命在るカタチ 第八話「こころ」(過去作品)
Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru
第八話
「こころ」
10月14日 (月) 雨
今日、月沢未羅が学校を休んだ。
彼女が私達のクラスメートとなってから約二週間、初めての欠席だった。
それだけならともかく、涼野君まで様子がおかしい。
窓越しに外を眺めて、やけにぼぅっとしている。
……高岡君曰く、
『涼野がぼぅっとしてるのはいつもの事だろ?元気いっぱいの涼野の方が変じゃねーの?』
だそうだが、私にはそれだけとは思えない。
この私、三枝美紀の、女のカン……とでも言うべき代物が、『それだけではない』と警鐘を鳴らしている。
私は自分のカンに結構自信がある。
今回も、暫くの間は、自分のカンを信じてみようかと思う。
その向こうには、私の知らない事実があるのかもしれないのだから。
10月15日 (火) 晴れ
今日、バスケット部の部室で盗難事件発生との事。犯人は今だ検挙されず。
内部犯との見方が強く、私としては今後の展開が気になるところだ。
また、こうした盗難事件が最近続発している事から、学校側としては部室管理体勢の見直しを検討しているとの事。
……今日も月沢さんは来なかった。
よくわからない人ではあったが、不登校を起こすような問題を抱えていたようには見えなかった。少なくとも私には。
……いや、これは傲慢というものだろう。私に分かる真実など、いざ数え上げてみれば自分でも驚くくらいに少ないのだから。
涼野君の様子は昨日と変わらず。授業に集中出来ない様子だ。
先週の土日に、二人の間で何事かあった、という推測も成り立つような気がする。
これに関しては目撃者も今のところ居ない為、あまりおおっぴらに憶測で物を言うわけにいかない。
嘘を他人に広めるのは私の主義に反する。
…………ひょっとしたら、ただの風邪か何かかもしれない。
10月16日 (水) 晴れ
沙耶(さや)に恋人がいる事が判明。
相手は2組の新藤直也(しんどうなおや)。
やや目立たない男子ではあったが、成程、改めて見てみればなかなかの美形だった。
…………沙耶も案外面食いだ。
文芸部所属で、成績もそこそこ。
恐らく部活を通して沙耶と知り合ったものと思われる。
今のところこの事に気づいているのは私一人のようだ。
まあ、数日中、いくら二人が慎重であったとしても、数ヶ月の間にはクラスの女子の間に広まっている事だろう。
……別に、私はばらすつもりはない。ただ、こうした類の噂の広まるスピードは、並大抵のものではない、とそういう事だ。
今日もまた、月沢さんは来ていない。
高岡君はどうも調子が悪そうだ。部活も休んでいる。
私としてもここ暫くあった、からかいのタネが急になくなってやや調子を崩していた。
それだけあの娘が変わっていた、という事だろうか……。
夕食は私の好きなパスタだったので今日は機嫌良く眠れそうだ。
「ねぇ、涼野君」
「…………三枝、何の用?」
「あなた、知ってるんじゃないの?」
「何を?」
「未羅ちゃんの事よ。もう四日、全然学校来ないし……。何かあったとか、そういうんじゃないの?」
「どうして俺に訊く」
「だって、あなたが一番彼女と親しかったじゃない」
「俺はあいつの保護者じゃない。ましてやそれ以上の者でもない。」
「それは……そうだろうけど……」
言い方、ってものがあるじゃない。
三枝は、その言葉はなんとか飲みこんで、
「知らないの? 何も無かったの?」
「何にも知らないし、何にも無いよ。 それとも、俺ってそんなに怪しく見えるのか?」
不機嫌そうに、柄咲は三枝を見遣る。
「それは…………」
そりゃ……不機嫌になるのも分かるけどさ…………。
やっぱり……私の勘ぐりすぎなのかな……。
10月17日 (木) 曇りのち晴れ
今朝のニュース番組で、介護ロボットの特集をやっていた。
ロボットに介護されている人の家を取材。ロボットの働きぶりを撮ったり、使用者の心境をインタビューするなど、なかなかの内容だった。
製造元であるテクニカル・ライフ・ルーツ・コーポレーション社の社長によれば、現在、かなり革命的な技術を基盤とした新型の汎用ロボットが開発中という事だった。
取材で登場したロボットは、アタッチメント(取り外し可能な部品類)付きの人間型ロボットだった
……昨今のロボット技術の発展は、本当に目覚しいものがある。何時の事だったか、廊下で校内の清掃ロボットとでくわした時、『完璧な』人だった彼女がロボットであった事に、私は一瞬気づかなかった。
「どうして小学生がこんなところに」とでも思っただろうか。
少なくとも、それが『ロボット』ではないか、という判断に思い至ったのは、高岡君が彼女に声をかけた時点での事だった。
20世紀のSFで扱われていた事は、本当に実現されるのかもしれない。20世紀当時、そんな事の実現に私の父は懐疑的だったという話を前にしたことがある。
だけど、私は素直に喜べない。
むしろ、何処かうすら寒いものを覚えずにはいられないのだ。
こうした思いを抱くのは、決して私一人ではないと思う。
10月18日 (金) 曇り
今日で5日。
月沢さんは、学校に全く姿を見せない。
気にはなるのだが、私は彼女の住所を知らない。
事務室の先生にかけあって教えてもらおうとしたが、何故か拒否された。
どういう事だろう?
以前、ほかの人物の住所を聞いたときは教えてくれたのに……。
何故、彼女の自宅の場所を知る事が出来ないのか。
担任の木柄咲も、彼女の事に関しては言葉を濁すだけで何も答えてくれない。
…………彼女は、どんな真実を持っているのだろう。
何でも無い事なのかもしれない。
でも、何でも無いハズはない。私はそう思う。
不思議だ。
やはり、私の日常において、あの不思議な転校生が占めるウェイトは、確実に大きくなって
いたのだと、そういう事なのだろうか?
追記:
沙耶から相談を受けた。
例の彼氏にデートに誘われているらしい。
「…………未羅ちゃん、ずっと休んでるね……」
ふっ、と言葉を漏らしたのは、三枝だった。
「そうだなぁ……もう殆ど一周間だぜ?」
机につっぷしたまま、杏里が答える。
「そうね……」
「病気とかだったら、見舞いとか行っておきたいよな」
「でも、住所分からないわよ?」
「生徒総覧見れば分かるだろ」
「載ってないのよ」
不満顔で、三枝。
「先生も教えてくれないの。住所も、電話番号も、何も」
「えー?……」
杏里は怪訝そうな表情になる。
「涼野は?何か知らないか?」
「俺か?」
「ああ、住所とか電話番号とか」
「…………いや」
未羅の父親の、携帯電話の番号だけなら知っている。
名刺に書いてあったから。
そこから探れば、彼女の自宅の場所くらいは分かるだろうが……。
「ただ、どうも遠いみたいだな。駅からバスに乗って行くみたいだから」
「ふぅん……」
こくこく頷く高岡、ふと俺の方を向いて、訊ねる。
「お前、何でそんな事知ってるんだ?」
「聞いたからだよ」
我ながら、素っ気無い答えだと思う。
高岡と三枝の疑惑の視線が痛かった。
10月19日 (土) 晴れ
今日は学校も休み。何事も無い一日であった思う。
テレビのニュースで、某タレントに恋人発覚、との報道がなされていた。
冷静に考えると、芸能人というのも結構難儀な職種であるように思える。
注目度が上がれば上がるほど、その行動は監視されているも同然の状態となるのだから。
(まあ、それも仕事の一環だと考えれば、それはそれで一つの真実なのかもしれないけど)
多分、沙耶はデートに出掛けているだろう。
先を越された恰好になる。
彼女の幸せを祈ってあげたいとも思うが、同時に少しの嫉妬も覚えている。
自分の理性は「男なんて邪魔だだけ」ということが解っているのに……本能というか、自分でもとらえきれない自分自身はそういう風に思っていない。
昨日リッコから電話があった、彼女と電話で話した時、冗談を交えたような口調で 『沙耶って時々ずるいよね』 というような事を言っていた。
まあ、沙耶は結構可愛い性格してるし、男の子にはウケもいいだろう。
リッコにはそれが面白くないらしい。
気持ちは分からなくもないんだけど。
昨日の……涼野君が未羅ちゃんの家をしっていた……というのは意外だった。
……本人から聞いたってことは、彼女に少なからず関心があったって事よね? 言葉通りに受け止めれば。
俺はその場所に居た。
未羅の親父、月沢神持とかいったか……の職場。
『テクニカル ライフ ルーツ コーポレーション ジャパン HA中央総合研究開発所』
以前貰ったカードをスリットに挿入すると、小さな電子音がして格子の門が開いた。
敷地内に入ると、そのまま正面の建物へと向かって歩いて行く。
門から研究施設(らしきもの)へ続く道の両側は庭園のようになっている。
が、俺はそんな景色には興味無かった。
腹が減ったから、来たわけじゃない。
俺はある”ざわめき”を確証に変えるために、ここに来た。
未羅
虹色の瞳
十字架
子供っぽい
鈍い反応
世間知らず?
『未羅』という彼女の存在
……そして、この研究所……
無数の言葉が、一つの可能性を示唆しているように思える。
俺にとって、不快な……なのに、それがなんなのか……。
……俺にはまだ、よく分からない……
自動ドアをくぐってフロントに入ると、一体のロボットが俺に近づいてきた。
外観は人間に近い。女性型のロボットだった。
歳の頃だったら俺より少し上……といった感じか。
当然ロボットに年は無いはずだ。あるのは製造年と耐用年数だけ。
始まりと終わりだけが記録されて、意味を持っている。
人間とロボットの人生は全く逆……というわけだ。
『いらっしゃいませ、カードの照合をどうぞ』
と、手を出す。
俺は彼女(と、言うべきなのかどうか……)の掌に、未羅の親父から貰ったカードを置いた。
ピピッ、と電子音がなる。
『IDNo 9f12a-c カード権限、Cランクを確認。 上級社員により特別待遇を許されています』
彼女の掌に、再びカードが現れる。
彼女の手には、非接触式のリーダーが入っている。
そしてカードにはそれに対応するICとアンテナが埋め込まれている。
簡単な認証はいまやこれなしでは考えられない。
20世紀後半、Bluetooth(ブルートゥース)という家電製品やコンピュータ、携帯電話などを相互接続する無線通信技術が発明されたが、その技術は時代とともに大きく進歩していた。
『どうぞ』
「…………ありがとう……」
『何か解らないことがありましたらいつでもお尋ね下さい。涼野柄咲さま』
ロボットに礼を言う、という行為の不自然さに違和感を感じつつも、カードを受け取って、俺は早足でその場を後にした。
とにかく、研究所とやらの中は無駄と思えるくらいに広かった。
途中、案内板を利用して現在位置を知りながら、俺は無闇に歩き回った。
途中すれ違った白衣の男女が、俺を怪訝そうな視線で見ていた。
気持ちは良く分かるよ。『何で一般人がこんな所に』って思ってるんだろうな。
階段を上ってみたり、迷いながらいろいろな場所を散策する羽目になった。
まったく、良い運動になる。
頭の中でだけ皮肉を呟いているうちに、俺は一つの部屋に辿り付いた。
立体映像投射機(ホログラフ・プロジェクター)が文字を浮かび上がらせている。
KEEP OUT!
This area is specialist laboratory group dangerous.
A common employee forbids entry.
警告!
危険な特殊研究室群につき、一般社員は立ち入りを禁止します。
無視して歩きつづけると、何かにぶつかる。
…………そこには、硝子の壁があった。
(趣味の悪い…………)
ん?…………
その奥、硝子越しに、俺はようやく見知った顔を見つけることが出来た。
「未羅!」
「? …………」
相変わらず能面のような無表情で、未羅は振り向いた。
同時に、未羅の傍に居た二人の男も振り向く。
片方は未羅の親父で……もう一人は、知らない顔だった。
金髪ををしてはいるが、瞳は暗い茶色。
髪を染めてるようには見えないので、恐らくハーフかクォーターか、だろう。
(でも…………)
何でこんな所に居るんだ?未羅のやつ…………。
「未羅君、時間はあまり無い。急ぎたまえ」
冴木さん。
冷たい感じのひと。
いっつも怒ってるみたいなひと。
あんまり好きじゃないひと。
「何をしている…………。急ぎたまえ、と言っているだろう」
「あ、うん……」
「いや、冴木君、少し時間をくれないか」
「月沢博士……分かりました」
きげんが悪そう。
あ、行っちゃった。
「未羅」
「お父さん……?」
「用事があるから先に行っているよ。いつもの部屋だ。早めに来なさい」
「うん、分かった……」
かしゅっ……と音を立ててガラス製の自動ドアが開き、未羅がやってくる。
「どうしたの、柄咲。ここに来るなんて」
「どうしたもこうしたもない。一週間も学校を休んでるヤツがいるから様子を見に来た」
「ふぅん……ごくろうさま」
他のヤツに言われてるとしたら、からかわれてると思ったかもしれないが…………。
未羅は常識が通用しない。そういうヤツだ。
「で? 学校サボって何やってたんだよ」
「テストだよ」
「………………」
思わず俺は眉を寄せた。
「テスト?」
もう一度、未羅が繰り返す。
「テストだよ。柄咲はテスト知らない?」
「……学校のテストとかだったら知ってるけど」
「ふぅん、学校にもテストあるんだ」
「ある。当たり前だ」
「そっか、大変だね」
「…………それで、今日も『テスト』なのか?」
「うぅん。違うよ」
ふるふる、と首を横に振る未羅。
「今日は別のコトやるんだって」
「だから、何をやるんだよ」
「知らない」
「おい」
……でも、俺達がテストの詳しい内容を知らないのと同じようなものか?
「でも、お父さんがやるコトだから大丈夫だよ」
「…………」
「ボクのためなんだって。……お父さんが言ってるから」
こいつ……本当に親父サンを信用しきってるんだな。今時珍しいヤツ……。
「じゃあ、ボクも急がなきゃ」
「そうか」
「じゃあ、またね。柄咲」
「ああ、またな」
手を振る未羅に、俺も手を上げて答える。
廊下を曲がって、未羅の姿はすぐに見えなくなった。
「…………」
元気そう……だよな。
(俺が心配するような事じゃなかったな……)
「…………帰るか」
わざわざ口に出して言って、俺は踵(きびす)を返して歩き出した。
………………が、
「…………迷った」
その事に気づいたのは、10分ほどが過ぎた頃だった。
自分がどの辺りに居るのかさえ見当がつかない。
(まぬけだ、俺は……)
息をついて、俺は思い足取りで歩き出した。
はっきり言って、弱った事態だ。その辺をデタラメに歩いていくしかない。
運が良ければその辺の案内板か、知った場所にでくわすコトだろう。
だが、統一された色の廊下とドア群は、どれも同じに見える。
(ちくしょー……)
道を聞こうにも、周りに誰も居ない。
(本気でまぬけか、俺は…………)
「お……」
俺は運が良い。
知った顔が前から歩いてくる。
「おい、未羅ぁ」
走って、駆け寄る。
「??」
振り向く未羅。
「どうしたの? 柄咲」
言って、未羅は小さく微笑した。
……違和感。
「いや……道に迷ったんだ」
「あはは~分かる分かる。ここってすごく広いもんね」
……これは……
軽い笑い声を立てて、俺の肩を叩く未羅。
「…………未羅?」
「なに? 私がどうかした?」
……違う……
何処が?
……そうだ、表情。表情が変わってる。
ついさっきまで能面みたいに無表情なヤツだったと思ってたのに……
反応も、しゃべり方も、
今までは呆れるくらいの間があるのが普通だった筈なのに…………
「未羅……お前、何かあったのか……?」
「別に……特別なことは何もないよ?」
……………………
「何もって事があるわけないだろ!? 変だぞお前!」
「変……って、柄咲いきなりひどい」
「ひどいとかそういう問題じゃない」
気圧されたような表情で、少しあとずさる未羅。解らない。怒り? 何が……どうして?これは。
俺は知っている? 何を?
「で……でも、本当に何も…………ただいつもみたいに少しテストして、それから少し眠って…………それだけよ?」
「…………」
それだけ、「よ」?
……私……「あたし」だって!?
頭の中がぐるぐる掻き回されている。
何があった?
何が……一体…………!
カッ カッ カッ カッ
…………不意に、硬い足音が響いてきた。
カッ カッカッカッ……
靴で床を叩く音。
視線を未羅から外して、その方を見遣ると、そこに居たのは……
「あんた……未羅の親父さん……」
「おや、涼野君じゃないか。あれから私もだいぶ練習したんだけどねぇ。また一勝負しないか?」
呑気な声…………
俺の 心の中……
未羅と出会う前
毎日、生きてる気がしなくて
人々は色あせて
友達達の言葉ももう 聞き飽きていた……………………
だけどある日
……常識の通用しない女の子にセーセンで泣かれ……
いつもだったら大体好んで避けられることはあっても
ましてやなつかれることは無いような俺みたいなヤツに……
何の縁だかしらないけど、いつも俺にくっついて来て……
今見ている。世界。身の回りで流れる時間、束縛、違和感。
だったら…… あれは、何だった?
俺の心のなかで生まれた妄想?
違うだろ?!
あれは、そこにあったんだ。確かにそこに、そして今だって……あるはず……だったんだ。
………………うれしかった………
…………………のに…………
「あんた一体……何をやったんだ」
未羅の親父に詰めよって、俺はその襟首を引っ掴んだ。
…………静かに、そして、自分のもてる限りの力を込めて。
「なっ、何を……」
「答えろ。……未羅に何やったんだよ。お前らッ……」
涙が 流れてきた。
「柄咲、やめてよ! お父さんと喧嘩しないで!!」
「涼野君、少し落ちつけ……手を離してくれ……」
「答えろって言ってるんだ」
他には何も考えられない。
『こいつが何かやったに違いない』
根拠のない確信だけが、『人に食ってかかる』という俺の生まれて初めての行動の原動力となっていた。
「答えてくれ」
「分かった……分かったから……ッ」
切れ切れの言葉を聞いて、俺はそいつの襟首を離した。
「……乱暴をしても良いことは無いぞ」
息を整えて、未羅の親父は小さな声で続ける。
「未羅、先に部屋に戻ってなさい。…………私は彼と話があるから」
不安げに、俺と自分の親父とを交互に見やった後、未羅は小さく頷いた。
「分かった……先に戻ってるけど…………。柄咲、お父さんと喧嘩……しないで……」
「…………分かってる……」
未羅が去って、後には俺達二人だけが残される。
「……場所を変えよう」
言ったのは、未羅の親父の方。
その後に続いて、俺も歩き出した。
先刻の場所からやや離れた一室に、二人は腰を落ちつけた。
「まず……何処から話したものかな…………」
ソファーに腰掛けながら、月沢。
「…………」
「まずは、何を話したらいいのかな……?」
「……未羅に何をしたんだ」
「彼女にとってすべき事をしたまでだ」
「答えになってない……お前、一体何やったんだよ、あいつに…………」
「…………………………………」
ふっ……と重い息を吐いて、
「君は……そこまであの子の事を……見ていたというのか?」
……
つきささる沈黙。……1分ほどたったか……長く、感じた。
月沢は、重々しく口を開いた。
「…………ファームプログラムのアップデートさ」
「今……何て言った……?」
「未羅の基本行動と思考のプログラムの更新、と言ったんだ。君があの『キー』を返してくれたおかげで、彼女に蓄積されたデータを元に、人格パターンの改変(リフォーム)が出来たのさ」
神持は手にもっていた十字架を見やる。
「キー…………もう少し取り戻すのが遅れていたら、あの子は情報過多で完全に押しつぶされてしまう所だったかもしれない。こちら側からの『教育』は短期的には気休めにしかならないが……それでもうまくいってくれた」
未羅の…… 十字架…………?
「……プロジェクト『フェミニニティ』。より人間らしいロボットを生み出す為の布石。初のボディを持ったタイプが彼女…………未羅だ……正確にはロボットとはまた違う。メタアンドロイド。バイオテックアーティファクトというものだ」
ロボット…………?
あいつがそんな、わけのわからないロボットだというのか?
「あんた……あいつの父親だ…………って」
「これは、実験さ。あの子自身は、自分が『人間』であると認識している。自分が『ロボット』である、という認識の元では、自ずとその人間性にある一定の限界が現れる可能性があるとの見解が見られたからだ。親という概念も、人間であることを認識させるに伴って親という『子供』にとってある種絶対的な存在を与えることでプログラムではない、倫理……とでも言うべき規制を与えるためにある」
「じゃあ……つまり……」
「本当の私はあくまで、あの子を造った研究者グループの主任に過ぎないよ……金と時間と費用のかかった実験の……」
…………………………
父親らしさの消えた 科学者の顔だった
…………………………
「学校生活という特定のストレス元は……彼女の成長に多大な貢献をしてくれたようだ。そういう意味では、今回の試みは八割方成功と言えるだろう……見ただろう?さっきの彼女。出会ったときと比べてどうだった?人間の年齢換算で15歳以上の成長をしているはずだ」
ロボット……?
『でもこれってお酢が入ってる割には、pH低いんじゃないかな?』
『『驚愕!舌でpHを計れる新入生』なんてね♪』
あいつがロボット?
『ロボットだからこそ、あんだけ可愛いのかもしれねぇよな』
『IDNo 9f12a-c カード権限、Cランクを確認』
『あ、そっか。『ポスター』っていうのは固有名詞じゃないんだね』
彼女は……俺と『心』が通ったはずなのに。
少しだけだって。ほんの少しだって、思いこみかもしれないけど。
なのに…………
『柄咲、なんか可哀想』
『…………柄咲』
『何だ?』
『ありがと』
……深い意味なんて無い。
無かった筈だったんだ
無い……筈だった…………のに…………
なのに…………
……その『心』が作り物だったなんて……
そんな日常に、こんな意味があったなんて。
「これで分かったかい」
答えられなかった。
答えられる筈も無かった。
止めどなくあふれてくる涙が……答えだった。
色と輝きを取り戻した現実は
二度と手に入らない気がしたから
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