ドイツ史における”ドイツナショナリズム歴史概念論”について
・ドイツナショナリズム歴史概念論とは
ドイツナショナリズム歴史概念論とは今日まで続くドイツ史はフランス革命戦争・ナポレオン戦争後に盛んになったドイツナショナリズム以降から初めて開始されるのでありそれ以前の時代をドイツ史として記述するのは歴史に対して間違った記録を残している。つまりドイツ史はドイツナショナリズム運動が盛んになる1815年以前にはそもそもドイツは存在しないのでそれはもはやドイツ史ではないという概念論。
・歴史の定義
地球の世界形成における”歴史”というモノの定義は主に3つの要素が成り立って初めて形成される。1つ目は「民族」である。民族は古代から例外なくその地域の人々が自らが生き残るために形成した所謂集合、グループである。そのグループがある一定の規模になり、更に技術力を持つと2つ目の要素である「国家」となる。国家となるとそのグループの規模・範囲は拡大し更に多くの人々を抱える。それ故に「国家」という「グループ」の中にまた新しい「グループ」が形成される。その「グループ」と「グループ」が争い、また新しい「国家」が生まれる。これが3つ目の「時間」に密接に関わる。このループの行い合いは時間をかけて行われる。そしてこのループを未来になっても参照できるようにした記録というものが「歴史」である。
・ドイツとは
ここで言うドイツとは地理的概念にある場所を示す国名等ではなく、一つの「民族」としてのドイツとして定義する。もともとドイツという言葉は公元紀元前15世紀頃に古代ギリシャの歴史家ヘロドトスがゲルマン民族のことを指して「Deutsch(現在のドイツ語ではドイツ語・ドイツ人を意味する)」と使用した事により初めて世界の歴史上に姿を表した。しかし、ゲルマン民族は数多の種族のゲルマン民族がある中のすべてを総称して使用する言葉であり、”ドイツ”とはついているものの”ドイツ人”だけを指して使用される言葉ではない事を覚えておいていただきたい。つまりドイツナショナリズム前どころか紀元前にはドイツという言葉は存在したものの特定の民族のみを指して使用している言葉ではないということとなる。ドイツという言葉が”ドイツ人”を指して使用され始めるのはやはり19世紀のフランス革命戦争・ナポレオン戦争後のドイツナショナリズムが盛んになってきた頃である。
・ドイツナショナリズム歴史概念論から見るドイツ史
ドイツナショナリズム歴史概念論(以下ドイツ史概念という)からドイツ史を見ることにする。ドイツ人という概念はドイツナショナリズムが芽生えてから生まれたものであり、それ以前はヘロドトスが使用した”ドイツ”がドイツと言う言葉を表す公言の意を担っていた。先ほど歴史の定義として「民族」「国家」「時間」の三要素を示した。何が言いたいのかと言うと今日まで使用される”ドイツ史”はこの三要素を無視して既に形成されている”ドイツ史”という現代の視点から見たものであるということだ。
例えを上げて説明しよう。神聖ローマ帝国は中世ドイツ史後半から近代ドイツ史前半と今日では紹介されている。しかし、実態を見てみると全くのドイツとは異なった国家である。代々皇帝を担ってきたのは”オーストリア”王族のハプスブルク家である。ここに”ドイツ”は存在せず別の国家である”オーストリア”が存在するのみである。さて、ここで疑問が湧き上がる。これは果たしてドイツの歴史なのか。という疑問である。地理的に考えるとかつて存在した神聖ローマ帝国は現在のドイツ連邦共和国が存在する場所に位置しており、確かにそれで言うとドイツの歴史なのかもしれない。しかし、それは地理的な歴史であり、「民族」「国家」「時間」の三要素が構成する歴史には該当しない。ここで結果を付けるには「神聖ローマ帝国はドイツの歴史ではなく、オーストリアの歴史である。」という他ないのである。しかし、ここでそう言ってしまうとこう反論されるであろう。「神聖ローマ帝国は当時の”ドイツ”諸方貴族・国家も含んでいるのでドイツの歴史でもあるのではないか」と。よく考えてみてほしい。それは現代の視点から見た既に完成されているドイツの歴史であり当時の背景を無視した考えではないかと思う。実際に当時の”ドイツ”という概念はゲルマン民族を総称した概念であり、ドイツという国家を指した概念ではないからだ。強いて言うなれば例えで上げると有名なブランデンブルク辺境伯領はドイツ諸方の貴族領ではなく、神聖ローマ帝国の諸方貴族の領土と言うべきである。要は当時の人々にはドイツという集団の意思は全く無く、それぞれの”国家”的集団の意思のみ存在したのである。
・ドイツナショナリズム歴史概念論の不審点
私が提唱するドイツナショナリズム歴史概念論にも不審点はいくつかある。それは最初の”歴史の定義”である。このドイツナショナリズム歴史概念論が拠り所としている歴史の定義は「民族」「国家」「時間」の三要素と説明した。しかし、歴史は他にも「文化」「経済」「宗教」といった要素も外せない。ドイツナショナリズム歴史概念論ではこれらの大切な要素を入れていないという点がある。歴史というのはどの面で紐解いていくかによって視点が変わるため、多面的に捉える必要がある。よって一概にこの概念論が正しいとは到底言えるようなものではない。まだまだ議論の余地や補完すべき点が多々ある。そこで私は一つ断っておきたい。このドイツナショナリズム歴史概念論はあくまで数多ある歴史の面の一つの概念、視点であることであるという事である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。また新たな内容が浮かんだら随時以下に補完していきます。