初めてひとり旅をした日のこと
私の旅の基本コンセプトは「誰かと一緒」
美味しいものや景色を共有し、他愛もない会話や旅先だから出来る話をする。それが旅の醍醐味で、私の旅のスタイルとなっている。
なので、私にとって"ひとり旅"は選択肢に入らず、何が楽しいのか全くもって分からなかった。ましてや、ひとり旅に出ようなんて思ったこともなかった。
だが30代に入った頃、これまで共に旅した友達がひとり、またひとりと結婚し家庭を持ち、一緒に旅に行ける友達が減り始めた。
私は最低でも1年に2回は海外へ、2ヶ月に1度は国内を旅をしたい人間なので、一緒に行ける友達が減ったのは致命的だった。また、転職により東京を離れたことも、誰かと一緒に旅に出ることを阻害する要因になっていた。
旅に出たい。でも一緒に行く友達がいない。
このストレスは私にとって想像以上に大きいもので、転職・転居により外部環境が変化したストレスも重なり、「旅に出ない」と「ひとりで旅に出る」を天秤にかけたのだが、旅に出ない現状が辛すぎて思い切ってひとり旅に出ることにした。
そんなタイミングで、JALのマイルが大量に失効することになり、たまたま見つけたのがJALの「どこかにマイル」というサービスだった。
6000マイルで行き先は4つの候補のどこか・・・ひとり旅にはもってこいだ。
候補は青森、花巻、仙台、石垣
”これまであまり行ったことがない場所”
それが今回の候補基準で、4つのうちであれば行き先はどこでも良かった。
行き先よりも「ひとりで旅に出る」という未知なる経験への不安と楽しみの方が大きかった。
申し込みから3日後。行き先が発表された。
行き先は・・・・・まさかの石垣!
正直な所、想定外だった。
12月の三連休。最も路線コストが高く、最も当たらないと思っていた石垣島。
これまでひとり旅を否定して敬遠していたが、石垣島に決まりどんな旅になるかワクワクしている自分がいた。
どこまでも続く透き通った海、青い空。
私はひとり、石垣島に降り立った。
いつもの自分であればざっくりとしたプランを事前に立てるのだが、今回は初日の宿以外は無計画。
ここは東京から2000キロ離れた南の島。
風の吹くまま、思うがままに。今回は一緒に行く友達もいないし、気を遣うこともない。たまにはそんな旅も良いのかもしれない。
石垣空港に降り立った私は初日の宿である黒島へ向かった。
石垣島を中心とした八重山諸島には、石垣島から船で10分の竹富島やNHKの連続ドラマ”ちゅらさん”で一躍有名となった小浜島。マングローブやヤマネコで有名な西表島などあるが、今回はあまりメジャーではない黒島をあえて選んだ。
石垣島からフェリーで30分ほどの黒島は、別名”牛島”と言われ人口の10倍の牛がいるのどかな島だ。
フェリーターミナルで竹富島や小浜島行きに乗り込む観光客を横目に、黒島行きの船に乗り込むと、ほぼ地元の人といった印象だ。
ひとり旅でメジャーじゃない島。逆にそれが良いのかもしれない。
窓際に座り、海を眺めながらそんなことをふと思った。
人口200人ほどのこの島にはホテルはなく、民宿のみ。
これまでホテルにしか泊まったことのない私にとって、初めての経験だ。
昼過ぎに着いたせいか、先客はおらず自転車を借りて島内を散策することにした。
第一村人に出会うことも無く、ただただ牛がのんびり草を食べる光景が広がっている。三連休にも関わらず、観光客はほぼいない。
文字だけ見ると寂しいように感じるが、南の島の穏やかな空気感のせいか、不思議と寂しいと感じることはなかったし、むしろ心地良ささえ感じた。
ここは同じ日本なんだろうか。
今朝までいた場所と同じ国であることを忘れさせるように、ただただのどかな時間が過ぎていた。
途中、島で唯一の商店で近海で捕れたマグロの刺身とオリオンビールを購入。自転車を宿に返して、宿の裏手にある浜辺に向かった。
こんなに綺麗な景色を、これまで見たことがあっただろうか。
目の前に広がる光景にただただ見とれて、浜辺に腰掛けビールを片手に海を眺めた。
静かな浜辺には波の音だけが響き、誰もいない、たったひとりの世界。自然と色んな想いが湧いて出てきた。
思えば、この年は自分にとって大きな変化の年だった。
自分の意志で全く違う業界に転職して、ひとり縁もゆかりもない地へ。
まさに理想と現実で、慣れない環境で思うように行かず、小さなことで落ち込んでは悩む連続だった。悩みを打ち明ける友達もおらず、友人との旅にも行けず、負の連鎖からいっそのこと東京に戻ろうかとも思っていた。
だが、ひとり南の島の浜辺で夕陽を眺めていると、不思議と自分がこれまで抱いていた悩みは小さいことに思えた。
どこまでも続く海と空。そこに太陽がゆっくり沈んでいく。刻々と変わる空の色。
雄大な自然の前にたったひとりでいると、自分という存在はいかに小さくて、どうでも良いことで悩んでいるのか。
安易な言葉でしか表すことが出来ないが、自分以外誰もいない雄大な自然の中に身を置き、これまでに自分自身と深く見つめ合うことで、何故か不思議とぱらぱらぱらっと自分の心から悩みが消え去っていくように思えた。
こんなことで悩むのはやめよう。
初心を忘れずまた一歩一歩、前に進めよう。
どれだけ海を眺めていただろう。気づくと主役だったオレンジ色に染まった空は、紫から濃い青へ移っていた。
宿に戻るとちょうど夕食の時間だった。
オフシーズンの沖縄ということでこの日の宿泊者は自分を含め3人。
1年に5回黒島に来るほどのリピーターの釣り人と、子育てを終え趣味のダイビングのために1年に1回八重山諸島を訪れる女性だった。
3人という人数も良かったのかもしれない。
夕食後、自然の流れで宴会になった。泡盛片手に、沖縄本島ではなく離島の魅力。その中でも黒島の素晴らしさ。沖縄への想い。それぞれの人生のこと。それぞれがそれぞれの想いを深夜遅くまで語り合った。
普段では絶対に話さないようなことも、初めて会ったのに自然と自分から話していた。
友達と来ていたら、そもそもそんな輪に入ることもなかっただろうし、輪に入ったとしても、話すことを制限していたと思う。
その日は冬至だったが、縁側に出て泡盛を飲み交わした。
優しい風が吹くなか、釣り人が弾く三線の音があたたかく3人を包んでくれた。
翌朝、それぞれが次なる目的地へ向かうため、旅立っていった。
もしかしたら二度と会うこともないかもしれない。そう考えるとなんだか寂しいような、とても感慨深いものを感じた。これが一期一会なのか。
これまで色んな旅をして来たが、旅をしてこんな気持ちになったのは初めてだった。
流れに身をまかせて辿り着いた黒島。
黒島に来たからこそ出会えた景色。そこで深く向き合った自分。
偶然が重なり会えた人。そこで語り合えた話。
ひとつひとつの出来事は偶然が重なり合ったことだが、自分にとっては必然の出来事だったのかもしれない。
黒島でのひとつひとつの出来事は、うまくいかない自分を一度立ち止まらせ、そしてまた前に進ませる大きなきっかけとなった。
とは言え日常に戻っても、依然としてうまく進まないことも多い。
だけどそんな時はあの時見た景色と感じたこと。旅人同士で語り合りあい、もらった言葉を思い出し、また前を向いて歩いていこう。
今はそう思える自分がそこにいる。
これまで頑なに否定し続け、挑戦してこなかった。ひとり旅。
だがひとりで旅に出てみると、ひとり旅だからこそ出来た体験があった。
誰かと一緒に過ごす旅も好きだが、何かに悩んだ時。価値観が縮こまった時。かたいこと考えずにとにかく思い立った時。
私はひとりで旅に出てみようと思う。
そんなことを思い、また私は日常を生きている。