新たな才能と独自の世界に包み込まれて

今回、ご紹介するのは先日、関西の単館映画館で拝見した『ドブ川番外地』という作品です。
監督は、渡邊安悟 氏。
1994年生まれ。
彼の出身校は、大阪芸術大学映像学科卒業、東京藝術大学映像研究科映画専攻科を進学し、東京を拠点に、映像フリーランスとして活動中だそうだ。
他作品には『ティッシュ配りの女の子』、『獰猛』などがある。
尊敬する監督に黒沢清監督を挙げていた。

出演者は、北垣優和さん、藤田尚弘さん、笠野龍男さん、真弓さん、ひと:みちゃん さん、村上いずみさん、石上亮さん、吉良雪花さん、西出明さん、海道力也さん ほか

今回、拝見した『ドブ川番外地』は、上記に記した大阪芸術大学の卒業制作として2016年に発表された。
早5年が経つが、現在も度々と各地の単館映画館等で上映されている。
大阪芸術大学の卒業制作は度々、注目を浴びる事もあるが、今回もその一つだろう。

(以下、ネタバレ注意)
内容は、
親友の自殺をきっかけに引きこもりとなった青年・曽村辰巳。
家族・学校との交流を断って、家を飛び出し、夜の街を彷徨う。
彷徨いながら出会う浮浪者・土川士郎らと出会うことになる。
かつて引きこもりだった青年の曽村に対し、土川はかつて将棋士だった。
アル中で自由奔放で乱暴者の土川は、周囲に辰巳を息子だと偽って、奇妙な生活が始まるのだが、土川にはある秘密を抱えており……。というもの。

まるで、無法地帯と化した街(西成区?)に、徨うかつての引きこもりの青年が土川を含めた独特のキャラクターと出会う事で、少しずつ成長し、自分と向き合っていく姿を描いた単純なストーリーなんだけど、監督の世界観が加わることで、観客は独自の世界に引き込まれていく。

偽医者や偽看護師、役立たずの巡査、夜の街のバー店を営む女性、そのすべてが新しく思える高校生の曽村は、土川との出会いで居心地の良い場所を見出してしまう。
しかし、曽村の過去を知った土川は、自身の過去に向き合い始め、止まることのない時間だが、彼らにとっては時間が止まっていた。その時間が、出会いをきっかけに動き始める。

かつて存在した寺山修司氏の映画作品を彷彿とさせる世界観には圧倒されたし、不思議な気持ちになった。
核となるストーリーは、単純なんだけど、このストーリーを監督の世界観で大きく変わることになった。

厳しく見ると、商業なら切るだろうなというカットを残していたりと編集の甘さがあったり、細かく言うと酒や煙草を吸ったことない人が初めて飲む瞬間とか、煙草を出す瞬間とかに慣れた手つきをしていて演出的にはリアリティに欠けた部分も多々ある。
だが、それ以上に、監督ならではのオリジナルの世界観を作り上げるのは相当難しいもの。
誰も知らない世界を一から作り上げていくわけだから。
それを学生時代に作り上げ、または学生だったから出来た表現があって、完成された作品であろう。

音楽にもこだわりを感じた。
私が拝見したのは『また逢えたらいいな』。
同曲も、作品の色合いにピッタリな曲で、監督が作り上げた世界観を見事に包み込んでくれる曲だった。昭和っぽさを残しながらも、今の日本の空虚感を包んでくれる一曲ではないだろうか。

上映館では、パンフレットのほか、サウンドトラックCDも販売されているそうだ。
ドハマりしちゃったら、買っちゃいそうだな。

上映後のトークでは、商業的な作品には、(トーク時)まだ手掛けていないとおっしゃっておりました。
マルチカメラ(複数のカメラ)での撮影方法が主流となっている今、(学生という点もあるが)一つのカメラでワンカットずつ撮っていく手法(フィルム時代同様)をした今作。
もし、商業的作品を手掛けるときには、マルチカメラが採用されるだろう。
監督自身は、演出方法(マルチカメラの)に不安を覗かせていたが、あの世界観を作り上げるぐらいだからコアなファン層は一定数生まれると思う。なので、名の知れたキャスト起用をした時には、キャスト負けしない作品が見られることを期待したい。
ただ、この世界観は、プロデューサーも相当な覚悟がないとオファーはしづらいだろう。
決して、大衆的とは言えないが、学生乃至はインディーズ映画だからこその色があって、一定数のファンは今後も増えていくだろう。
一度ではなく、2度、3度と見ていくと、さらに監督が作り上げた映画の世界にのめり込んでいく不思議な作品。
商業映画乃至はテレビドラマを監督・演出した場合、どのような世界を我々に見せてくれるのか楽しみだ。

コロナ過で難しいかも知れませんが、是非、見ていただきたい。
また、出来れば2度見ると、より世界に入り込めるかもしれない作品です。

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