【SELFの本棚】#31「農家はもっと減っていい」 久松達央著
久松さんと知り合ったのはもう10年くらい前になるだろうか。とはいえ、実は一度も会ったことはなくて、お互いの活動を意識しつつ、SNSでの交流を重ねてきた。茨城で現役の有機農家として経営をされている久松さんは農業界の論客としても知られてきた。2013年の「キレイゴトぬきの農業論」のころから、彼は農業という分野を俯瞰的に、外様の目線から見て語っており、見えにくい農業界の実情を論理的に業界外の世界に伝えてきた。
そんな最近でた新著の「農家はもっと減っていい~農業の「常識」はウソだらけ~ (光文社新書)」も同じように、俯瞰的、外様の目線から今の農業界を評した一冊だった。2013年から8年が経ち、より不確実な世界を迎えた農業界への今を久松さんはどのように考えているのだろうか。
農業の大淘汰時代と中規模法人のオワコン化
自分(小平)も18歳の頃から、育種学の研究者、生産法人経営者、農業スタートアップの代表として農業という分野に20年来、関わってきた。30代の終わりに農業生産事業をバイアウトしたりと一旦、農業を企業として行うことに区切りをつけた。この本を読了して感じたのは、トマトの生産事業を売却した自分の経営判断は正しかったという確信と、もう生産事業という底なしに面白い事業はできないんだなという一抹の寂しさだった。
今の農業法人経営での勝ち筋は久松さんのような①ファンベースマーケティングをベースにした小さくて強い農業、②他社企業の資本も利用した高度大規模農業、③中規模だが都市部に近く、科学的なアプローチを行える家族経営の専業農家あたりになるだろうか。
文中にもあるように、漫然と米を作っていたり、マーケティングを産地に依存するようなパターンは今後、マーケットの縮小から継続することは難しいと思う。また、自分がやっていたような中規模(売上5000万前後)での法人参入というのは、大手ほどのコストカットやモジュール化を徹底できず、小さくて強い農家ほどアジャイルに経営できないというところで、同じく継続は難しい。強みをより尖らせ、かつリスクをヘッジする「負けない農業」が必要だと久松さんは言う。
自分が感じたのは今まで勝ち筋と言われていた、個人農家が法人化し、規模拡大して中規模法人という進化フローは自分から強みを放棄しているように思えるので厳しくなる事。個人農家は自社の強みを維持するために小規模のままでいるという選択をあえてとる、もしくは法人化のタイミングで大きく外部資本を入れるかアライアンスを組んで、一気に日本トップレベルまで大規模化/近代化するという経営判断が良手になるかと思う。
農業の欺瞞と農業経営のパーパスの不在
副題にあるように「農業の欺瞞」もこの本のテーマの一つ。特に文中に、農家の経営にはHOWがあるが、WHYがないという記述が印象に残った。通常、企業経営だと「なぜ会社は存在する社会的な意味があるのか?」というミッションやパーパスがある。ただ農家から自社の存在理由(WHY)を聞くことがなく、「どう経営するか?」というHOWばかりだという。それは(意訳をすると)「農業が絶対的に社会に価値があるという農家の傲慢」が背景にあるのではないか?ということだ。その傲慢と欺瞞がベースにあるので、農家社会的な弱者ぶってしまう。そしてそれをどうにかしたいという善意が「規格外野菜」や「耕作放棄地」といった「弱者」に対する本質的なでない解決を招くということだ。そんな傲慢や欺瞞は久松さんはずっと嫌いなので本書でも手厳しい。
農業経営の”沼”から手招きする先輩の優しさ
最後に、本書のもう一つの肝はそんな世界に飛び込んでくる後輩に対する、厳しくも優しい久松さんの視線だ。
農業界を囲む環境は、ロジカルに考えると、人口減でどんどん消費が減ってるし、レストランの消費も落ち込むし、資材価格は上がるし、マーケットは乱高下してぐちゃぐちゃだし、モラルも何もないし、真っ暗にも思える。久松さんの「農家はもっと減っていい」という題は逆説的に「それでもこの業界にやってくる人は、農業という”沼”にようこそ」と優しく誘う先輩オタクの誘いにも思える(※沼とはオタク用語で特定の趣味に底なしにどっぷりハマる状態を指す)。
農家のウェルビーイング(精神的、身体的、社会的な健康)に言及した章があるのも、先輩からの優しいアドバイスだと思う。農業経営の水はもう甘くはない。でもリスクを減らし、経営環境を見定め、技術を磨けば、その先には一生をかけるに値する“沼”が待っているよ、という優しい先輩オタクからの目線も見え隠れする。
20年関わって、沼から足を洗ってしまった元農業オタクとしては、少しのうらやましさを覚えるとともに、今後の後輩たちがこの本を読んで、正しく、長く、健やかに“沼“にハマれるよう願うばかりだ。
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