せまくて刹那の東京で
金曜日の17時、原宿から明治通り添いを歩いた。宮下パークのPRADA,BALENSIAGAといったハイブランドを横目に進んで、渋谷横町を通った。この前いったセンター街や道玄坂とは全然違う雰囲気だった。渋谷のスクランブル交差点で信号が変わり一斉に人が動いた。観光客であろう外国人は横断しながらみんなスマホで動画を撮っていた。昼間のスクランブル交差点を歩くときまるで邦画の主人公になったかのような気分になる。
東京は狭い。海外の大きなスケールを味わったあとに銀座にいったときは小さなビルが立ち並んでいてまるでおもちゃ箱のようだと思った。新橋からゆりかもめに乗ったときは外国人の方々はまるでアトラクションに乗るようなテンションだった。外国人からしたら東京全体がテーマパークのように見えるのかもしれない。
東京がせまいせいで全く違う状況下で結局同じところにいくはめになり、ずっと心の奥のほうの引き出しにしまいこんだ記憶を思いがけずにあけてしまうことはよくある。バイトの面接でいった新宿タカシマヤのレストラン街で1年前にフラれた彼氏のことを不意に思い出した。
去年のバレンタイン、1年くらいに付き合った人にフラれた。強制終了だった。最後に会ってラインをしてから永遠に既読スルーのあと、3か月後くらいに新宿のクラブでばったり会ったが会釈しただけでほとんど無視だったとき、さずがに自分の中で終わらせた。
ことのきっかけはよくある話で、1か月前から約束してしたバレンタインの日に仕事が入ったとドタキャンされた。バレンタインの準備をしていたのもあったがどうしても納得がいかす3時間くらいだけ会っているあいだ、私はほんの少しだけ不機嫌をだしたけど平然を装った。仕事にいく彼を見送り一人で恵比寿から山手線でゆられながら煮え切らなくなった。彼から手作りチョコ美味しかったありがとう!、とラインが来たからその時点では私を振る気もなかったんだと思う。私は私の不機嫌すら気づいてくれないのか、ともうどうにも不満を抑えられず感情のまま小言のラインを送った。それ以降永遠に返信はなかった。お返しのないホワイトデーを過ごすくらいならバレンタインなんかしなきゃよかったと何度悔やんだか分からない。来年のバレンタインは何もしないんだとしばらく頑なになっていた。
今になって反省すれば感情的なラインを送るくらいなら会っているあいだの時間に思っていることをちゃんと言えばよかったのだと思う。私は対人関係になるとすぐに逃げ腰になる。思ったことが言えない、ていうかどうしても言いたくない。自分の気持ちをよそにその場にふさわしい自分を取り繕う。きっと自分の素の姿に自信がない、と言い訳がしたいだけ。
去年の5月以降はふりきって飲みに歩きまくった。落ち込んだ時にじっとしてられないタイプだ。お酒を飲んで誰かと話たり音楽に浸っていているうちに、驚くような面白い出会いも多々あった。夏を過ぎた頃にはあんなにかなしかった気持ちは砂山が波にさらわれたかのようにどこかに消えてなくなっていた。
冷静になってみればお互いにもともとそんなに性格が合っているとも思えなった。上手くいっていたときは魔法にかかっていただけ、幻想はいつか壊れる。現実をみてやり直しなのか切り返しができるのが人間力、と友達に学んだ。
渋谷でドラッグストアに寄ってからマークシティのエスカレーターを昇り、銀座線の近くから山手線に乗りたかったのになぜか下りの階段についた。ただ道を渡っただけになった。JR渋谷駅南口の改札をとおって山手線の階段を上った。思った道すら通れなかったが今日はよく歩いた。