3-3-3-1. ヨーロッパが女王様に! 擬人化された地図 新科目「世界史探究」をよむ
これは1580年頃につくられた版画で、「ヨーロッパ女王」と呼ばれる寓意画だ。同時期にいくつものパターンが描かれている。
地名は、近世になっても依然として共通語(リンガ・フランカ)として共有されたラテン語で表記されており、心臓はボヘミアのプラハにあたる。
プラハといえば、現在のチェコスロバキアであり、「東ヨーロッパがヨーロッパの中枢?」と思われるかもしれない。
スペインのあるイベリア半島が頭部にあたるのに対し、ネーデルラントやイングランド、スカンディナヴィアは端役だ(色合いも異なる)。
それもそのはず、この版画がハプスブルク家の観点から描かれたものだからである(参照:近藤和彦『近世ヨーロッパ』山川出版社、2018年、8頁)。
とはいえ、ヨーロッパを「一人の女王」として描く地図の誕生は、近世ヨーロッパの人々が自らをキリスト教徒の世界として、一体的に認識するようになっていたことのあらわれでもある。
地図をよくみてみると、スカートの左裾から不自然なコブのように突き出ているのはペロポネソス半島(かつてスパルタのあったところ)だ。人文主義者にとって、キリスト教以前の古典古代(ギリシアとローマ)は、ヨーロッパの重要な源泉であった。
なお、オスマン帝国に占領されているはずのコンスタンティノープル(現イスタンブル)も、しっかりスカートの裾の右足あたりに含まれている。
色合いが違うのは、実際にはオスマン帝国の手に落ちているからだろうが、あくまで女王の身体の一部として描かれていることには意味があろう。
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