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寿司と指輪は自分で買いたい。

あっと言う間に2月も最終日。 パキスタンでの仕事・生活から任期満了で帰国するまで、あとちょうど100日となりました。 6月なんてまだ先のことのようだと思いつつも、片道の帰路便E-ticketが送られてくると、もうリアリティをもって残りの日々に何をするかを考えなくてはなりません。 無い袖は振れぬものの、はああ、さすがにあと100日で何が達成できるかと思うと、色々プレッシャーがかかります。

さて本題の寿司と指輪の話。 ちょうど1年前ぐらいに西原理恵子さんが国際女性デーの特集か何かで朝日新聞に書かれていたことです。

女の子へ「寿司と指輪は自分で買おう」 西原理恵子さんhttps://www.asahi.com/articles/ASK2R5QZ9K2RUTIL04Q.html

若さや綺麗さで指輪や寿司を男性から買ってもらうより、自分で買える力を付けた方が良いし、女の子には働いて自立するだけでなく危機回避の術も身に付けて、という話ですが、改めてこの記事のことを思い出す機会がありました。

イスラマバードに上司兼彼氏(!)でもある人とともに出張してきていた、パキスタンに全く住んだことのないパキスタン人の若い女性と、なぜか週末に会いしました。 私も毎日着ている国民服のシャルワー・カミーズも着ておらず、ショールで身体の線を隠すこともなく、洋装にトリーバーチのハイヒールをはき、指にはブルガリの指輪、時計はカルティエ。 若くてきれいな彼女ですが、裕福なご両親か、彼女をトロフィーワイフのように連れて歩いている上司に買ってもらった指輪や靴を身に付けて、貧困にあえぐパキスタンの地方部の暮らしを「考えられないし、よくそんな地域であなた(=私のこと)は働けますね…」と言い放たれました。 「貧困は自分で選んでなっているわけじゃないからね、彼らにも基本的人権として社会サービスは必要でしょう?」とにこやかに説明しながらも、正直、私の頭の中では「寿司と指輪は自分で買おう」というフレーズがぐるぐる回っておりました。 確かにあなたは貧困とは無縁でこれまで生きてこれてラッキーだったと思うけど、あなたのそのパトロンみたいな彼氏の会社、いつまで好業績でいられるかわかりませんよーーー!

また別の知人(日本人)は、離婚したら夫の財産は半分、当然のように自分が貰えると信じていたと話しています。 日本では離婚後の子どもの養育費ですら3割ぐらいの父親しか取り決め通りに支払っていないと言うのに、どうしてそんなに離婚するぐらい愛もなくなった夫が文句も言わずに財産分与をしてくれると信じ込めるのか。。。 あまりにナイーブすぎないか?と思う私の方が、現実を見過ぎていてスレてしまっているのでしょうか。 

いずれにしても、まあ四の五の言わずに西原理恵子を読みなさい!と思わずにはいられない二人の女性とのエピソードが立て続けにあったので、忘れる前にここに備忘録として投稿しておきます。 ただね、指輪もお寿司も自分の稼ぎで買える女たちは、そのお金がいつまでも手に入れ続けられるものでもないと認識しているし、その分、将来への投資は指輪でなくて自分のスキル向上のために使っているような気もします。 もちろん自分で指輪もお寿司も手に入れられるようになった、経済的に自立した女たちは、「物には罪はないからね」と別れた男にもらった指輪も使い続けるだけのしたたかさも身に付けられていることが多いような気もしますが。

女子たちよ、本当に必要なときに逃げられるだけの力をつけよう!