恋の叶え方
12年目の恋を嘆いていた私に「あんた、よく頑張ったね」と声をかけてあげたい。あんたが地獄の底で耐えた日々は報われるよと、笑ってあげたい。
いま、彼はステージに帰ってきて、私はその姿を追って飛び回っている。
再び追いかけ始めたのは去年の秋。まだ一年も経っていないことに驚く。
復帰したというのにいまいち足を運ぶ気になれなかったのに(長くなるので理由は割愛)、「久しぶりに会いに行ってみよう」と思い立ち、ライブとその前のサイン会に足を運ぶことを決めた。
当日、私は緊張で膝を震わせながら会場であるライブハウスへ向かった。
スタッフさんがホールの扉を開け、列を誘導する。並んだ長机の前にはメンバー全員が等間隔に座り「来てくれてありがとう」「今日も楽しもう!」など、短いやりとりをファンと交わしている姿が見える。イベント時の席順は常に同じで彼はいつも向かって左端に座る。もちろん今日も。待機列は彼らの右手側からのびている。彼が一番手だ。
姿を見たら緊張する、見ておいたほうが備えられる気がする、いや、でも………
速くなる心拍数に比例して思考が巡るスピードも上がる。目が回りそうになったところで、私の番になった。
「お、久しぶり」
覚えていてくれた。まるで先月も会ったかのような軽さで挨拶して、渡した歌詞カードにシュルシュルとペンを滑らせる。
「4年ぶりですよ、こうやって話すの」
「マジか、来てくれてありがとね」
ふわふわとした彼のペースに若干の肩透かしをくらいながらも、こういう人だったなあと嬉しくなる。止まっていた時計がゆっくりと動き始める。
「名前、書いとく?」
イベントのルールでは、サインと一緒に自身の名前を書いてもらうことができる。
「え、お願いします。わかりますか?」
過去に名前を間違えられたこともあるし、何が起きても笑えるだろうと思った。でも、覚えていてほしいという期待も捨てきれなかった。
腕を組んで天を仰いで数秒考え、見事に私の名前を言い当てた。
大好きな声で、私の名前を呼んでくれた。
その手で、私の名前を書いてくれた。
もう一度、魔法がかけられた。
この日以降、止めていた時間を取り戻すように私は場所へ飛び回った。
もちろん戻らないものもあったけれど、ないものを嘆くよりも今を愛したいと思うようになった。
気付けば16年目。人生の半分、彼に恋している。
すごいね、一途だねと言われることはよくあるけれど、私に何もすごいことはなく好きでいさせてくれる彼がすごいのだ。なにか私に秀でたところがあるとしたら、簡単に諦めないことだと思う。
この恋の終着がどこなのか、どんな形なのかは私にもわからない。
不確かなことを考えるよりも、ステージに立つ彼の姿を一秒でも長く見ていたい。大好きな笑顔を焼き付けたい。手の温もりを、名前を呼んでくれた声を、彼がいた景色のすべてを、大切に抱き締めたい。
私の少し先を生きるあなたの姿が見えなくなるときまで。その名前を何度でも呼ぶよ。