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【短編小説】デスゲームの狭間

 「ラストゲーム。制限時間は3分。間違えればシ・ニ・マ・ス」

 冷たい機械音声が響くなか、Aチームの翔太と一真は息を詰めて数式を見つめる。天才的な頭脳を持つ一真は即座に解答を開始した。その様子を翔太は、信頼と驚きを込めて見守っている。

 「一真、すごいな…こんなに難しい数式を解けるなんて」

 一真は集中したまま、淡々と答えた。

 「数学ってのは感情じゃなくて理論で成り立つ。感情に流されると、誤る可能性が高くなるからな」

 「さすがだよ。お前がいてくれてよかった」

 翔太の言葉に一真は小さくうなずく。

 「俺も同じだ。こうしてお互いが支え合ってきたからな。ここまで来られてよかったぜ、翔太」

 一真が静かに答えた。

 一方、Bチームの優斗と玲奈は、同じ数式に悪戦苦闘していた。焦りの色が濃くなるなか、玲奈は頭を抱え、諦めかけた声でつぶやく。

 「こんな数式、私たちに解ける訳ない…」

 「玲奈!!諦めるな!!!俺たちはここまで一緒に戦ってきたんだ。やるしかない!!」

 優斗は強い口調で玲奈を励ました。玲奈もその言葉に勇気をもらい、二人で懸命に数式を埋めていく。残り10秒というところで、玲奈が直感的に叫んだ。

 「待って!こっちじゃなくて、こっちかもしれない…」

 「おいっ、うそだろ??」

 優斗は焦りながらも玲奈の指示に従い、急いで解答を変更した。

 「頼む…間に合ってくれ」

 残り1秒というところで2人は回答終了ボタンを押し込んだ。

 その瞬間、ビーという警告音が鳴り響く。

 「解答を受け付けました。結果発表まで15分間の休憩を挟みます」

 ほっと息をつくものの、緊張感は消えない。

 彼らは互いに目を見合わせ、無言のままゲーム会場を後にした。



 「なぁ、翔太、一真。俺ら、最後の答え、本当に適当なんだ。だから、たぶんこれが最後だ…」

 優斗が寂しそうに笑みを浮かべながら呟く。

 「ごめん」

 玲奈が全てを悟ったように呟いた。

 「そんなこと言うなよ、とりあえず一杯いこうぜ?な??」

 彼らは、会場の下にある古びたバーに向かうことにした。
 重い扉を開くと、どこか不気味な空気が漂っている。

 「なんだか、感じの悪い店だな…」

 翔太がつぶやく。

 「ほんと、なんか怖い」

 玲奈の声が震えている。誰もいない店内に一抹の不安を感じつつ、四人は席についた。

 「す、すいませーん!」

 玲奈が呼ぶと、奥から古びた服を着た老店主がゆっくりと現れた。しわだらけの顔にどこか冷たい微笑みを浮かべている。

 「やぁ、若者たち。こんな薄暗い店に何しに来たんだね?」

 まるでここに来るのが分かっていたかのような煽り口調で、老人は鋭い視線で彼らを見つめる。翔太が少し苦笑し、「今…命がけのゲームの最中でしてね」と答えると、老人はうなずきながら、答えた。

 「ふはは、まあ、気づいてはいるだろうが、わしはゲームの関係者じゃ。最後の結果発表、つまり"死ぬ前に"一杯とな?そういうことだろう?まあ、諦めるな若者よ。君たちにもし チ・ャ・ン・ス があるとしたら?」

 老人の言葉に、四人は思わず顔を見合わせた。

 「チャンス…?それはどういう意味ですか?」

 玲奈が尋ねる。老人は微笑みながら答えた。

 「君たちがそのデスゲームから抜け出せる唯一の方法、それは…仲間を信じ、共に同じ答えを導き出すことだ。心を合わせた者のみに、チャンスが訪れる」

 その言葉は、深い謎と恐怖の中で彼らの心を打った。翔太は3人をそれぞれ見つめ、長年の親友としての絆がそこにあることを感じたが、すでに解答は提出済みだった。

 「つまりどうしろってことだよ…」

 疲弊した彼らには、考える余地がなかった。

 翔太は、小さな笑みを浮かべる。

 「なあ、俺ら生きて帰ろうな?」

 優斗は、翔太の言葉に力強くうなずいた。

 「お前らがいなきゃ、ここまで来れなかったしな…こうしてまだ一緒にいられているのも、全部お前らのおかげだ」

 翔太、優斗、一真、玲奈は固く手を握り合い、お互いの友情を胸に刻んだ。どんなに厳しい状況でも、互いに支え合ってきたことが強い絆を作り上げていた。

 「よっしゃ。最後に、乾杯」

 グラスの甲高い音が、最後の始まりを告げた。


 十五分が経ち、四人は再びゲーム会場に戻った。緊張が再び高まる中、機械音声が冷たく結果を告げる。

 「Aチーム、解答正解」

 翔太と一真は肩の力を抜き、互いに小さくうなずいた。だが、その喜びは一瞬で、翔太の心は次の瞬間、親友の優斗に向いていた。

 「Bチーム、解答…不正解」

 その言葉とともに、優斗と玲奈の立っていた床がゆっくりと開き始めた。

 「おい、嘘だろ!!」

 優斗は恐怖に怯え、必死に叫びながら翔太に手を伸ばす。

 「翔太、一真!、助けてくれ!」

 翔太も必死に手を伸ばし、涙を浮かべながら叫んだ。

 「優斗!俺は…俺はお前を置いていけない!」

 しかし、翔太の手は空を掴むだけで、優斗と玲奈は闇の底へと落ちていった。絶望の中、翔太はその場に崩れ落ち、涙を流し続けた。

 「なんでだよおおおお」

 「くそおおお」

 翔太と一真は床を叩きつけた。

 その時、コツコツと足音が会場内に響き出した。

 「いやー、見事じゃったのー」

 絶望の中、会場に現れたのは、バーの店主だった。彼は無表情ながらも、どこか哀れむように翔太と一真を見つめていた。

 「おい、じじい!!なんでだよ」

 翔太は殺戮の目でバーの店主を睨んだ。

 「おっかないのー?言ったじゃろ、 チ・ャ・ン・ス があると」

 翔太はその言葉に反応し、力が抜けたように店主を見つめた。

 「どういう意味だ…優斗と玲奈は、もう…」

 普段、感情を表に出さない一真にも涙が溢れている。

 「君たちには、もう一度”彼らを取り戻すための試練”に挑む選択が与えられる。つまり、選択肢は二つじゃ。このまま出るか、仲間を助けるためにもう一度命をかけるか」

 翔太と一真は即座にうなずいた。うなずく以外どうすることもできなかった。

 「お願いします…。優斗と玲奈を取り戻したい。俺たち、命をかけます」

 二人の目には、再び強い決意が宿っていた。

 「目を閉じろ」

 バーの店主はそう言った。

 静かに目を閉じた瞬間、意識が遠くなった。


 暗い部屋の中央に、再び一枚の紙が置かれ、そこには複雑な数式が記されていた。今回の数式は、数学的な難解さだけでなく、まるで「生きる意味」を問いかけているかのような深い構造を持っていた。

 「この数式に正解すれば、二人の命を取り戻せる。しかし、誤れば君たちも命を失う」

 一真はペンを握りしめ、目を細めて数式を見つめた。その横で、翔太もまた、その問いの答えを必死に考えていた。

 「翔太、この数式の問い…『生きる理由』を聞いているように感じる」

 翔太は深く考えた末、静かにうなずいた。

 「そうだな。俺らにとって今生きる理由は、二人を救い出すこと。あいつらと一緒に生きてここを出ることだ。それが俺らの答えだ」

 一真も微笑を浮かべる。

 「友情か…いい答えだな。僕にとっても、こうしてお前の隣で戦ってきたこの友情が、生きる理由だ」

 そう言って一真は、最後の解答を記入した。問題を解き終わり、しばらくの沈黙が流れた後、老店主が声高らかに言った。

 「おめでとう。君たちは”生の解”を導き出した」

 その瞬間、暗闇から、優斗と玲奈の姿がゆっくりと浮かび上がった。二人は自分たちがどうしてここにいるのか理解できない様子で、混乱した表情を浮かべている。

 「…優斗!玲奈!」

 翔太は驚きと喜びで声を上げ、駆け寄った。優斗も、翔太の姿を見て一瞬呆然としながらも、すぐに笑顔を見せ、駆け寄って翔太と抱き合った。

 「翔太…お前、また助けてくれたのかよ…!」

 翔太は涙をこらえながら、優斗の背中を力強く叩いた。

 「当たり前だろ。お前を置いてなんか行けるわけないだろ、バカ!」

 その言葉に優斗も笑いながら、「お前、本当に俺のことずっと助けてくれるんだな」と、小さな声でつぶやいた。一方で玲奈も、一真と再会してほっとした表情を浮かべていた。玲奈は一真をじっと見つめ、「一真、ありがとう。いつも冷静で頼りになるあんたがいてくれて、本当に良かった」と言葉を絞り出した。

 一真は少し照れたように顔をそむけたが、微笑みを浮かべて玲奈に答えた。

 「そんな大したことはしてないさ。ただ、僕も君たちとここで別れたくなかっただけだ」

 四人は再会の喜びに包まれ、命の重みと絆の深さを改めて実感していた。

 その様子を静かに見守っていた店主が、ゆっくりと口を開いた。

 「若者たちよ、試練を乗り越え、再び仲間を取り戻したその絆を、どうか忘れるな」

 店主の言葉に翔太はうなずき、真剣な表情で言った。

 「あたりめーだ」

 店主は深くうなずき、少し優しい目つきで彼らに言葉を続けた。

 「では、君たちに脱出の道を開こう。これが最後の試練だった…君たちは自由だ」

 言葉とともに、部屋の奥に一筋の光が差し込み、出口が現れた。優斗が翔太の肩を叩きながら笑顔を見せた。

 「よしゃ、おまえら!これで本当に外に出られるなっぽいな!!」

 「もうこんな場所、二度とごめんよ」

 玲那は吐き捨てるようにそう呟いた。一真も小さく笑って、「そうだな、こんな命のかかる数式なんてもうたくさんだ」と返した。

 四人はまばゆい光の中に足を踏み入れた。


 「翔太、やっと出られたな…」

 優斗が肩を並べて、息をつきながら言った。

 「本当に…これで終わったんだよな?…」

 翔太も少し呆然としながら、目を閉じた。その瞬間、体中に響くような大きさでアナウンスが流れた。

 「さ〜あて!四名の参加者は無事に試練を突破しました。最終的な結果と全国順位は、明日のニュース7で発表されます!ぜひご確認ください!!」

 そのアナウンスに、一瞬全員が驚いたように立ち止まり、互いに視線を交わし合った。

 「どういうことよ、これ…」

 玲奈が困惑の表情を浮かべて言った。その時、

 「やあやあ!」

 彼らの目の前に現れたのは、冷静な表情をした30代くらいの男だった。彼は、こちらに向かって手を振り、軽く頭を下げた。

 「このゲーム、君たちが経験した試練は、単なるエンターテイメントではないんですよ。実は、これは日本政府が主催した社会実験の一環なんです」

 その言葉に、翔太は思わず目を見開いた。

 「日本政府…?」

 「はい。少子化の影響で社会が崩壊しつつあるこの国を救うために、私たちはさまざまな方法を試みてきました。この『デスゲーム』は、そのひとつの方法として、若者たちが生き残るためにどう行動し、どう成長するのかを観察するために行われたのです。まあ、希望がなさそうな人は本当に始末しちゃうんですけどね。へへ」

 「申し遅れました。私、家庭庁少子化対策室室長兼ゲームマスターの山崎と申します。

 「まさか…俺たちがゲームに参加させられていたのには、そんな理由があったのか?」

 優斗が歯を食いしばりながら言う。

 「正確に言えば、君たちだけではありません。全国で数百組の若者が同時刻に同様の試練に挑み、国民にその様子が配信されていました。君たちの行動が、今後の日本の未来を左右する重要なデータとして活用されるのです」

 玲奈は信じられないという顔で呟いた。

 「まさか、私たち見せものにされてたってこと?」

 ゲームは、ただの極限の試練ではなく、若者たちの決断力や協力、絆がどれだけ重要であるかを国民全体に伝えるための「見せしめ」でもあった。最も過酷な状況下でいかに生き残るか、どんな価値観を持って行動するのか、それを示すための舞台として、毎回リアルタイムで配信されていたのだ。

 翔太は深く息を吸い込んだ。

 「それなら…俺たちの苦しみや、三人との絆が、ただの実験データになったって訳だ?」

 「そうです。が、その結果を基に、これからの社会が構想されるのです。若者たちがどれだけ自分たちの未来に責任を持てるか、そして社会をどう変えていけるか、その視点が重要なのです」

 政府関係者の山崎は自信満々にそう言った。その言葉を聞いて、翔太は静かに考え込んだ。やがて、決意を込めた目でその関係者を見つめる。

 「でも、俺たちだけじゃなくて…他の奴ら(参加者)だって、みんな同じように大変な思いをしてきたんだよな?」

 「もちろんです。すべての参加者が試練を通じて、今後の日本に必要な価値観を学んだことは間違いありません。しかし、君たちのように試練を突破した若者たちが、新しい未来を作るために動くことが大切なのです」

 山崎は静かに答えた。政府関係者の言葉を聞き終え、四人はしばらくその場に立ち尽くしていた。翔太は顔をしかめ、やがて手をギュッと握りしめた。そして一歩、関係者の前に踏み出した。

 「それで、結局俺たちの命は、ただの実験材料だったってわけか?」

 政府関係者の山崎は、冷静な表情を崩さずに答えた。

 「君たちが試練を通じて生き残り、社会のために成長する姿こそが——」

 その言葉が終わる前に、翔太の拳が彼の顔面に向かって飛んだ。山崎は一瞬たじろぎ、うめき声を上げて後ずさった。痛みと驚きで押さえ込まれたその表情に、翔太は憤りをぶつけるように叫んだ。

 「俺たちは、社会のために命をかけたんじゃない!自分たちの命を、自分たちの意思で生き残るために戦ったんだ!」

 後ろにいる優斗も一歩前に進み、翔太の肩に手を置いて冷静にうなずいた。

 「俺たちの人生を勝手にデータにされるなんて、誰も望んでいない!!」

 玲奈も怒りを込めて言葉を絞り出した。

 「私たちはモルモットじゃない。誰かが決めたルールなんかで生き方を縛られたくない」

 「いつかぶっ殺してやる」

 四人は背を向けてその場を去った。彼らの足音だけが、そこに響き渡った。後ろから聞こえる山崎のうめき声も、もう彼らの耳には届かなかった。自分たちの未来は、誰かに決められるものではなく、自分たちの手で切り開くものだと、四人は強く心に誓っていた。それぞれの心に新たな決意と怒りを抱き、四人は歩き続けた。その足取りには、今まで偉大ことのない感情が重くのしかかっていた。

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