Xジェンダーは思い込み?自分がそうかもと思った理由
自分がどうして「Xジェンダー(FTX)=性別に違和感がある人」と思ったのか。
本当に自分がXジェンダーなのか?とはっきりは言えないです。
なんとなく自覚したのは、周りのセクシュアルマイノリティの人達と関わっていく中で、そういえば・・・と思い当たることがあったからです。
それまでは自分の思っていたことに名前がついていたこと、それが自分だけではなかったことに気づいていなかったので。驚いたとともに、何となくホッとしていました。
精神的な繋がりを重視する私は女性に惹かれることが多かったので、自覚するまではレズビアンかな?と思っていたのです。性別に違和感があるまでいかなくても、スカートを履きたくないというビアンの方の話も聞いたことがあったので。
性別に違和感を感じるとき
日常生活では女性の格好や振る舞いが多いし、何も言わなければ一般的な女性にしか見えないと思いますが、心の中では常に以下のような違和感を感じることがあります。
スカートかパンツを履くのに性別が関わることに抵抗がある
書類の性別欄などで「男」「女」の選択肢に手が止まる
世間が求める女性像に合わせることに違和感
学校で学ランを着たかったのにセーラー服だった
一人称を考えてしまう
自分が女性として人を好きになっているのか疑問
女性的な振る舞いを求める人といると自分らしくなれない
なぜ自分には男性器がないのだろう
子供から大人のエピソード
子供の頃は、ロボットや戦隊モノ、読む漫画は少年ジャンプなどいわゆる男子が好みそうなものが好きで、周囲で少女漫画の恋愛ものが好きな女子とは全く話が合わず浮いていて、気の合う男子とよく遊んでいました。
学生の頃はショートへアにしていたのですが、外で女子トイレに入ると一般女性に「ここ女子トイレですよ!」と男性に間違われることもあったが、それが不快ではなかったことを覚えています。
男装をしていたこともあり、その時は自分がこれがしっくりきていましたが、本当の男性にはなれないだろうなとは薄々実感していました。
大人になってからは普段は日焼け防止のためナチュラルメイクで、通気性とトイレの行きやすさからスカートを履くこともありますが、その姿でいるととても女性らしいと言われるのも何となく複雑な気分でした。性的な対象として見られることも。
着るもので性別が決まるんじゃなくて、自分が好きなものを着られればいいのになと思っていました。
色に対しても、なぜ女性は赤色で、男性は青色と決まっているのだろう?ピンク色も昔は男女とも使っていたらしいけれど、今は女性の色のイメージが強いし、世間が作り出したイメージにいつの間にか自分もとらわれてしまっているのかな?と疑問でした。
セクシュアルマイノリティの人たちと関わる中で
レズビアンの世界は深く関わっていないのでよく分かりませんが、自分から見るとなんかちょっと違うというか一緒にいるのは場違いかな?という感じがしていました。
理由の一つとして「フェム=フェミニン」「ボイ=ボーイッシュ」「中性=中性的」という異性間ではあまり見かけないカテゴリー分けが存在していて、「女性が好き」というセクシュアリティなので見た目の好みは理解はできるのですが、同性間でも世間の女性らしさを求められるというか、お互いを知る前にそういうカテゴリーがあるのが正直なじめなかったところです。
過去にトランスジェンダー(FTM)の人とお付き合いしていたことがあったのですが、女性らしさを求められなかったので気は楽でした。
その人は名前を男性寄りなものに変えたり、ナベシャツで胸を潰したりして、男性に近いほうが自分らしいようであったけれど、私自身はそこまで男性寄りを求めていないと感じました。
私も自分の性別に疑問があり、トランスジェンダー専門の電話相談をしたことがあったけれど、ホルモン注射や性別適合手術をして男性になることを想像したものの完成予想図を考えると、今の自分の身体をベースにすると思うような完全な男性にはなれないだろうし、今のまま男性になりたいわけではないと実感したのでそれは選択肢にありませんでした。
ただ選択肢はなくても違和感がなくなったわけではないので、そういう意味では明確なゴールをどこにするかがはっきりしないままです。
後に自分をクエスチョニングと自認している人と話をしたことがありましたが、性自認は決めたくないと話していました。決めないという選択肢もありなんだなと参考になりました。
私も女性ではあるものの、世間が求めるような女性像ではない気がするので「どちらでもない」がしっくりくるかもと今は考えています。
自分のなかの心の声を大切に
自分の中の気持ちが、世間の男らしさ、女らしさ。そういうものが社会に根付いていることに対しての反発から来ているのか、自分自身の性別についての違和感からくるものか。
または女性でいたくなかっただけなのか。
ずっと分からなかったのですが、いろんな人を見たり関わったり考えていくうちに自分自身で違和感を常に感じるなら、そこから気持ちが来ているのだろうなと思い至りました。
セクシュアリティは流動的なこともあるし、今後も変わるのかもしれない。カテゴリーが見つかることで気が楽になる人や、かえって縛られてしまうこともあるかもしれないのでそこまでこだわらないようにしています。
ただ日々違和感を抱える中で、いろんな考え方があるんだと「自分を知ること」が大切だと思ったのでここに書いておきます。
以下はXジェンダーについて読んで参考になった本。
何人かの経験談や、男女一括りでは分けられない性自認が書いてありました。