合作小説『命在るカタチ』第一話 (過去作品)

Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru

第一話
「虹色の瞳」

『……よぉ!これからどうするよ……』
『……そうだねぇ……君の成績なら今から努力すれば……』
『……涼野君ってちょっと変わってない? ……』
『……ちょっと!遊び歩くのもいいけど……』
『……あんだよ、付き合い悪ぃなお前……』
『……期待してますよ……』
『……何よその言い方!人が折角……』
『……ちゃんと勉強やってるの!? 最近成績落ちてるみたいじゃないの!……高校二年生にもなって……遊んでばかりじゃないの!』

 

 

……うるさい……

 

 

世の中で一番どうにもならないのが『自分を取り巻く環境』ってやつだと気づいたのは随分前だ。
何故って? 
例え場所を変えても、
時を越えても、
自分に結びつくしがらみってヤツは永遠に消えないと思えるから。

雑踏の音とか、
信号の光とか、
俺の周りの連中とか、
全てが変わるわけじゃないんだ。
例え何をやっても。
死ぬまで変わらない。
      頭の中に灰色の靄が掛かった感じ。
永遠に続く。
       目の前がどんよりとした感じ。
何時の頃からだったろう。
      時として全てが灰色がかって見える感じ。
始まったのが何時だかは分からない。
      全てが別の世界みたいに見える感じ。
終わる時は分かる。
             ……ずっと続いて……
俺が死ぬ時だ。
       ……そしたらきっと消える……

いっそのこと死んだ方が楽かもしれない。

……だけど俺には死ぬ勇気が無い。

カッターで手首を切る事も出来ない。

ビルの屋上から飛び降りる事も出来ない。

生きてるんじゃない。死んでないだけだ。

それも何時まで続くか……

……俺は明日になったら死んでるかもしれない。

まあ、それでもいいと思う。

別に、四六時中そんな事を考えているわけじゃない。
俺は殆ど何も考えてない。
信号が青に変わって、ただ、アスファルトの道路を踏みしめて歩く。
その地面の感覚だけが俺が死んでない証だった。

雑踏とか、  風景とか、  皆、虚構の中へ消えて行く。

 

何時だったろう? 
ここにめぐりついたのは。
気がつけば俺は、     いつもの場所に居た。

         ……ぎりぎりまで水で薄めた……
いつものゲーセンの前。
  ……灰色の絵の具を塗りたくった絵のような世界……
見回せば、
  ……いつもの商店街でもそれは変わらなくて……
いつもの商店街。
          ……誰も分かってくれなくて……
顔を上げて看板を見やって、
   ……俺の後ろを人々は通りすぎて行く……
「…………」
          ……なんにも変わらなくて……

いつものように、中へ足を踏み入れて、

        ……変わって行くのは時間だけで……

……何か……疲れた……


気にする事じゃない。
いつもの事だろ? 


あんまり人はいなかった。
だからいつも来るのか? 

……さて……

とりあえず、いつもの席へ……
格闘ゲームの機械の前。
俺の居場所。
戦って勝っている間は、若しくは100円玉が尽きるまでは、俺はココにいられる。
格ゲーは得意だった。
だから難易度が高いものでも大体全クリアできる。

事実、10分経たない間に、俺はすでに4人抜きを達成していた。

音を立てて自動ドアが開く。
ちらっと目をやると
(……見ない顔だな……)
女性だった。
異質な無表情。
ぽかーんとしているような、しかし隙がないような……
……誰だ?  ……
刹那、そんな考えが脳裏をよぎる。
雰囲気が違う。
ゲーセンに遊びに来るような人間の持つ空気とは異質な空気。
彼女からはそんな風なものが感じ取れた。
背中まで届くロングヘアがさらさら揺れて……
「……」
ふと視線を画面に戻す。
「……」
一敗を喫していた。
「……2ラウンド目取られたか……」
呟く。
関係無い。
こっちも一勝取ってある。
三ラウンド目に決着つければいい事だ。
ちっ、と一つ舌打ちする。三ラウンド目、順調に攻めていく。
かしゃん……
百円玉がゲーム機の中に落ちる音。画面が切り替わり、誰かが乱入して来た事が分かった。
「…………」
あと一撃でおしまいだったんだが……誰だよ……余計な事したヤツ……
不意に軽い怒りを覚えた。が、それもすぐに終わる。どうせすぐに終わる。
勝っても負けても。別に勝つ事が目的じゃない。勝ちつづける事が目的じゃない。

……そんな事を目的にできる無邪気な連中がはっきりいって羨ましい……

 

勝敗はすぐについた。俺の圧勝。
おまけに、2ラウンドともこっちは全くダメージを受けていない。
……パーフェクト勝ち……ってやつだ。
ここまで弱いやつも珍しい。
初心者……いや……それ以前に……こいつゲームやったことあんのか? 
変なところでジャンプしたり、攻撃に自ら突っ込んでいったり……
はっきり言って操作がでたらめだった。
「……っく……」
? 
「うぐ……うえぇ……」
……女の声……
しかも泣いてる。

気がつけば……店中の……といっても人影はまばらだったが……非難の視線が俺に注がれている。

……俺の所為か? ……

俺はただ乱入してきたヤツをぶったおしただけで……
………………
はたと気がついて、俺の位置からはゲーム機の反対側になっていて見えなかった対戦相手を確認する。
「…………」
先刻の女性だった。
「っく……ぅ……」
……泣くなよ……頼むから……
両目を拭う彼女の手の甲からぽたぽたと雫が落ちる。
結構しょうもない状況ではある。
たとえ前後の状況が如何なるものであったとしても、泣いてる女性と男がいれば男が悪者……というのが世間一般の見方らしい。
はっきり言って、迷惑この上ない。事実、非難するかのような視線はずっと俺に向かって注がれたままだ。
「……なんだってんだよ……」
ぽつり、と言う。
周囲の非難の視線がさらに強くなった気がする。状況を確認したかっただけなのだが、余計つまらない事になったようである。
「……えぐ……いっ……くぅ……」
女は先刻からずっとしゃくりあげたままだ。
「~~~」
俺は頭を掻いた。
「とりあえず……場所を変えようぜ……」
言って、彼女の手を取って、引く。

……意外な事に、すんなりと彼女はそれに従った。

「……ぅ……ひっく……」
但し、泣き止む様子は無い。空いてる方の手で、ごしごしと涙を拭っている。
「…………」
彼女の方を見やる。
俺はどんな顔で彼女を見ているのか……
もしかして、困ったような顔だろうか? 
それとも、非難するような顔だろうか? 
それとも、もっと別の

……まあ、どうでもいいことだな……



とりあえず当面の問題は……

 

俺は彼女を引っ張って手近な喫茶店に入った。
きょろきょろと周囲を見回す彼女は何処かしら異質な空気を纏って見える。
……喫茶店がそんなに珍しいか? 
一瞬、そんな考えが脳裏を横切る。
俺は空いてる席を確保して、コーヒーとオレンジジュースを注文する。

……程なく注文の品は届けられた。

「さて……」
俺は彼女に向かって話しかけた。
「あんた……名前何ていうんだよ。」
……名前がわかったからどうと言う事も無いんだろうに……
我ながら愚かである。
彼女は無心にオレンジジュースをストローでかきまぜている。からから、と氷が音を立てる。
光の加減か、時折彼女の漆黒の瞳が微妙な色合いを映す。
「……俺は柄咲……」
彼女の視線がオレンジジュースから俺へと映る。
「つかさ?」
「そうだ、涼野 柄咲。」
「……すずみの……つかさ……」
視線を落とし、反芻するかのように小さく、繰り返し呟く。
「……つかさ……」
……子供みたいな感じ……まあ、確かにかなり背が低かったが、背丈云々以前に雰囲気が違う。
……ゲーセンでは気づかなかったが、結構綺麗な声をしている。
鈴を転がすような声……というのはこういう声の事を言うんだと思う。
「あんたは? 何て言うんだよ。名前」
「なまえ?」
「そうだよ」
きょとん、とする彼女に対し、そう言ってやる。
……ひょっとしてこいつ……何処かの病院から抜け出してきたとか言うんじゃないだろうな……
「みら」
「みら?」
「うん、つきさわ みら。」
「……どういう字を書くんだ?」
言って、上着の胸ポケットに入っていた粗末なボールペンと、手近な紙ナプキンを渡す。

月沢 未羅

「ふーん……」
変な名前……
「柄咲」
「ん?」
未羅が初めて自分から口を開いた。
「変な名前」
「…………」
……開口一番そーいうコトを言われるとは思わなかったが……
「『未羅』ってのも結構変な名前だと思うが……」
「そんな事無いよ。」
あっさりと否定する彼女。
「ボクの名前だから。」
…………


……何なんだコイツ……
「……で? お前何処に住んでる? ……ちゃんと帰れるか? 」
……普通ならこんな事聞くまい。
だが、目の前の未羅は明らかに普通じゃない。
言いながら、俺はスプーンでコーヒーに砂糖を入れる。
かちゃん、
砂糖の入っている瓶にスプーンを戻す。
……やたらと小さなスプーンだと思えた。
かちゃかちゃとコーヒーをかき混ぜる。
ふと見やれば、未羅はそのスプーンをじっと見つめていた。
不意に、未羅はスプーンをひょいっとつまんで砂糖をとる。
そして、オレンジジュースの中に砂糖を入れた。
「…………」
俺はコーヒーを一口飲む。
そうこうしてる間に彼女はもう一度砂糖を入れている。
「なあ……」
「うん? 」
生返事を返しつつも、未羅は三杯目の砂糖を入れている。
「何やってる……」
「やっちゃいけないの? 」
きょとん、とした表情で言う。
「いけなくはないが……」
言葉に詰まる。
「止めといた方がいいと思うが……」
「柄咲もやってた。」
「オレンジジュースには砂糖入れないぞ。俺は。」
四杯目。
一体何杯入れるつもりだ……
五杯目。
「……糖尿病になるぞ。お前……」
「糖尿病にならないよ。いけないの? 」
六杯目。
「……いや絶対……体に悪いぞ? 」
「じゃあ、止める。」
ひょいっとスプーンを元の場所へ戻す。
からから、
そして、ストローでオレンジジュースをかき回す。
……砂糖を溶かそうとしてるんだろうか? ……
おそらく、現在グラスの底には大量の砂糖が沈んでいることであろう。
ぱくっとストローを口に含んで、オレンジジュースを飲み始める。
……しかも平然と。
「甘すぎないか? ……」
未羅は俺へと視線を向ける。
「普通だよ。」
平然と答える。
そして、再びオレンジジュースへ視線を戻す。
ストローを口に含んでオレンジジュースを飲み始める。

……断言できる。
こいつは変なヤツだ。
それも滅茶苦茶。
ふと、未羅は何かに弾かれたかのように窓の外を見る。
俺には未羅の横顔が見えた。
刹那、光の加減か。漆黒だった彼女の瞳に不思議な色が宿った。
虹色……? 
「行かなくちゃ……」
「何処へ」
反射的に問う。
もっと他に聞きたい事があったはずなのだが……
俺の問いは無視されたらしい。
無言のまま、未羅は突如勢いよく立ち上がる。
かたん……
何かが音を立てた。
が、未羅は気づいてないらしく、一心不乱に(としか言いようがないように思えた。)出口へ歩いていく。
「おい……!」
呼びとめるが、これも無視される。
自動ドアが開く音がして、未羅が出て行く。

しばし、それを呆然と見守っていた
「なんだってんだよ……」
どっかりと座りなおし、ふと床に何か落ちているのに気づいた。
ひょいっと拾いあげて確認する。
「……なんだこりゃ……」
……十字架……
のように思えた。
さっきの音を立てたのはこれなのだろう。
「あいつが落として行ったのか? ……」
気づくんだろうか? ……
気づかないかもしれないな……
「どうするよ……これ……」
一人呟いた。
店の従業員にでも預けておくのが無難なセンだろう。

……だが、俺はこれを持って帰る気になった。

なぜだった?

そんな事知らない。

刹那の気まぐれ。

きっとそうだ。

コーヒーを飲み干して、それでもしばらく待っていたが、未羅は現れなかった。
だから俺は十字架を持って帰る事にした。
帰ろうとした時、一口だけ未羅のオレンジジュース……まだ幾らか残ってた……を口に含む。
「…………ぐぇ」
焼け付くように甘い。
……よくこんなものを……

レジで支払いを済ませて、俺は外に出た。
……既に日が翳っている。
「そういえば……」

……もう秋だったな……
実感として感じられる。
現に少し寒い。
秋の夕暮れ。
……緋色の憧憬。
落ち葉は風に遊ばれ、かさかさと音を立てる。
街の並木道では紅葉や楓、銀杏……そうした木々が赤や黄色に変わって行くように見えた。
はらはら舞い落ちる木の葉。
「また……明日も学校か……」
毎日毎日 同じことの繰り返し。
食い物が変わろうと、受ける授業が違おうと。
ドラマみたいな劇的な学校生活なんかありはしない。
それは……もしかしたら幸せなのかもしれない。
だけど空気が苦しい。
自分で考える事も、自分の好きな事を思ったとおりにやる事さえ……
許されなかった。
目に見えない銀色の束縛。
いや……それ以前に……

……自分の考えとか、好きな事とか……
……俺にそんなものあっただろうか? ……

物心ついた頃には何かに追いたてられていた気がする。
やれと言われた事をやっていれば誉められた。それが子供の頃は嬉しかったんだと思う。
誉められる事が嬉しくて、それに価値があると信じていて……

……気がつけば時間はどんどん過ぎていった。


十字架を目の前に翳して、眺める。
銀色の十字架は夕日の緋色を返して鈍く光る。
500円玉を一回り大きくしたくらいの大きさの十字架。
不思議なプリズムの色合いをもつ十字架。

緋色と黒と銀色と……
きらきら光る。

刹那の瞬間、虹色に光った彼女の瞳を思い出す。

あいつは一体何者なんだろう……

あまりに浮世離れしている……というのか……
普通なら有り得ないだろう雰囲気が有った。
            みら
       ……月沢 未羅……

あれだけ変なヤツも珍しかろう。

                   泣き出して、

『うぐ……うえぇ……』

            何時の間にか泣き止んで、

『変な名前。』

   何かを問えば子供みたいな答えが返って来た。

『いけないの? 』

               ……子供みたいな……

……馬鹿馬鹿しいな……


一つ息をつく。
まあ、二度と会う事も無いだろう。
仮にもう一度会ったとしたって、この十字架を返してそれでおしまい。

そう、それでおしまいのはずだ。

ポケットに十字架をしまいこんで、
俺は夕日に映える町並みを通りぬけて行った。

遠く、藍色に染まりゆく空に

        鴉の鳴き声が聞こえた。

1999 7/20 Complete

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西野績葉
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