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東京科学大等が開発した新技術が、メモリデバイスの動作速度を超高速にするかも。

発表日:2024年12月5日

東京科学大学、筑波大学、東北大学、名古屋大学、名古屋工業大学らの研究チームは、マルチフェロイック物質であるBiFeO3の単結晶薄膜を、時間幅100 fs(10兆分の1秒)の光パルスで励起し、誘電分極の大きさがパルス幅の時間以内で室温においても操作できることを確認しました。

また、電子線パルスを用いた最新の構造測定装置の観測結果と理論的解析から、光で注入された励起電子が周囲に新しい格子の振動(フォノン:結晶中の波)を生み出し、分極を変化させていることを解明しました。

この技術により、強誘電・磁気メモリーデバイスの超高速制御、さらには光情報と電子情報とを超高速に直接変換することが室温で可能となると期待されます。

本記事では、この技術の詳細について紹介したいと思います💡

光励起でマルチフェロイック結晶中に生じた励起状態の電子(球体)が、周囲の結晶を波立たせ(新しいフォノンの生成に対応)、電子とフォノンが結びついたドレスド状態を生み出す様子。(出所:https://www.isct.ac.jp/ja/news/fxaw7p5vbk2l)

研究背景

各種情報処理の高度化に向け、誘電分極や磁性を使った電子記録デバイスの高速化に対する要求が高まっています。

デバイス高速化のためには、結晶構造を素早く変化させる必要がありますが、特に100 fs(10兆分の1秒)以内で構造を変化させられる物質の探索が課題でした。

この問題を解決する一案として、マルチフェロイック物質の活用が期待されています。

マルチフェロイック材料とは、強磁性、強誘電性、強弾性といった強的な性質を2つ以上有する物質で、次世代の電子デバイスなどへの応用が期待されています。マルチフェロイック材料の特徴は次のとおりです。

  • 磁石の性質(磁性)と強誘電体の性質を兼ね備えている

  • 外部の磁場を変化させることで誘電的な特性(電気分極)を制御できる

  • 電圧を変化させることで磁気的な特性を制御できる

  • 電場による磁性の制御や磁場による強誘電性の制御などの新奇な応答現象が期待できる

このマルチフェロイック物質を光励起し、局所的に電子を注入することで、結晶構造を瞬間的に変化させる手法が検討されていました。

本研究の成果

典型的マルチフェロイック物質:BiFeO3結晶薄膜における超高速分極操作の確認

図1左に、研究で用いられた典型的マルチフェロイック物質であるBiFeO3結晶薄膜の構造です。図中に緑色の線で示す酸素8面体の中にFe(鉄)原子が存在しています。

図1. 左:研究に用いた典型的マルチフェロイック物質:BiFeO3結晶薄膜の構造。
右:約100 fs(0.1 ps:psは10-12秒)の時間幅のパルス光を照射した後の、SH光強度(上)と赤外波長域吸収(下)の時間変化。(出所:https://www.isct.ac.jp/ja/news/fxaw7p5vbk2l)

このFeが8面体の中心からずれるひずみ(図中QFEの青矢印が変位の方向)が分極の発生と密接に関係します。分極の大きさは、第二高調波発生(SHG)の強さ(SH光強度)を用いて観測することができます。

また2つの8面体が相対的に回転するひずみ(図中QAFDの赤矢印)がFe原子間の磁気的な相互作用の大きさ等に密接に関連し、磁性を支配しています。

この物質に100 fsの時間幅のパルス光を照射すると、照射後パルス幅以内の超高速で分極の大きさが減少し、その後元の大きさに戻ることが確認されました(図1右上)。このように、光励起により100 fsという10兆分の1秒以内の時間で、分極の大きさが制御できることが確認されました。

BiFeO3結晶薄膜における超高速分極操作に伴う、構造変化

分極操作中にどのような変化が結晶構造に起きているのかを知ることが重要であり、理論モデルとの比較でも構造変化の観測が鍵となります。

そこで本研究グループでは、パルス幅75 fsの電子線(パルス電子線発生と試料の光励起に用いたレーザー光パルス幅は35 fs)による電子回折を用いた時間分解構造観測装置を活用しました。

観測結果(図2)から、さまざまな指数の回折点強度が、光照射直後に大きく減少することが分かりました。また、その後約300 fs(3.3 THzに対応:Tは1012)周期で振動する現象を観測しました。このような周波数のフォノンは光励起前には存在しないため、光励起状態の注入による新しいフォノンが生み出されたことが分かりました。

図2. 時間幅35 fsのパルス光でBiFeO3結晶薄膜を励起後に起きた構造の時間変化。4つの指数(対応する指数を各図右上に表示)に対応する回折点ピーク強度の時間変化が示されています。
(出所:https://www.isct.ac.jp/ja/news/fxaw7p5vbk2l)

BiFeO3結晶薄膜における超高速分極操作のメカニズムの理論的予言と検討

分極の大きさを100 fs以内で制御するという問題を解決する一案として、マルチフェロイック物質において発生する電子とフォノンが強く結合した(ドレスド)状態による分極やスピン状態(磁性の起源)の超高速制御の可能性が理論的に提案されていました。

今回の実験結果は、このモデルの予測とほぼ対応する実験結果となっており、光励起電子とフォノンの強く結合(一体化)した状態(ドレスド状態)という新状態の登場によって、分極の超高速変化が達成されたと結論されています。

図3. 光注入された励起電子の周囲の格子が、電子とフォノンとの結合によって大きく変化し、それが分極と磁性の変化の原因となる、という理論モデルの模式図。(出所:https://www.isct.ac.jp/ja/news/fxaw7p5vbk2l)

社会的インパクト

今後、強誘電・磁気メモリーデバイスの光による30 fs周期(周波数では33 THz)程度以内での書き込み、書き換えが室温で可能になると予測されます。

また光情報と、電気的、磁気的情報の間の相互変換も同程度の速さで可能になると予測され、電子デバイス全体の超高速化への寄与が期待されます。

研究グループは今後、磁気的な変化を超高速磁気光学測定法で検証する等の基礎研究に引き続き取り組む予定です。

また、BiFeO3単結晶薄膜は、非常に良質な試料ですが、取扱いの容易性作製速度や分極の大きさ光励起への耐性など種々の検討課題があるため、その他のマルチフェロイック材料の探索や実際のデバイス組み込みについても取り組みを進めるとのことです。

まとめ

  • BiFeO3結晶薄膜を、時間幅100 fs(10兆分の1秒)の光パルスで励起することで、分極の大きさをパルス幅以内の時間で、室温でも操作できることを実証。

  • 最新の時間分解構造測定装置を用いて、光励起による新しい格子の振動(フォノン)が生じ、分極変化の原因となっていることを確認。

  • 理論的検討で、光励起で生じた格子の振動が、分極と磁性両方を変化させると考察。

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参考文献


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