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9 企業型&大学型で考える
広告会社に勤め、その後大学でも教えるようになったのですが、この2つの組織に属してみてわかったことは、それぞれ思考の仕方がまったく異なるということ。
広告代理店の場合、考えることは、「企画を立てる」と同義です。そして、「クライアントの問題解決」という視点が加わります。クライアントに対して問題解決のアイデアを企画・提供するのが、仕事なのですね。広告代理店に限らず、会社一般に関してもあてはまることではないでしょうか。大学の場合は、「問題・疑問に取り組む」という姿勢。問題・疑問と考えられる対象についての仮説を検証分析し、その結果として見いだされたものを、より大きな枠組みのなかに位置づけるのが「仕事」です。
両者では、問題に対するスタンスが、「解決」と「分析」という、方向性の違ったものになっています。それぞれ「企業型思考」「大学型思考」と呼べますが、ふだんのビジネスで求められるのは、前者であることはいうまでもありません。「歴史的分析」だとか「概念の厳密な定義」といったことは、スピードを旨とする仕事の場においては、ともすれば停滞や遅延を招くこともあるわけです。
しかし、だからといって、大学人のやっていることは役に立たないとは、思いません。「企業型思考」と「大学型思考」を組み合わせて、問題に対する「解決」「分析」「大きな枠組みへの位置づけ」をセットにすれば、強い思考ができるのではないかと思います。それは大学も同様です。社会というクライアントの問題解決のために、もっと頭をひねり、企画を立てるべきでしょう。
両者の考え方を組み合わせた授業を実際に行ってみました。
まず、学生たち数人ずつのチームに、新聞記事から切り取った5種類の記事を配ります。「地球温暖化のデータ」「街角の監視カメラ」「嗅覚を使う調香師」「デパートが始めた顧客向けのスタイリストサービス」「父親のための子育て教室」といったテーマの記事です。
この5種類の記事を黙って個人ごとに読み抜く。つまり、問題・疑問をしっかりと考える。その後、チームごとに、5種類のテーマから3つを選んで、テレビ番組の企画をします。木曜日午後7時から11時の4時間に、3つの番組を、その時間帯に見ている視聴者を予想しながら割り当てるのです。それぞれの長さは自由。2時間番組でも、数分の番組でも構いません。内容についても、ドラマを作ってもいいし、ドキュメンタリーでもいい。バラエティ番組仕立てでもよいのです。
少し難しいかなと思いましたが、翌週には各班が発表をできました。番組のアイデア自体は、いまのテレビの影響を受けています。例えば、2時間ドラマ「調香師は匂った!」とか「フェロモンマジック 匂いが男女をひきつける」はいずれも香りがテーマ。「北極に見る、地球温暖化」といったドキュメンタリーもありました。男性のお笑い芸人たちの「ママ、ちょっと来て」は、新米パパの子育て失敗のバラエティ番組です。監視カメラの問題を取り上げたチームもいました。「見られていますよ!」という5分の帯番組で、各地の監視カメラの映像を見せるシリーズ。再現映像であることを記した上で、日本中の監視カメラで見える光景を「お笑い半分・監視社会の批判半分」で構成するというものです。
最後に、みんなで番組別の予想視聴率ランキングを出しました。「制作者」として心を込めた環境問題の番組の視聴率が「視聴者」の気分で投票すると低位になりました。マイナー番組と思われた「見られていますよ!」は高い視聴率を取ったのでびっくりです。
記事の内容を深く読み込むという「分析」、番組を企画するという「解決」、視聴者の嗜好と知識水準を推測するという「分析」の過程を経てテレビへの理解は深まりました。5チームで競ったので、競合するテレビ局というシミュレーションもできました。市場経済におけるマスコミの「軽薄さ」も、ありありと実感し、「分析」できたのです。
「企業型思考」と「大学型思考」――この相矛盾する思考を意識しておくと、あなたの仕事の幅はもっと広がるのではないかと思います。