ビューティフル
今、私の上司が部下からの評価が低いことに悩んでいる。
どうして評価してもらえないんだろ。何が悪いんだろうな。
そういう上司の愚痴をなぜか私はよく聞かされる。きっと歳が近いからだ。
評価しない理由なんて部下それぞれにあるんだろうし、私にはわからない。
でもそんな愚痴を聞くたびにかつての上司を思い出す。私が出会った中で最高だった上司だ。
その人は基本的に寡黙で、特に女性と話すのは苦手そうだった。
男性部下はともかく、女性部下の私には遠慮がちで、仕事も「お願いしていいかな」といつも申し訳なさそうにしていた。
彼のくれる仕事はいつも、私がちょっと頑張らないといけないものが多かった。期限が短かったり、センスを期待されたり。
少し大変だけど、彼がいつも最後までサポートしてくれたからやり切れたし、頑張った分自信になって、次も頑張ろうと励みになった。
そんなある日。
また彼が遠慮がちにやってきた。
あのさ、このパワポのここらへんさ。見栄えがどうも良くないんだよね。うまく仕上げてくれないかな。
いつものボソボソ声のオーダー。手にした資料を差し出しながら、ここね、と指さしている。
なるほど、確かになんとなくイケてない。
わかりました。急ぎますか?
うん、なるべく早い方がいいな。
電子媒体をメールしてもらい、パソコンの画面と向き合う。30分ほどあーでもないこーでもないと配置をかえていて、ふっと閃いたデザイン。
それを落とし込んでみたらキレイにハマった。
よし、これがいい。
トイレにでも行っていたのかタオル片手に席に着いた上司の元へ資料を持って急ぐ。
できました。こんな感じでいかがでしょう。
数秒の沈黙。
上司が息を吐くように呟いた。
「ビューティフル」
???
思いもかけない一言にびっくりし、資料を覗き込んでいた顔を上げ、彼をみてしまった。
普段はあまり表情を変えない人なのに、資料をみながらうんうんと満足そうに頷いている。
その後、いつものボソボソ声で、キレイにできてるね、ありがとう。メールしてくれる?と言って、私もいつものように承知しましたと返事をしたけど。
聞き間違いかと思った、ふっと出たセリフ。満足そうな顔。
そんなに気に入ってくれるとは。
褒められて泣きそうになったのは人生で初めてだった。
パワポ資料を作るのが好きになったのはきっとこの出来事がきっかけだ。
多分他の部下にも同じように接していたのだろうし、自分でも手を動かす人だったから、部下からの信頼は厚かった。
彼は上からいつも面倒くさそうな仕事が振られててそれを部下に割り振るのも大変そうだったけど、淡々とこなす背中にいつも励まされていた。
朴訥なその上司は副部長になり、その後違う部署の部長になって、会う機会は減ったけど会えば照れくさそうに元気?と声をかけてくれた。
それから10年後。
彼は様々なポジションを経験した後、役員に昇格した。
役員になっても変わらずに、会うたびに「元気?」とボソボソ声。
役員になられても変わらないですね、と返すと「なんにも変わらないよ」とやっぱり照れくさそうに笑っていた。
立場が変わってからは言いたくないことも言わなければならなかったようで、心無い陰口を聞くこともあったけれど、私にとっては数少ない信頼できる上司だったし、その気持ちはこれからもずっと変わらないと思う。
時は戻って今の上司。
かつてのその上司と重ねてみる。
褒め言葉が足らないこと。自信がつくようにステップアップできるような経験をさせていないこと。上ばかりみて仕事をしていること。
評価が低いのはこの辺りなのかな。
いや、違うかもしれない。
考えてみたけど、やっぱりわからない。考えても仕方ないからやめた。
そういえば、あの上司は今頃どうしているだろう。
思えばあの上司の元で働けたのは幸せだった。またあのボソボソ声と働きたいな。
任期を満了し、もう社内にはいない元上司を思い出して、私は少し寂しくなったのだった。
野球好きな母が日々感じたことを綴ってます。何かのお役に立てたら幸いです。