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午後三時からはじめる、鎌倉暮らしの年の瀬ゆるゆる散歩

「この家って急須ないの?すぐ使いたいからなんかてきとうに買っちゃっていい?」
「てきとうはいやだ」
「えー。じゃあぼくが戻るまで買っておいて。期限は火曜日ね」

我が家の昭和の台所

と言い残しパートナーは雨の佐渡島へ。急須かあ。今までお茶はやかんで大量に沸かしていたけれど、たしかに最近わたしも「急須、ないんだよなあ」とあたまの片隅で気にしてはいたのだ。よし、じゃあ明日しごとが終わったらちょっくら探しにいこうかな。どうせならカメラ片手に歩こう。ということで、とある休日の午後三時。日も傾きはじめた冬至前の師走の鎌倉をご案内します。ぜひ、ちょっとした鎌倉観光のつもりでごゆるりとお楽しみいただけたらうれしいです。

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休日の海にはとんびが沢山舞う

鎌倉はコンパクトな街なので、鎌倉駅周辺に用事があるときは江ノ電沿線の家からも歩いていくことが多い。自転車も気持ちがいいけれど今は寒いし、なによりウォーキングが唯一の運動になる日課。東京から越してきて、二度目の冬。それなりに見慣れた景色ではあるけれど、なにか新しい発見に今日も出会うといいなあ、とかすかに期待しながら歩きだす。今日はあったかいなあ。

稲村ヶ崎駅そばの八百屋さん

わたしはほとんど利用したことはないけれど、稲村ヶ崎駅のすぐそばに存在感を放つ八百屋さんがある。店内のみならず軒先までばあっと広げられた青果にひとつずつ付けられているポップは「おいしいおいしいぶどう ¥800」とか「おいしいおいしいアボカド¥300」というふうに、なんでもかんでも「おいしいおいしい」と書かれている。「おいしい」だけじゃなくて、「おいしいおいしい」と繰り返すところがお茶目だし、思わずクスッとなって買ってしまいたくなる魅惑的なポップだ。

時計をみるともう四時に迫ろうとしている。これは、のんびり歩いていたらお店が閉まっちゃうぞということで、鎌倉駅まで一旦江ノ電に乗車。冬のやわらかい夕暮れの光が、電車も人も街も絵の中の風景みたいに染めていく。

極楽寺駅にて
鎌倉行き
鎌倉駅到着!ぞろぞろと人が降りて行きます

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鎌倉市佐助周辺は空気がひんやりしておいしい

去年同様、今年もまだ鎌倉の名物である紅葉を見ていない。気になる名所はいくつもあるのに、いつでも行ける距離にあると思うと中々出向かないものだなあと思う。年でいちばん人出のある紫陽花の季節も同じで、明月院とか長谷寺とかきっと言葉をのむほど美しいだろうに、大混雑を思うとどうも気遅れしてしまう。でも暮らしているからこその、行かないけれどそばにある美しいものの気配とそれを思い思いに楽しむ人々の歓びが風にのってそっと届いてくるような感覚も好きなのだ。

さて、最初の目的地に到着。もやい工藝さん。鎌倉駅からしずかな住宅街やトンネルを抜けて徒歩十分ほど。力づよい民藝の器や作品を中心にセレクトされている素敵な器屋さん。古い日本家屋の店構えもうつくしい。

もやい工藝さん
12月19日まで冬の「あったか展」開催中

店内に入ればまるで時間が止まっているかのような空間。お店がある佐助エリアは源氏山や銭洗弁天などが近く全体的にどこか厳かな雰囲気があるけれど、もやい工藝さんの中もしんと静まり返って心地よく、でも緊張感のある静けさではない。どこかほっとするような、肩の荷をおろして体の奥からくつろげるような、そういう安心感。今日もお店にいたお客さんがこんなことを呟いていた。「ここへくるとね、いつもほっとするの。じぶんが整えられていくような感じ」うんうん、わかる、と思いながら聴いていた。

お目当ての急須は値段とイメージに合うものが今回はなかったけれど、器たちの織りなすあのなんとも落ち着く秩序を味わって、すこしばかり浄化された気分でお店を出た。そういえば夏に訪れたときも、猛暑の中でここだけは冷房を切っていて、それでも汗のほうが恐れ多くて自然にすっと引いていくような、そういった不思議な空気にこのお店は支配されていたっけ。今日も素敵な時間をありがとうございました。

時間の流れが素敵なお店

お次は、鎌倉駅方面に戻ることに。急須急須、どこに置いてあるかなあ。ふと見上げると「くずきりみのわ」の看板が。二度しか行っていないけれど、注文を受けてからひとつずつ作るという名物の葛切りは今まで食べた葛切り中、断トツに繊細でうつくしく、そして優しく美味しい。あのつるつるとのど越しのよい透明なきれいなものを食べていると、こちらのからだまで透き通ってきれいになりそうな気までする。お店をやっていらっしゃるご夫婦が高齢で営業日は水、木、土だけだけれど、いつまでもなくならないでほしいお店。鎌倉には甘味処が沢山あるけれど、おすすめを聞かれたら一番に名前が浮かぶのがみのわさんです。

今まででいちばん美味しかった葛切りの、みのわさんの看板
小町通りへむかって

小町通りへむかってなんとなく歩いていると、今まで気づかなかった雑貨屋さんを発見。クリスマスが近いからか、どのお店のショーウィンドーも温かくやわらかい光を放っていて思わず吸い寄せられちゃう。鎌倉に沢山あるこういう小さなお店って照明がほとんど暖色で、見た目からほっこりするところがほんとうに多い。街としての統一感もでるし、通りがかるだけで心をなでられるようで癒されます。

雑貨屋さん「Red Cabin」
お店の看板かわいい

ちらっと覗かせてもらったけれど、クリスマスにもお正月にも使える素朴なリースが可愛かったなあ。でも買うのは保留。ものを買うときは一回目で忘れられなかったものを二度目、三度目の来訪で買います。手間だけれど、そのほうが失敗がなくて気持ちがいいお買い物になる。

向かいのお店「筍」も、今まで気にしていなかった。活きのよさそうなたけのこマークが心をくすぐる。お酒もあり、居酒屋使いもOKなうれしい定食屋さん。わたしは飲めないけれど。うわー、昆布と椎茸の山椒煮がたべたい。大根の柚子味噌もいいな。小鉢って想像しただけで心くすぐる。今度行こう。

お店の名前は「筍」さん
夜は定食メニューもやっているそう

ちょっと行ったところに、古道具や古美術の游古洞さん。所狭しと並んだ古い時代のあれやこれやに圧倒されます。以前小さな器を購入したことがあるんだけれど、親しみやすい雰囲気のお店のおばあさまに欲しい器のイメージをお話したら「これはどう?こっちは?あらこんなのもあるわよ」などと色々探し出して提案してくれて、年上のお友達ができたみたいでちょっとたのしかった。あまりにものが山積みでちょっとバランスを崩したら雪崩おちそうなところがあるので、そおっと慎重に器たちを手に取りひとつづつ見ていくのもまたどきどきして新鮮。宝物を掘り当てる感覚です。

游古洞さん
いろいろな時代の、あらゆるものたちがお出迎え

鎌倉は古物屋やアンティークショップも多いので、四季折々それだけを目当てにあちこち歩いてみるのもたのしい。越してきたばかりの頃にいちど古道具巡りというのをやりました。鎌倉のアンティークMAPなるものを片手に。どこかでもらったんだよなあ。稲村ヶ崎のR antiquesさんとか、由比ヶ浜のアンティーク・ユーさんとか好きです。

この店構え。ずっと眺めていられる

游古洞さんのお隣、JRの線路に面した並びにはわたしも好きな雑貨屋さんの「chahat カマクラ店」。逗子と沖縄にも店舗があります。どこか懐かしさや親しみを感じるインドの製品だったり、なんとなく力が抜けてほっこりする手仕事の雑貨などが小さな店内に楽しそうに並んでいて、布やハンカチ、置物にネックレスなどを買ったことも。好みのものがいつもあって目移りしちゃうお店。

chahatさん

鎌倉には行けないなーっていう方は、ぜひオンラインショップものぞいてみてください。とってもかわいい!

今日もかわいかったです

さて、お目当ての急須には巡り会えないまま。それでもただ歩いているだけで鎌倉はたのしいので、だんだんもう見つからなくてもいいや〜って思ってきます。近くの海や山、風に光に草花たちなどのおかげで季節ごとに街がちゃんとちがう顔を見せてくれるし、お店も小さな個人商店があちこちで元気にがんばっているから、街に立って息をしているだけでわくわくします。あ、ここ、いつも並んでいるお店だ。café vivement dimanche (ヴィヴモン ディモンシュ)さんというみたい。看板の味があって素敵。

1994年オープン。さりげなく歴史があります

並んでいるといえば、こちらのお蕎麦屋さんも。小町通りのすぐそばなので休日はどこも並んでいたり人で溢れているけれど、がやがやした感じはなく、なんだか鎌倉を訪れる人たちは皆なごやかな顔をしているなあっていつも横目で眺めています。皆純粋に古都を満喫してしあわせそうな人ばかり。このおばあちゃん、お夕飯はお蕎麦にしようか迷っているのかな。隣の娘さんらしき人はちょっと寒そう。

なかむら庵さん

急須といえば、こちらの「鎌倉倶楽部 茶寮小町」さん。小町通りからすぐだし人通りも多いけれど、やや奥まった場所にあるからかちょっと隠れ家的でじぶんだけの秘密にしておきたい素敵なお店。日本各地のお茶やそれに合うお菓子がいただけるだけでなく、洗練された急須や器、雑貨など日本の手仕事の品々も売られている。この辺でお茶休憩にしようかな。

素敵な看板
お店の入り口
こちらのサインも素敵

お店へ入ると、こじんまりした中にほっとする癒しの空間が。やさしい木のカウンターもいい。どれもうつくしい茶器の数々。見惚れちゃいます。奥側では雑貨や茶器の販売も。友人とゆっくりお茶を飲みながら大切なお話をするのにもってこいの場所。

うっとりする眺め
お茶を頼むと、好きな茶器で淹れてくれる

玄米餅の磯部焼き、白味噌の蒸し菓子、栗餅…どれも魅惑的なメニューばかり。今日はお腹がいっぱいなので、お茶だけをいただく。寒いから番茶であたたまりたい気分。好きな茶器を選んで淹れてくれるのがうれしい。どれもこれも美しくて目移りしてしまうけれど、たまたま今日選んだものは来年二月からこちらのお店で個展をされる山崎さおりさんのものだった。

お茶とお菓子のセット。どれも魅力的
今日はおひさまのようなやさしさという、美作番茶に
山崎さおりさんの茶器
お茶葉は秤にかけて。一円玉六枚分と同量
初めての美作番茶
お出しいただいた湯呑、偶然わたしの好きな工藤和彦さんのものでうれしい
やっぱりうっとりする眺め
ずっと眺めていられる
京都のおかきをサービスでいただいた

目にするすべてがうつくしく、番茶はほっと香ばしく、おかきは良き具合に甘じょっぱく、視覚も嗅覚も味覚もよろこびでふるえる時間。しっかりしたお店なんだけれど、気の合う友人の家にお邪魔してキッチンカウンターでくつろいでいるようなリラックスした感覚になれます。ああ、お茶時間ってすばらしいなあ。お目当ての急須は素敵なものがあったけれど予算と相談で次回に持ち越し。やっぱり今日は買えないかもなあ。でも見れてよかった。

素敵な時間でした

そうこうしていると、鶴岡八幡宮の二の鳥居前へ出る。今日もどーんと凛々しくそびえたっています。夕陽を受けて真っ赤な(朱色かな)門もいくらかやわらいだ表情。ここからずっと奥まですこーんと抜けている参道を段葛(だんかずら)といって、とても気持ちがいい眺め。

鶴岡八幡宮の二の鳥居前

交差点の真ん中で信号待ち。冬の夕焼け。いい色だなあ。すっとする。

段葛の交差点から

右側にスーパーマーケット、もとまちユニオン。ちょっと紀伊國屋に似ているような気も。もとまちというくらいなので、横浜の元町が本店なのかな。たしかに元町の雰囲気そのままここにぽっとやってきたみたいな感じあります。お魚が美味しそうなもの、地物が多いので、たまにのぞいては買って帰ります。スーパーって販促の音楽やアナウンスなんかで常に店内が賑やかすぎて苦手なことが多いんだけれど、こちらは全体の落ち着いた雰囲気のせいなのかわりと好き。

もとまちユニオンさん
お世話になっている、Three Beansさん

二の鳥居の交差点を小町通りと逆側に抜けると、Three Beansさんという自然食品店が。かなりお世話になっています。ほっと安心できるオーガニック食材がひと通り勢揃い。越してきたときからため続けたポイントカードが先日ついにいっぱいになったときは嬉しかったあ。千円分のお買い物をさせていただきました。

あら、思いのほか長くなってしまったので、つづきはまたいつか。素敵な急須は見つかるのでしょうか。読んでくださった皆さんが少しでも鎌倉をお散歩しているような気分になれたら嬉しいです。


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■veggy online連載エッセイ「せきねめぐみのかまくら暮らし歳月記」

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Megumi Sekine 関根 愛
お読みいただきありがとうございました。 日記やエッセイの内容をまとめて書籍化する予定です。 サポートいただいた金額はそのための費用にさせていただきます。

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