蛇足について08『懐古の蛇足』

さらに輪郭を鮮明にしてみよう。
今度はメロスをより身近な存在にしてみるのだ。

同じクラスのメロスは激怒した
二個上のメロスは激怒した
思春期のメロスは激怒した
転校生のメロスは激怒した
キャプテンのメロスは激怒した

これらからまた様々なドラマが想像できる。

①は同級生のメロスである。きっと文化祭の出し物を何にするかを話し合っている時にクラスのみんながおしゃべりばかりして集中しないからメロスは声を荒げたのだろう。

②は先輩のメロスである。メロス先輩は怖い人であり、「メロスさんが激怒してるって!」と聞いた下級生は震え上がっているに違いない。

③は、親が部屋に入ってきただけで激怒するメロスだ。友だちが来てる時やノックせずに入ってきた時はさらに激怒で、部屋を勝手に掃除なんかされた日には大激怒だ。しかしそんなメロスに対し親も激怒し、ゲーム機を取り上げられるなどの制裁が行われるだろう。

④は転校してきた、あるいは転校していくメロス。転校してきたメロスの場合、自己紹介を終えて先生に「メロス君の席はあそこだ」と言われて移動しようとした時、クラスの不良に足をかけられて転ばされて激怒したと考えられる。転校していくメロスの場合、黙って転校しようと思っていたのに見送りに来たクラスメイトに照れ隠しから「なんで見送りに来たんだよ!」と激怒したと考えられるし、逆に誰も見送りに来なかったから激怒したとも考えられる。また電車の車窓から『転校先でも激怒しろよ!』と書かれた横断幕が見える、そんな光景も想像できる。

⑤は全力を尽くさず不甲斐ない試合をしたチームメイトに「こんなんじゃ全国に行けないぞ!」と激怒したメロスだ。

メロスは物語の中の人である。しかもかなり昔の異国の人である。そのため自分との距離を感じるが、蛇足によってメロスとの距離がぐんと縮み、同時に感情移入しやすくなったのではないだろうか。
このように身近な存在になった背景には「懐古」がある。蛇足が過去の記憶と結びつき共感生んでいるためである。これが『懐古の蛇足』の効果なのだ。
子どもの頃遊んだものや夢中になっていたもの、学校での出来事、放課後の風景などは、そこから話を広げやすく、想像が進むというわけである

また、この懐古を取り入れる方法は、今現在から過去を見るだけではない。

①未来→現在
②昔→大昔

このようなやり方もある。

①は、たとえば未来が舞台の作品を作る時に、懐古の対象になるのは現在のことである。「これがスマホというものか」というセリフがあったり(私たちが蓄音機を見るようなもの)、未来の若者が逆にスマホを使っている(アナログレコードやカセットテープを聴くようなもの)などの描写で、今を懐古に落とし込むことができるのだ。

②は昔が舞台の作品でさらに懐古を入れる方法で、設定の時代よりもさらに昔のことを書く。江戸時代の人の「生類憐みの令ってあったね! 久々に聞いたよ」や原始人の「子どもの頃はまだ火が怖くて」などのセリフがそれあたる。

つづく

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