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23 デロリアン

幼い頃からクルマが好きで、家にある父親の車雑誌やVHSを眺めたり、トミカでいつも遊んでいる、そういう子供であった。

そんな私が三歳ごろに観て以来、35年が経った現在迄にシリーズ通して100回以上は繰り返し観ている大好きな映画がある。

「バックトゥーザ・フューチャー」

この映画に私は育てられたと言っても過言では無いかもしれない。時間、因果、1,21ジゴワット、アメリカ・・・、幼い私に様々な概念を植え付けた。


色々な事を教えてくれたこの映画なのだが、圧倒的なインパクトをもって私の脳に刻み込まれてしまった事が、デロリアン・DMC-12の格好良さなのである。

特徴的なガルウイングドアを有するヘアライン仕上げのステンレスボディ。そこへ縦横無尽に張り巡らされた配線。シャープなフロントフェイスに鎮座する精悍な角目四灯ヘッドライト。リアエンドに聳える巨大な二つの排気口。最高にヘビーだ。

画面の中で道路のみならず、空をも自由に飛び回り、時空すら超えて駆け巡るデロリアンは最早、私の中で車という概念を超越したヒーロー的な憧れの存在なのだ。


そんなデロリアンに心ときめかせていた少年の私も、運転免許を取得して以降、多種多様な車に触れながら気が付けば二十年が経過した。

空や時空を飛び回る事は出来なくとも、ハンドルを握り、自由に行きたい場所に行き、それなりに沢山の想い出が出来た。

しかし、感じていた筈の自由もいつしか当たり前で退屈なものとなり、車を動かす事が仕事となって以来、私にとって最早車はワクワクを感じるものでは無くなり、運転は危険で苦痛なただの作業へと成り代わってしまった。


あんな車に乗りたい。自分で運転して色んな場所へ行きたい。その様な車に対して幼い頃に抱いていたトキメキは消え去り、今ではリスクとデメリットばかりを車に対して感じている始末である。

今の私がそう言った感覚に陥っている事に対しては、時代や価値観も変化し、私自身のこれまでの人生の経験を踏まえた上で、その様に思っている事なので、何ら問題がある訳でも無く、何なら自分自身が成長したが故の証であるとも感じている。

それでも何か、車に対して諦めてしまったかの様な、後ろ髪を引かれるみたくモヤモヤした心残りを感じるのは、幼い頃の自分が思い抱いていた憧れやときめいていた気持ちを裏切ってしまったという心持ちから来る罪悪感なのかも知れない。


いつしか何処かに置き忘れて来た幼い頃の純粋な願い。デロリアンに乗りたい。


ただただ純粋に憧れていた夢の存在であるデロリアンに一度でいいから乗る事が出来れば、私は失ってしまった車に対するトキメキを思い出し、色褪せた日々が再び色彩豊かなものになるのではあるまいか。そんな事を考えるのだ。

しかしである。もし、八方手を尽くして実際にデロリアンに乗る事が叶ったとして、それが故に私は後戻りの許されない大切な何かを失ってしまうのでは無いか。そんな懸念が沸いて来るのである。


憧れのデロリアンを目の前にした私はどう思うのであろうか。ジウジアーロデザインの直線的で端正なボディを見て、その余りにもシンプルで美しい姿に拍子抜けするのではなかろうか。

夢にまで見たガルウイングドアを開け放つ。ドアの重さにリアルな実感を噛み締めながらも、何か物足りない気がするのではなかろうか。

車内に乗り込み、見渡す内装のシンプルでクリーンさに違和感すら感じやしないだろうか。

エンジンを掛け、ギアを入れて発進し、時速88マイルを目指して加速させる。何かが違うのでは無いか。


実物のデロリアンを目の前にし、触れる事により、おそらく私はがっかりしてしまう気がしてならない。


実物の「普通の」デロリアンは車体に配管や配線が張り巡らされてはいないし、リアエンドに巨大な排気口を二つ備えてもいない。

ガルウイングドアを開閉する際に、「シュイーン」という独特な音もきっと鳴らないし、エンジン音も恐らくは私が期待する音を奏ではしない。加速中に「キュイーン」みたいな音も多分しない。


私が求めているのはきっと、映画の中でドクやマーティーが乗っている、タイムマシンのデロリアンなのであろう。

本物のデロリアンを知ってしまう事で、私の中のデロリアンという憧れの存在が崩れてしまうのではあるまいか。そう考えると恐ろしいのである。


自分が満足する為に、幼い頃の夢を叶えようと突き進む事は、ある意味純粋で尊く、人生を豊かにする行為なのかもしれないが、もしかしたら叶えない方が良い願い、夢を夢のまま心に残し続けた方が幸せなのではないかとさえも思う。


きっと何歳になろうとも、私はバックトゥーザ・フューチャーの映画を観る時、そこに映るデロリアンを見つめる気持ちは、3歳の頃の私と何も変わらずである筈だし、そうありたいと願う。


私の憧れの車、それはデロリアンです。





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