京都府内の石造物㊳:大原上野五輪塔(伝・惟喬親王の墓)
名称:大原上野五輪塔
伝承など:惟喬親王の墓
所在地:京都府京都市左京区大原上野町
大原三千院最寄りの大原バス停から京都駅方面のバスに乗って三つ目の野村別れのバス停で降り、そこから東へ十分程登った所にある山腹に、惟喬親王の墓と伝承される五輪塔がある。
惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であったが、生母が藤原氏出身でなかったために皇位を継ぐことが出来ず、出家して大原に隠棲した人物である。
五輪塔は現在宮内庁の管理で、周囲に玉垣がめぐらされていて中に入ることは出来ないが、五輪塔の姿を見る分には特に問題ない。
小ぶりであるが鎌倉時代の作と思われる五輪塔で、京都市右京区の神護寺にある文覚の墓と言う五輪塔に似ており、それよりも少し下る鎌倉時代中期の作と推定される。
惟喬親王は平安時代前期の人物であるため、石塔の年代とは合わず、後世の供養塔か、あるいは親王の隠棲地にあることから生じた仮託であろう。
伝承はさておくにしても、古様の五輪塔で関西における初期五輪塔の作例として貴重である。