deadcopy/format(デッドコピー、フォーマット)【短編小説】
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deadcopy./西野績葉
ガチャン、と何かが割れる音がした。それはガラスが割れる音だった。
――何もかもが退屈だった。
何もかも、この頭が作り出したデッドコピーに見えてしかたがなかった。
このどんよりと広がる雲のように、俺の心は澱みきっていた。
会社にも慣れてきた。大学も大学院もストレートで出た。研究だって、そこそこいい成果がでたはずだし、何の不自由もなかった筈だ。
つまり、不自由が無いことがあえて言えば不自由だということなのかも知れなかった。
――昨日、親父が死んだらしい。
大昔に家を飛び出したんだ。だから、俺には何の関係も無いことだ。
テレビはこう伝えた。
「田中克彦総理大臣が、昨夜未明、何者かによって狙撃されましたが――」
もうウンザリだと思った。
『――俺を殺してみろよ。テメぇの悪事、芋づる式で全部バレるからな』
幼少のころの自分自身が思い出された。
――あれで、正解だったんだ。そう思わなければやってられない。
妹がいたんだ。異母兄妹だった。つまり、それは親父の愛人の子供だった。
子供のころ、まだ、親父の豪邸に住んでいたころだ。一度だけ……妹が家を尋ねてきた事があった。門前払いだった。
水玉の、みすぼらしいワンピースに、ラムネのビン。
録画された防犯カメラの映像を食い入るように見つめていた、幼いころの俺――。
妹が、俺に……いや、カメラに、何かを投げている絵が、フラッシュバックしたような気がする。
グラスに紅茶を注いだ。ティーパックの、ダージリンティーだった。ファミリーレストランのドリンクバーから数個持ってきたものだ。
鬱屈した俺にふさわしい飲み物だ。熱湯を注いでそのまま飲むと、渋い味がする。
そう、妹から電話がかかってきたのは、昨夜の午後。
胡散臭いくらいに雨。そんな日に、ボロい四畳半の部屋のIP電話が鳴った。
ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ、ルルルッ……
がちゃり、とレトロな電話機……留守番電話機能があるが、電源を入れてない……の受話器を取った。
「誰? 鈴木か? 飲み会は金ないから行かねぇって――」
「……田中さんですか」
「え? ああ……、誰?」
「……私は、鈴菜といいます」
その名前には心当たりがあった。
忘れる筈も無かった。国家権力をもって(メイドが)探した、妹の名前だった。
「明日、十六時、吉祥寺の……井之頭公園の、ボート乗り場にいます」
「え? まってく」
ツーーーーーーーーーー。
日曜日の夕方。どんよりと曇った空は、何もかも淀ませている。
妹は確かにそこにいた。
水玉のスカートに、ラムネのビン。端正な顔だち。
その顔には、確かに子供のころ見たカメラの映像の面影があった。
「鈴菜……さん?」
「あ……。アニキ……克樹さん?」
ぎこぎこぎこ、と後ろを通り過ぎていく、アヒルボートが滑稽でたまらない。
「……」
にこり、と笑うと同時に、妹の目じりからは、涙が見えた。
「どうして、電話番号を?」
「インターネットの、出会い系サイト。そこに書いてあったから……」
と、同時。
ガチャン、と何かが割れる音がした。それはガラスが割れる音だった。
鋭い痛みが走り、一瞬にして全てが暗転し……
ラムネのビンを投げたんだ。鈴菜が。
「この日を、ずっと待ってました」
「う、う」
「あなただけ――男だからって、あなただけ」
「なに……を」
「男だからってあなただけ跡取りになんて、許せなかった」
「え?」
「お母さんは、死んだ……いいように利用されて、あんたの親父に」
「ま、ま――」
「ちがう…そうじゃな…い。あれは、親父の精子じゃなっ」
「どうだっていい。復讐、したかった――」
遠くから喧騒が聞こえる。
誰かが通報したのかもしれない。
俺は、妹と会いたかったし
ずっと、二人で遊びたかった。
だけど、それは無理だった。
『精子提供者』が、その相手に会いにいくわけにいかなかったから。
俺は親父のクローン。そして、鈴菜は俺の、操作された遺伝子。
性別を変えられたクローン。俺の母のX染色体を持つ、いもうと。
「本当のことは、……教えてくれなかったんだな……お母さんは」
そこで俺は息絶えた。
俺は妹を愛してた。
それは、彼女が自分自身でもあったからなのだろうか……
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format./西野績葉
「私はなにもしらなかった」
「だとしてもだ、田中玲奈さん」
「だれも私に本当の事なんて教えてくれなかった……」
公安が私に何の用だったんだろう?
もうずっとこんな調子で詰問されて――呆けた頭で考えていた。
「ったく、非常事態に役に立たないなんて、どういうざまあなんだよ……」
男が吐いて捨てるように何事か呟く。
気が付けば知らない事ばかりだった。
知ってしまえば、自分はこんなにも――
「玲奈さん、あなたを――」
◆
「お母さん?」
お母さんは、自由の利かない体で、私に言う。
「私は、最後まで犠牲に、なった、っていう、わけよ、どう、笑え、る?」
私は、いつだって一人だった。そのせいですごく寂しい思いをしていた。それは、結局アニキのせいだってことだった。
声帯を戦慄(わなな)かすお母さんを見て、笑えるものか……、絶対にアニキに復讐してやる。私はそう思った。
「ころしなさい――玲奈」
「私、絶対にあきらめないからね、おかあさん」
もう、私の声がお母さんに聞こえているか居ないか、それもわからない。
「いい子だね、玲奈はいい子だね……」
涙を流して喜ぶお母さん。
私は病院の窓から見える、夜の帳を、強く睨み付けた。睨めば、まるで全ての元凶が現れるとでも言うように……
睨んでいたら、ガラス越しに看護婦が怪訝そうな顔をしているのが見えた。まるで私達の存在が場違いだ、とでも言うように。
それを私はまた、キッ、と睨み返す。
驚いて逃げる看護婦。
「お母さん、……そろそろ時間みたい。また来るね」
そんな看護婦の目が、たまらなく嫌で……私は病院を立ち去った。
だけど、今思えば、無理にでも居たらよかった。
お母さんは、その夜死んだ。
私は、ひとりだった。お母さんがいたけれど、でもお母さんは病気がちだったから、いつも一人だった。だから病院で、お母さんに言ってみた。
「私、お兄ちゃんがいるんだったら会ってみたい」
軽い気持ちだったんだと思う。だけど、その言葉はお母さんの顔を悲しくさせた。
そう――昔アニキの家に行った事があった。それは、私が住んでいるアパートなんかとは比べ物にならないくらいの豪邸。
――私は、長い、長い坂を上って、その田中の屋敷にやってきていた。
場所は、教えられたとおりで、いいはず。メモを見て、確かめる。間違えるはずも無い大きさ。
――お兄ちゃんと逢えるんだ。だったら、カワイイ服でいかなくちゃ。
そう思って着てきたのが、水玉のワンピース。そして持って来たのは、お兄ちゃんに見せたかった、お気に入りのきれいなビー玉が入ったラムネのビン。
門の所に立って、私はインターフォンを押すと、しばらくして、おじいさんの声がした。
「どちら様でしょうか?」
「わたし、私っ、玲奈です。おにいちゃんの、いもうとです!」
私は精一杯叫んだつもりだった。
……だけど。
「お引取りください。こちらにはそちらの知りあいはおりません」
その私の声は、どうやら届かなかったのかもしれない。
「お引取りって、帰れっていう、意味?」
「そうです。帰ってください、あなたの知りあいはこちらにはおりません」
「そんなはず無い! お母さん、言ってた。裕子っていうの。知ってるはず――」
だが、もうインターフォンからは、何を言っても、何の声も帰ってくることは無かった。
見上げれば、カメラがあった。そのレンズが私を写している。それくらい、子供の私でも解った。だから、私は見ているかもしれない、お兄ちゃんに――そのカメラのレンズに向かって、宝物の……ラムネのビンを、思い切り放り投げた。
「おにいちゃんの、ばかぁぁーーーーーーーーっ」
ごんっ。バシュン。
鈍い音がして、カメラのレンズが割れたってことが解った。
気のせいかもしれないけど、男の子の怒号が聞こえた気がした。
田中の屋敷に行った後。お母さんかは、最初私に何も言わなかった。
でも次第に私にアニキがいることを、そしてその理由を話してくれた。
曰く、お母さんと、田中克彦は愛人だった。克彦は、今のうのうと日本の総理大臣をやっている。総理といっても結局、奴は責任をかぶるだけの存在でしかない。その責任も、今の日本では、全てどこか別の誰かに転嫁してしまうんだ。
そして、アニキ――田中克樹という、兄が、私には居て……、そして、妻というものを体裁上持ちたくなかった克彦は、私のお母さん、田中裕子を利用した。兄だけ、養子として持って行った。恵まれない子供を引き取ったといって、週刊誌は騒いだ。
だけど、どういうわけかお母さんの名前は田中。それはたぶん、どうとでもなる問題だったに違いない。お母さんの最後のプライドだったのかもしれない。
それとも、あんな奴のことが、好きだったとでも、いうのだろうか?
だから、私はやってやる。
全ての力を使ってでも、死んでも復讐してやる。私を独りぼっちにした人を、みんな、ゆるさない。お母さんを悲しい顔にさせた原因も、みんな……。
実際復讐したくても、総理大臣を殺すことなんてできやしなかった。
色々と手をつくしたし、そのうちの一つでも……。
だけど、ある日、テレビのニュースは、こう伝えた。
「田中克彦総理大臣が、昨夜未明、何者かによって狙撃されましたが――」
これは運命か、もしくは福音なんだと、その時思っていた。
出会い系サイトでその名前は簡単に見つかった。
ソーシャルネットワークに潜入すれば案外楽なものだった。
あとは、会いに行くだけですむ。
その電話番号に、電話をかける。IP電話だった。
プッ。プッ。プッ。プッ。プッ。ルルル、、ルルル、、、ルルル……。
何度かの呼び出し音の後に、アニキが……電話に出た。
プッ。
「誰? 鈴木か? 飲み会は金ないから行かねぇって――」
「……田中さんですか」
「え? ああ……、誰?」
「……私は、玲奈といいます」
誰だかわかっていないのだろうか。
そんな筈は無い。だって、あの時、確かに、聞こえた。男の子の怒号が。
「明日、十六時、吉祥寺の……井之頭公園の、ボート乗り場にいます」
「え? まってく……」
ガチャン!
盛大に携帯電話を床に叩き、つけた。
そして、私は、あの日のことを思い出して、水玉模様のスカートと、ラムネを買って、吉祥寺へ向かった。これは、決別なんだ。
そして、案外簡単にアニキは現れて……私は今度こそ、アニキの顔にラムネのビンをぶつけてやった。あれは致命傷だったと思う。
だから、私は殺した。
悔いはない筈。だけど、アニキが最後に行ってた言葉……興奮状態だったから、よく覚えていないけど。
それが少しだけ気になった。
そして、私は当然のごとく捕まった。
◆
公安が私に何の用だったんだろう?
――呆けた頭で考えていた。
「この会話に、聞き覚えは?」
男が、なにやら機械を操作する。するとどうやら盗聴なのか、よくわからない不鮮明な台詞が断続的に聞こえてくる。
「困ったものだ。ええ、404号室の田中さんですか? そうだ。ああも毎日来られては、他の患者の精神状態に悪影響を与える。個室に移してはどうでしょう? いや、駄目だ。何せ総理の遺伝子操作クローンがこんなところにいると解ってはまずい。娘さんも、病院に入院させるべきではないんですか、教授。それもまずい。何せあの娘さんは、総理の息子、これもクローンだが――体細胞クローンは、完全に元の人間のコピーというわけではないからな――この息子の、そのまた遺伝子操作クローンなんだ。遺伝子操作クローンって何ですか、教授? つまり、ただの体細胞クローンではなく、その上に遺伝子操作をされたクローンだという事だ。つまりどういうことですか? つまり、性別だけ逆転させたクローン、そういうことだ。そもそも、わが国ではクローン技術は禁止されているはずではないんですか。馬鹿、そんなもの国家権力の長にかかればなんでもないことだ。それにわが国は研究面では世界有数の進歩を遂げている国でもあるだろう。つまり……? 他言無用ってことだよ、婦長。精神病院とはかくも大変なものですか? 今更だな……、第一、、もうだいぶ昔のことだろう、総理が……事実上、血縁による襲名制に――この国が、こんな風になったのは。そうだいっそのことだ。事故ということにしてしまおう。それは――。いいんだ。間違っているんだ。なにもかも、消えてしまえばいいんだ。」
………………
「知らないっ、しるわけなんか、無い!」
――だけど、それは、たしかに、自分の心の中に、確かにあって。
それを見ない自分が居ただけで。
「狂っていたのは、どっちだった?」
「私は違う、私は違う、私は違う、私は違う……」
「思い出したか?」
「私はなにもしらなかった」
「だとしてもだ、田中鈴菜さん」
「だれも私に本当の事なんて教えてくれなかった……」
「ったく、非常事態に役に立たないなんて、どういうざまあなんだよ……クローン風情が」
男が吐いて捨てるように何事か呟く。
気が付けば知らない事ばかりだった。
知ってしまえば、自分はこんなにも――
「鈴菜さん、あなたを、国家反逆罪第6条及び機密保持条項第8条の3項により、殺します」
――寂しい、子だったんだ――
「田中克彦総理大臣が、昨夜未明、何者かによって狙撃されたニュースは、誤報でした。深くお詫び申し上げます。この情報を提供した人物について、当局は精神障害者による重ハッキングによるものと断定し――」
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When you make a format into a clearer thing, please carry out a low-level format.