LifeClips再録⑤
【ネタバレ忘備録~K.K.P.#8「うるう」②~】2020/02/28
「グランダールボ」という名前を覚えていました、余り1のヨイチの父親代わりの大樹の名前です。
けれど、何故ヨイチが森で暮らしているのか、それだけは再演が進み、いざその説明のシーンがやって来るまで思い出せませんでした。
聞けば納得する、ようなものではなく、至ってファンタジーですが、なんとなく帳尻が合っている設定です。
それはこの演目における一番のネタバレ、一番の大事な設定です、にも関わらず私はそれを覚えていなかった。
意図的に忘れたのか、覚えているに足りないと判断したのか、はたまた、という可能性もありますが、今回の再演に合わせて少し大人になった私が気付いたのは「忘却を仕掛けにしている可能性」でした。
「この作品は映像化しない」と発表されました、であれば尚更覚えていようとしたはずです、何しろとても素敵な話だと思ったのですから忘れないように大切にしようと考えたはずです。
しかし覚えていなかった、それがもしも「覚えていられなかった」のだとしたら。
人間は忘れる生き物です、どんな感動もどんな屈辱もどんな喜び悲しみも、どんなに詳細に書き留めたって、写真や映像絵にしたって、その瞬間を当時の感情そのままに思い出すことは大変難しいと思います。
自分を世界から引き算することを選んだヨイチの人生は恐らく、「大多数が覚えていない」ものでしょう。それに彼は特殊な年齢の重ね方をしますから、現実的に「覚えていられない」のも無理はありません。
4年前のオリンピック、○○の競技に出ていた※※という選手が、とすぐに言える人はどれだけいるでしょうか。それも、メダルなど取ってもいない、言ってしまえば目立たない選手のことを。
それと同じことが、媒体に記録されていない、つまり公式からの「記憶」が保証されていないこの作品で、「正しく記憶できていない」ということが起きたのではないかと思ったのです。もっと言えば、「ヨイチのことを忘れる世界」を観客が追体験しているのではないかと。
時に忘れられたり、美化されたり、すり替えられたり、人間の記憶は曖昧です。それに4年間、過去を振り返ればあっという間という気がするかもしれませんが、長いものですよ4年間って。
4年もの間、ヨイチをひとかけらも忘れずに維持できる人って、そう多くはないんじゃないかと思います。
そしてそれを、記憶のほつれみたいなものを含めて、観客ひとりひとりの記憶の相違やズレを含めてこの作品の仕掛けなんじゃないかと思い至ったのです。