蔵造りの「屋根」について…
さて、前回は蔵造りの「壁」に続いて今回は、蔵造りの「屋根」についての紹介を行う。
川越の蔵造りは、大きな箱棟(はこむね)と、大きな影盛(かげもり)を持つのが特徴的である。
まずは箱棟について紹介する。
建物の2階屋根最上部にある水平方向に延びる壁のような部分は箱棟と呼ばれている。
本来の屋根の高さに比べ、この箱棟の分だけ屋根が高くなり、建物が大きく見えるようになる。
これは建物を大きく見せることで、そのお店の権威を示したり、大店(おおだな)というイメージをアピールすることが目的と思われる。
箱棟は木製の柱状の芯に漆喰などを塗り重ねて作られており、飾りとしての役割の他、屋根を最上部で支える棟木の保護としての役割もある。
川越にある蔵造りの場合、本来の役割の他、箱棟そのものの装飾性が高く、ミルフィーユ状に積み重なる熨斗瓦(のしがわら)のデザインと、過剰なほど巨大な箱棟が並んでいる様は壮観である。
そして、川越の蔵造りの屋根でもうひとつ特徴的なのが、「影盛」の存在。
先ほど紹介の箱棟を設けると、その分屋根が高くなり、その分、屋根両端にある鬼瓦が相対的に小さく、貧弱に見えてくる。
そこで、鬼瓦の後ろ側を漆喰や瓦でボリュームアップし、バランスをとるようにしたこの鬼瓦後ろの膨らみを影盛という。
川越の蔵造りの屋根は背の高い箱棟、屋根の左右にある大きな鬼瓦と、その後ろにある影盛の大きな膨らみで、圧倒的な重量感とボリューム感を見る人に与える。
特に川越商工会議所の東にある原田家住宅の屋根全体のボリューム感と、一番街中央にあるまちかん本店の屋根の高さや、影盛の膨らみ、その厚さは川越最大級で必見である。
次に建物を特徴付ける飾りが付いている蔵造りがあるので、併せて紹介する。
仲町交差点から北進すると、右手に和菓子店のくらづくり本舗 一番街店(小林家住宅)がある。
この建物の屋根に注目すると、鬼瓦後ろの影盛部分から曲線を描く14本の鉄線が伸びているのが見られる。
この形状はまるでつけまつげのよう…
このつけまつげ状の装飾について調べてみると、出版社「青蛙房」(せいあぼう)発行の『明治商売往来』にたどり着く。
この本の中では現在の東京都中央区銀座八丁目に存在した小林時計店本店について、次のような記載がある。
「屋根の鬼瓦の上に炎のようなカーブを持つ鋳鉄が植えてある。~これは烏といい、鳥除けの装置だったのだそうである。」と記されている。
また、同書に掲載の建物画の中にもつけまつげ状の装飾が見られる。
他にも1885年(明治18年)発行の『東京商工博覧絵』では当時東京に存在した様々なお店の外観の画が残り、この中にもつけまつげ状の装飾を持つ建物が複数見られる。
この形状の装飾は、烏の他、函館市や青森市他では殺生釘とも呼ばれ、この装飾の目的も鳥除けの他、魔除けや火伏せのためとか言われているが、諸説あり、詳細は不明とのこと。
次に、川越の蔵造りは黒漆喰の黒い壁と、黒い屋根瓦が一般的だが、黒い壁に映える銀色の屋根瓦を配置した珍しい建物を紹介する。
川越商工会議所斜め前にある亀屋山崎茶店で、この建物の瓦は銀色に輝く京瓦が用いられている。
一般的に瓦は土を練って、形をつくり、それを焼き、仕上げる。
一方、京瓦では、土を練って、形をつくり、その瓦を磨き、表面を整える。
「磨き」という工程、その回数を経ることで、光沢は増していく。
それと、この京瓦が銀色に見えるのは「磨き」だけが理由ではない。
一般的に陶器は釉薬(ゆうやく)を塗り、焼くことで光沢が生まれるが、これは熱で釉薬が溶け、表面をガラス化することに起因する。
京瓦は瓦を磨き、焼き、さらにその後に「燻し」(いぶし)の工程を経る。
空気を遮断し、蒸し焼きにすることで、瓦の表面が銀色に変化していく。
京瓦は、明るくて、お洒落なイメージを見るものに与える。
ちなみこの建物の軒先は、瓦の下端を切り落としたかのようにまっすぐ揃えた「一文字軒瓦」が見られる。
瓦は焼くと熱で変形するが、完成度の高い瓦を職人が一枚一枚丁寧に加工し、瓦をすり合わせて調整が行われている。
この隙間なく、というところに熟練した技術が必要とされ、真一文字に並ぶ水平ラインは、軒先の美しさを強調している。
今度建物の前を歩く時には、陽光に銀色に輝く京瓦をお楽しみあれ。
さて、仲町の交差点には入母屋造りの松崎スポーツの蔵造りがある。
この建物を南側から見上げると、お寺や神社にある建物の屋根(破風)のような部位下に懸魚(げぎょ)という装飾が見られる。
懸魚は元々、魚の形をしていたとも言われ、この飾りを付けることで「魚を懸ける」、即ち「建物に魚と縁のある水をかける」という意味合いで、建物を火災から守るまじないとして、取り付けられている。
さらに懸魚の上の方を見ると、6枚の葉と、花のめしべ「花柱」に似た木の装飾が見られる。
これは「六葉」(ろくよう)という名称で、その中心は「樽の口」と呼ばれ、樽酒の木栓に近い形状をしている。
栓を抜くと、中の酒が注ぎ出るような意味合いで、火伏せの意味を込めて付けられている。
さて、『明治前日本建築技術史』の中で、著者は江戸時代末期に書かれた『家屋雑考』(かおくざつこう)という本の記述を引用している。
この部分を意訳すると、「六葉」は菱の葉と考え、「菱藻は水中物なので、火災も嫌がって避けるものである…」と、火伏せの意味が込められていることが分かる。
それから、鬼瓦の渦巻きマークは「雲」と呼ばれ、雲は雨を降らせることからも、火伏せの意味が込められている。
川越にはかつて火事が多かったこともあり、今回紹介の「懸魚」、「六葉」、鬼瓦の「雲」他、火伏せに対して強い想いが多く込められていることが、屋根の装飾から伝わってくることが分かる。
前回の蔵造りの「壁」、そして今回の「屋根」と注目すれば、建物の見どころは多く、建物にまつわる人々の想いも伝わってくる…
今回のnote記事の他、別で開催の建物巡りのツアー、サロン、ラジオ番組などを通し、建物の見方、見え方が少しだけ変わってもらえると、嬉しく思う。
建物について知ると、建物への興味が増し、街歩きがもっと楽しくなる…
『川越の建物 蔵造り編』のご一読も併せておススメ!
(本記事は『川越の建物 蔵造り編』内の本文、画像を一部引用)
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