第10章 「2020年度ゼミ生、波乱万丈の関ゼミを知る!」
ゼミ長トゥエ「国際交流学生サミットまで残り1ヶ月を切りましたね!そういえば、みんな関ゼミに入ってもう半年も経ってしまいました。zoomでみんなと顔合わせした半年前がとても懐かしいですね。」
美和「もう半年経つんですね!関ゼミはガチゼミと聞いていたので当時は堅いイメージがありましたけど、顔合わせした時関先生と4年生の亮さんがフランクに話されていたのが印象的でした。」
亮「ははは笑 先生とはいつもあんな感じだからな~~。真剣な時は厳しいけどね。」
みう「上智大4年生(さわね)が関ゼミに参加しにきたのも驚異的でした。」
さわね「段々と関先生との関わり方分かってくるよ笑」
凜「最初不安だったけど、2人のやり取りを見て関ゼミ独特の雰囲気をつかめたよね~!」
千怜「良い意味で先輩方が先輩面していないですよね!」
美結「確かに!!!このゼミの関係性って素晴らしいですよね」
佳穂「関ゼミってアットホームな環境ですよね?私がこれまでに他で経験してきた明確な先輩後輩の関係性がここでは感じられないんです。」
ここで佳穂(カホ)の紹介をしよう。
関ゼミ生は皆活動的なのはもちろんだが、彼女は好奇心旺盛で類稀なチャレンジ精神の持ち主だ。笑顔で華麗にサンバを踊り、旅行先でヒッチハイクに挑戦、服を通じて海外に異文化を発信する提案などをしていた。持ち前の明るい性格から相手とコミュニケーションをとるのも得意である。
そんな佳穂からの質問に関先生は、先生自身のゼミに対する想いと歴代の関ゼミの先輩方の想いによるものであると熱く語り始めた。
関先生「関ゼミがスタートしたのは2007年。以来一貫していることがある。それは学生主体のゼミであること。学生が輝いてこその大学だからね。もちろん授業だから大目標(=シラバス)は僕が作るよ。ゼミに応募してくるのはその大目標に共感する人達だよね。学生自身で輝きたい、そのためなら頑張る!という気持ちを心の奥底に持っている人が集まるんだ。頑張る気持ちがない人は応募する気持ちにならないよ。あのシラバスを読んだら。
ゼミが始まるとね、予想外な展開に大混乱に陥ることがよくある。これは僕が意図してやっていることではなく、突然襲い掛かってくるんだ。例を挙げればきりがないけど、その度に関ゼミ生は結束を強めて不屈の精神で立ち向かってきた。」
ゼミ長トウエ 「え、どんなことがあったか知りたいです。」
関先生「知ったら驚愕するよ。2007年インドで研修中、45年ぶりとも言われる大洪水に見舞われた。もちろん、危機管理体制は完璧なのでゼミ生たちは全く問題なかったけど、翌日のテレビで研修に協力してくれたインドの方が長時間に亘って被害状況を説明していた。2008年には、参加人数一名たりず、まさかの海外研修不許可(その後規定は改正された)。ゼミ生はそれならばと、大学の補助なしで「全員個人旅行」研修決行。僕も学生にくっ付いて個人旅行笑。この個人旅行こそが、翌年の書籍出版(&進一層賞賞金10万円)につながった。2010年はまさかのゼミ生わずか2名。それでも他の団体を巻き込んでネパール研修決行&最強のライザップ英語訓練。2013年は途中から多くのゼミ外生がゼミの授業に押しかけそのままベトナム国際交流研修にも参加。それを機に関ゼミがゼミ外生に乗っ取られる笑。そしてなんと乗っ取った人達が2014年の主要ゼミ生となる。さらに2014年は留学生が大量に受講。多文化共生ゼミの発祥の年だ。その年のベトナムでの研修はまさかのベトナム外務省後援のベトナム―日本国際交流プログラムとなっていた。しかし日本学生は半数が日本人ではない留学生。謎のベトナム―『日本』交流となった笑。2015年、ネパール研修を決定する授業中にネパール大地震が発生して大騒ぎに。ゼミ生の活動、ゼミ生の製作した動画、そして僕自身がそれぞれ異なるNHKの番組で紹介された。そうこうしている内に同年、国連がいきなりSDGsを採択した。あれには驚かされた。翌年の2016年、「今年はSDGsで行きます!」僕の唐突な一言に学生は大慌て。それでも頑張って知恵を振り絞り、SDGs 陸の環境保全を目指してベトナムでゴミ箱設置活動を展開した。そしたら、なんとベトナム戦争の枯葉剤被害者で結合双生児「ベトちゃんドクちゃん」で有名なドクさんも一緒に活動してくれた。2017年は留学生、日本学生、ネパール学生の「多文化共修」の発祥の年。SNSの進化で関ゼミ生、留学生、ネパール学生が一緒に頑張った。しかし、大事な11月のイベント前にゼミ生内大ゲンカ発生。イベント数日前には、上智大生数名がゼミに登場しケンカの仲介に入った。あまりにひどいケンカで手を付けられなかったが、後にこの人たちが関ゼミの立役者となる。2018年は数か月かけて準備した楽しい交流満載ベトナム研修プログラムのはずが、現地到着後、いきなり現れた超えらい人物の鶴の一声で「死」のリサーチ研修に大変身の2週間、平均睡眠時間3時間の日々、最終日には「国際プレゼンテーションコンテスト」に全員が参加するはめに笑。2019年はクラウドファンディングに挑戦するも、まったく寄付が集まらず「地獄」「涙」の数か月間を過ごす。しかし、結局夏休みの真っ最中に目標金額を奇跡的に達成。ネパールで国際学生サミットも開催した。2020年は夢も希望もコロナにすべて打ち砕かれた。さすがの僕も迷走し諦めかけたところに、学生からオンライン国際交流宣言を勝手にされた。そしてなんと4か月間に及ぶオンラインネパール―日本交流を始めてしまった。僕は何も言わないのに、夏休みなしで毎日ネパール学生と交流するクレージー集団と化した。」
ゼミ長トウエ「歴史がすごすぎて、何もコトバがでてきません。」
関先生「何も起こらない平穏な年を一度も経験したことがない。不思議だよね。でも、起こってしまうことは仕方がないでしょ。アクシデントが起こるたびにそれに対応すべく全力を尽くしてきた。そしてそれが次第に関ゼミの文化となってしまった。皆はもうよく知っていることだけど、文化は長年かけて築き上げられていくからこそ変更するのも難しい。関ゼミに入ると、何が起こるかわからないので、柔軟性が必要となる。最初は大変だよ。思いもよらぬ展開にカルチャーショックを起こす人も少なくない。でも次第に慣れていくんだ。先輩後輩など、この集団ではどうでもいいこと。皆が目標に向かって話し合いながら進んでいく。困難な道であるからこそ、楽しく笑顔で、自由な発想で!これこそが関ゼミだと思うよ。
学生はいずれ社会に出たら社会人として上下関係を意識せざるを得ない。その準備をすることは重要だが関ゼミは「学生時代にしかできないことをする」スタンスで活動している。それはきっと得難い経験になるに違いないからだ。」
佳穂が何気なく質問を投げかけたにもかかわらず、関ゼミ全員が真剣に耳を傾けていた。先生の熱弁ぶりに圧倒されつつも関ゼミの文化に深く触れられた貴重な機会だった。
友紀「関ゼミスピリッツは偉大ですね!!」
智翔「俊豪で構成された異文化交流ゼミは日本中探してもなかなか見つかりませんよ」
充俊「ましてや外務省とJICA後援の学生サミットをオンライン開催するなんて稀有な存在!!」
梨栄奈「え、外務省??バックが豪華過ぎない!?!?」
順「Wow!!!」
桃香「可能性は無限大だ!頑張っていこう!」
千咲「コロナに負けるな!!」
静華「関ゼミの過去を深く知れたし、今後の国際学生サミットに向けて気合いを入れよう!!」
ゼミ生「お〜!!!」
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