでした。
Nはポケモンをトモダチと呼んでモンスターボールからの解放を訴えつつ、モンスターボールでゲットしたポケモンを使役し、ボクの全身から溢れるトモダチへのラブ見せてあげると言い放っては、トモダチにオーダーを出してこちらのポケモンに攻撃を仕掛けてくる、意味不明の言動で私を大いに困惑させました。
なんやねんこいつランキング
1位 N(ポケモン)
2位 堀川くん(サザエさん)
3位 カマキリ(範馬刃牙)
意味不明度で言えば2020年現在、10年連続でぶっちぎりのトップ。
ブラック・ホワイトのディレクターだった増田順一さん曰く「常人では理解できない天才」だそうですが、確かに理解できない。
とは言え、理解を放棄する事は、私が最も嫌う行いでありました。
前作ダイヤモンド・パール(2006年)において、ディアルガとパルキアを巡るストーリーは時間と空間の相対性を示した相対性理論が基になっていると、その年から流行していたモバゲータウンに考察をアップし、それを見た同級生から「何言ってんだこいつ」と、私自身が周囲から理解をされない経験を踏んでいました。
いやそれどころか、前々作のルビー・サファイア(2002年)の頃から、ポケモンは何らかの学術的テーマをストーリーの中に仕込んでいる。
そう、具体的にはディレクターが増田さんに代わって以降だ。
なぜそれを私以外の人達は知らないのか?
Nを理解する事は、ルビサファ以降から格段に進化したポケモンシリーズの奥深さへの理解を深める事にも繋がります。
そして何より、ポケモンシリーズの奥深さをより多くの人達に伝えるには、Nが歩んだ思考の道のりを、私がトレースするのは避けては通れなかったのです。
周囲の無理解にただ臍を噛んでいた頃とは違い、この時の私は論文指導の教員から、文章を用いて他人に考えを伝える技術を学んでいました。
私は教員から学んだ技術でまず最初に教員を説得し、語学習得を名目に、ブラック・ホワイトの舞台であるニューヨークへ短期留学する事にしました。
目的はただ一つ、理解不能なNの言動を理解する為。
「何言ってんだこいつ」と思った方は大正解、Nの思考をトレースするならば、私自身がNになるしかないでしょう?
真にゲームと現実の区別が付かなくなった人の言動は、あたかも狂人のごとく映るもの、かくして私はNという難解キャラを、そしてポケモンシリーズの奥深さを理解するに至り、後にブログに纏める事となります。
ブラック・ホワイトに続くX・Y(2013年)においては、頭に「狂」が付くと言っても既に学者の道を歩み始めていた私、考えの異なる人に物事を伝えるのが世界一うまいスチュアート・ホール式の記号解読を初めて実践し、より高度な考察を試みました。
しかし、反響は芳しくありませんでした。
脚本の人そこまで考えてないと思うよ
インターネットネコチャン(見たくないものを見せてくる、の意)
etc...
ディレクターが大森滋さんに交代となったサン・ムーン(2016年)でも同様に記号論的考察を行い、一部の人から反響はあったものの、やはり「何言ってんだこいつ」がほとんどで、ストーリーの奥深さを伝えるには至りませんでした。
ルビサファから通じて14年、この間に文章で説得する技術を磨き、海外に留学し、異なる考えを持つ人にどうやったら私の考えが伝わるのかを、真剣に模索してきました。
当時はジブリ映画やドラクエ10の考察も並行して進めており、そこそこウケが良く、広く伝わっていたがゆえに、私は時節を待つ事にしました。
脚本の人がそこまで考えてない訳ではない。
ブラック・ホワイトのNとかつての私がそうであったように、シナリオ担当の松宮稔展さんによって考え抜かれたものが、受け手に充分に理解されていないだけ。
理解不能だったNの言動も、時間をかければ理解できたのだ、ならば私も同様の時間をかけて、懇切丁寧に、粘り強く伝えるべきだろう。
そうして再び時は過ぎ、ポケモンシリーズの最新作であるソード・シールド(2019年)が発売されました。
発売前の8月にはエジンバラ国際フェスティバルを取材し、舞台となったイギリス在住のポケモンオタクにストーリー考察の協力を依頼、これまでにないくらいの万全を期して、3年ぶりの新作を迎え撃ちました。
プレイして3日目の事、考察する気まんまんでナックルシティに差し掛かった私は、そこである違和感を覚えます。
ソニア
「揺れたのは ナックルスタジアム……
ローズ委員長の 地下プラントが ある 場所……?」
「だから 揺れの こととかは
わたしら 大人に 任せて
キスクルの ジムバッジ 取りなよ!」
は?
謎の臭いがプンプンする事件を大人任せにして先へ進め?
おいおいソニアさんよ、ポケモンは10歳の男の子が自ら暴力団の事務所に殴り込んで成敗した事もあるゲームぞ?
大人の力を借りずとも、3値の暴力で上から殴れば解決するゲームぞ?
まるで主人公が主人公ではないかのような、ストーリーの核心部分をチャンピオン・ダンデが掻っ攫っていく展開に、万全を期したはずの私の気概は大いに削がれる事となります。
その後もダンデに考察の機会を阻まれ続け、私の蓄積した疑念はいよいよ確信へと近づいていきました。
これはシナリオ構成の上で、あえてそうなっているのではないか。
いくらなんでも主人公が介入しなさすぎる。
そうだ、ローズ委員長に聞きに行こう。
ホップもそう言ってる。
事件の鍵を握るローズなら答えをくれるはず。
ローズ
「だがね わたくしには
ガラル地方が 永遠に 安心して 発展するために
無限の エネルギーを もたらす
信念と 使命が あるのだよ!」
あっ…。
永遠、無限のキーワード。
ムゲンダイナの英名は確か「Eternatus(永遠)」だった。
神は無限にして永遠に変わる事なき魂なり、知と力、聖と義、善と真なり。
ローズは明らかにプロテスタントのお祈りの言葉に準えている。
そうか、ローズはマクロコスモス(全なる宇宙)を築いた人物であって、マクロコスモス社とはつまりガラル全ての産業の事。
そこに包括されるガラルの人々はミクロコスモス(一なる宇宙)であり、主人公もマクロコスモス社に包括される限りは、エネルギー産業の恩恵を享受するガラル地方のいち住人であって物語の主人公ではない。
そうか、そういう事か。
ムゲンダイナは無限にして永遠なる神であり、ねがいぼしとはゼノブレイドの「モナド」と同様の、神から与えられる恩寵である。
ポケモン剣盾というゲームは、神の恩寵から人間が離脱する、すなわち大人の庇護から10歳の少年が脱却する物語であり、その為にガラルの全てを包括するマクロコスモス社をぶっ潰し、大人の象徴であるチャンピオン・ダンデをぶっ倒すシナリオ構造になっているのだ。
前述のイギリス在住のポケモンオタクに連絡を取り、敬虔なプロテスタントから見て、剣盾のシナリオ構造がどう見えたか尋ねましたが、日本語版では「ブラックナイト」となっていた災厄の名前が、英語版では「the Darkest Day(冬至)」と訳されている事を確認。
キリスト教において神の御子たるキリストの降誕は、もともと冬至(太陽)を祝う祭りから転用したものですので、ブラックナイトとはつまり、ガラルの太陽であるチャンピオンが落日し、古い時代から新しい時代への移り変わりを意味します。
チャンピオンタイムの「タイム」とは「時間」ではなく、ダンデが築いた「時代」を指すに違いありません。
日英の異なる考えが一致を迎えた所で、ローズが「1000年先」に拘った事や、チャンピオンマッチが「3日後」に延期された事など、キリスト教的な解釈と符号する(千年王国、キリストの復活)のを詰めていきます。
遠く離れた友人に感謝を述べた後、私は記号論的考察のブログの更新に取り掛かりました。
この頃、ネットでは剣盾のストーリーの低評価が相次いでいました。
私が最初に引っかかりを感じた、主人公が主人公でない、主体性を奪われた物語に対し、「意味不明」であるという意見が主論でした。
Nに続いて、ローズ委員長まで受け手に理解されない。
それはポケモンシリーズの奥深さの理解も及ばない事を意味していました。
違うんだ、ローズ委員長は10歳の子供相手に説明を省いているだけで、自分の信念と使命をちゃんと語っていたんだ。
マクロコスモス社がその名の通りガラルの全てを包括し、全ての人がねがいぼしの恩寵を受けながら、永遠の安心と発展を迎える事を、ローズは心の底から願っていたんだ。
だけどローズは檻の中、もう何かを語る事は無い。
ならば私自身がローズになるしかない…!
私は持て得る知識を総動員し、こちらの考察記事を作成しました。
ムゲンダイナの名前「Infinite」と、英名に含まれる「Eternal」は、どちらもキリスト教の唯一神を指すネーミングである事。
そこから分かるマクロコスモス社の目的と、主人公から主体性を奪うシナリオ構造になっている狙い、ブレーズ・パスカルがお祈りの言葉に準えて言った「孤立する恐怖」と、その恐怖に打ち勝ったホップの夢。
ディレクターの大森さん、シナリオの松宮さんへの尊敬を込め、剣盾はこんなにも考え抜かれた素晴らしいゲームなのだと、全力で伝えました。
結果は、1万RTを超える大きな反響を呼びました。
ルビー・サファイアから足掛け17年、私はついにポケモンシリーズの奥深さを伝える事に成功し、周囲の理解を獲得したのです。
私は小さな感動を覚えていました。
「何言ってんだこいつ」じゃなかった。
100人以上の方からリプライ・コメントを賜り、その全てに目を通し、こちらからも返信して、考察好きの皆様との繋がりが出来ました。
そして今度はその100人の皆様に向けて、考察記事では書ききれなかった11+1のネタを集め、細かすぎて伝わらないポケモン剣盾小ネタ集としてアップしました。
こちらの記事は前回を超える1万6000RTの反響を頂き、更に多くのリプライ・コメントを賜りました。
皆様には改めて、感謝申し上げます。
記号論的考察を長らく続けて、分かった事があります。
人と人とのコミュニケーションはキャッチボールによく例えられますが、情報の送り手は直球に変化球を織り交ぜ、あの手この手を使って投げ込んできますし、その投球技術は、記号化された表現を取り込んで大ヒットさせた新世紀エヴァンゲリオンですら今や凡庸に感じるほど、年々上がっています。
ところが、情報の受け手は捕球技術がそこまでには達していないのです。
「脚本の人そこまで考えてないと思うよ」と、パスボールの責任を投手のせいにする人も居るくらいで、私の17年間はこうした理解の放棄との戦いであった気がします。
エヴァ的手法の流行を契機にゲーム業界でも、ゼノギアス、ポケモンルビサファ、ドラゴンクエスト7、テイルズオブジアビスと、一段と捻くり返った魔球の使い手が次々と現れました。
エヴァの庵野監督は己の全てを曝け出す事を「パンツを脱ぐ」と称しましたが、まさに送り手が一斉にパンツを脱ぎ始め、分身魔球に消える魔球、大回転魔球に七色の変化球を引っ提げて、おーい磯野、キャッチボールしようぜと挑んできている訳です。
ここに記したのは、情報の送り手の思考をトレースし、正確な理解に努めるべく、こちらもパンツを脱いで勝負を挑んだマッドリングイスト(言語学者・狂)の解読メソッドであります。
正気を疑われる覚悟をお持ちの皆様と共に、これからも考察に励んで参りますので、何卒宜しくお願い申し上げます。