風土改革をしたいと思った原体験を探る-1
次男坊として生まれ、物心ついたときからの記憶ではほんとにおとなしかった。それが恐い父親の影響なのか、本当に生まれつきなのかは自分でも分からない。
赤面症でもあったみたいで、国語の朗読の時間がとてもいやだった。当てられたらどうしようといつもドキドキしていた。硬直して声が出せない有様だった。音楽の時間も声が出せないものだから、いつも評価は最低だった。そんな状態が少なくても中学時代まで続いた。
中学生になれば、入学式当日からいじめの標的になってしまった。3年間それが続いた。だれにも相談できず、ひとりで抱え込んでいた。世界が敵に感じていた。そのときは最悪の暗黒時代と感じていた。
今、思い出したけど、内向的だったので、トレイに行きたくても言えなくて脂汗たらたら流しながら我慢することが月に1回はあったと思う。お腹も弱かったのかな。そんな感じだったので、高校までの学校時代にトイレで大きいのをしたことは1度もないな。よく我慢できたなーと我ながら我慢強さだけは褒めてあげたい。
ここまで書いていると、やっぱり中学時代のいじめが今の活動の火種になっているんだろうな、と今は思えている。あの頃は誰にも言えなかった。そして誰も助けてもくれなかった。見て見ぬふりをするクラスメート。今の自分なら、あの頃の集団に対して何かが出来たと思う。自分が親だったら、子供の雰囲気から察して何かアクションを起こせたと思う。子供に何か話しかけたり聞いたりしたと思う。学校の先生に何らかのアプローチをしたと思う。絶対に何かが出来たと思う。そう思った。悔しかった。何もできないあの頃の自分が。
だから今、見て見ぬふりをするのが嫌なんだ。結果はどうあれ、本音で対話することを諦めたくない。あぁ、書き出していたら少しすっきりした。
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