高齢化で増す記憶総量---懐古主義に引かれやすく
社会に記録・蓄積されているデータの総量が増えている。情報化による記録総量の増大である。一方、人々の脳内にある記憶も増えた。世の中の記憶総量は、高齢者が増えることで増加する。20歳の人が5歳で物心ついてから15年分の記憶を持つとすれば、60歳の人は、55年分の記憶を有する。還暦の人は20歳の人に比べて、約3・7倍の人生の記憶を抱え込む。高齢者比率が高まれば、記憶総量は人口増を超えて激増する。
膨大な過去記憶を抱える時代は懐古的になる。今年5月に新装オープンをした西武園ゆうえんちのテーマは、1960年代を想定した「あの頃の日本」。夕日の丘商店街、「昭和の住人」による実演、ゴジラの登場など、昭和の熱気・活気・元気に溢れる。70年代後半から80年代のシティポップが再評価されているのも「昭和レトロ」だ。「平成レトロ」の流れも生まれている。90年代から2000年代に流行した商品の復刻版が登場。身の回りの品をキラキラと飾り立てる「ギャル文化」にも再び注目が集まっている。
懐古主義には、自分の過去を思い返す「個人的ノスタルジー」と、社会全体の記憶を懐かしく感じる「社会的ノスタルジー」がある。後者には、自分の誕生前を懐古する「未体験ノスタルジー」も含まれる。
記憶総量の多くは、映像資料として保存されている。記録された映像に何度も触れることで、実体験のない人の記憶も影響を受ける。膨大な過去コンテンツから拾い上げた映像は、SNSの素材になり、皆に共有される。モノクロ映像のカラー化は、記憶に現実感を与える。CGやVRによる再現映像は、あたかも体験したかのような記憶を残す。ネット上の仮想世界・メタバースは、現実世界と並ぶ実在感を増していく。記憶と記録の関係は曖昧になる。
2025年の大阪万博に向けて、半世紀前の万博の「未体験ノスタルジー」を感じる人も増えるはずだ。言うまでもなく、過去記憶の重圧に引きずられて、未来を構想するイノベーションの勢いが削がれないように注意する必要もある。(発想コンサルタント)
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