東北地方の石造物㉖:桙衝五輪塔残欠
名称:桙衝五輪塔
伝承など:なし
所在地:福島県須賀川市桙衝 桙衝館跡
須賀川市桙衝の古館集会所周辺は、その名の通り中世にあった桙衝館の跡地であり、集会所南には土塁(二枚目、三枚目)と堀(四枚目、わかりにくいが写真下部の草が生い茂っている部分が堀の跡)の一部が残る。
五輪塔は土塁上の民家の前にあり、火輪と空風輪しか現存しないが、かなり大型のもので、完存していれば三メートルほどの五輪塔であったと思われる。
火輪・空風輪とも古様であるが、平泉を中心とした岩手県から宮城県北部地域で見られる東北型ではなく、栃木県下野市の国分寺薬師堂にある五輪塔に類似する。
国分寺の五輪塔は鎌倉時代前期の作と推定され、それよりは造立時期は下るであろうから、鎌倉時代中期の作であろう。
当該期にこの地を領有した二階堂氏関連の石塔かも知れないが、須賀川市周辺には他に鎌倉期の五輪塔の作例はなく、孤立的な事例のためによくはわからない。
いづれにせよ、福島県では数少ない鎌倉期の五輪塔の作例であり、また同県いわき市の長谷寺五輪塔(「東北地方の石造物③」参照)や、玉川村の岩法寺五輪坊五輪塔(「東北地方の石造物⑳」参照)と言った平泉型の五輪塔とは異なる作である点からしても貴重な事例である。
そのため、普段はここでは石塔の残欠については載録していないが、今回は特に一項を使って紹介した次第である。