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文化的景観ってなに?

旅先の景観に心が動かされ、その後もずっと脳裏に焼き付いているような経験は誰にでもあるはず。場合によっては人生や価値観を変えてしまうこともある。そして、これから日本が国際文化観光都市を目指して行く上で、この「景観」が大きなポイントになるのだという。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第23回では『文化的景観(Cultural Landscape)』について取りあげる。

ーー文化的景観とは何でしょう

「簡単に言うと、特定の地域に住んでいる人たちにとっての身近な景観のことです。その地域の人々の生活や営みは、地域の風土によって形作られています。そこで人生を謳歌するために必要不可欠なのがこの文化的景観なんです。

これは文化財保護法(第二条第1項第五号)において以下のように定義づけられています。

地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの

自分が生まれ育った街は日頃その価値になかなか気付くことができないんです。皆さん、ご自身の住んでいる地域の周りにはあまり行ったこともなく、気にしたこともないような場所がたくさんあるのではないでしょうか。それらに目を向けていこう、というのが『マイクロツーリズム』でしたよね。

文化的景観もそうです。自分が普段見ているどうってことのない景色も、旅人にとって特別な景色に見えたりするものです」

ーーなぜ今文化的景観なのでしょうか

「今年の1月15日、ORIGINAL Inc.はNECと共同で『日本地域国際化推進機構』を設立しました。この機構の目的は前回の記事でとりあげた『観光DX』(注1)によって、地域の国際化を推進し、持続可能な地域社会を実現することです。

来年度より、三重県の伊勢市と連携し、同市での実証実験が開始されます。以下はプレスリリースからの抜粋となります。

これからの観光には、旅行者にとっては、安全で安心であることに加えて、旅先で感じたことや体験が日常の生活に刺激と変化を与える機会を提供することが求められます。

そして、次は最も大切なポイントです。

また、そうした旅行者を受け入れるための地域の基盤や環境づくりが、そこに暮らす人たちにとっても、新たな付加価値となり、生活満足度を高めることに繋げていく必要があります。

そこでフィロソフィーとして念頭に置くべきなのが、この文化的景観なんです。機構が掲げる国際文化観光都市において、街並みはとても重要な要素となります」

(注1)観光業にDXを適用することによって地域の経済を活性化させ、基盤を強化させること

ーー日本では文化的景観がどれほどあるのでしょうか

「各市町村が申請をすることによって、文化庁から『重要文化的景観』として認定されるんです。現時点で65箇所ありますね。東京都からは葛飾柴又が入っています。数の多さで目に付くのが熊本県(10箇所)、長崎県(7箇所)、滋賀県(7箇所)、高知県(6箇所)ですかね。熊本は阿蘇周辺が多い。長崎であれば、佐世保市黒島や五島市久賀島、滋賀県は近江八幡の水郷や東草野の山村景観、高知県はほぼ全てが四万十川流域の文化的景観です。

私が思うに、空、山、川、海、といった自然環境と生態系が、街並みと調和しているのが本当の意味での文化的景観です。長い歴史と、そこに住む人々の生き様や生活習慣の中から生まれてきた、『自然な価値』なんです。そして、これが国際文化観光都市を目指していく上で、極めて大切な資源になってきます」

ーー見るべき文化的景観、日本にもたくさんありますね。京都が3箇所というのは意外でした。海外ではどうでしょうか

「まず、1992年に世界遺産委員会が採択した作業指針において、はじめて世界遺産の理念と保護の必要性が示されました。その中でこの『文化的景観』という言葉が使われているんです。

ユネスコ世界遺産センター(UNESCO World Heritage Centre)は文化的景観のリストを公表しています。序文では文化的景観について以下のように述べられています。

この世界にはさまざまな地域を代表する多種多様な景観があります。それらの自然と人類の協働による作品は、人々とその自然環境の長く、親密な関係性を表現しています。

日本だと『紀伊山地の霊場と参詣道』(和歌山県)と『石見銀山』(島根県)が入っていますね」

ーーグローバルの定義についてもう少し詳しく知りたいです

「世界遺産センターが作成した『世界遺産条約の履行についての運用ガイドライン(Operational Guidelines for the Implementation of the World Heritage Convention)』では3つのカテゴリーに大別されています。

まず、1つ目は『人間によって意図的にデザイン、そして創造された景観』です。これは庭園や公園ですね。

そして2つ目が『有機的に進化した景観』。これはさらに2つに分けることができます。1つは『残存物(化石)の景観』。これは『過去のある時点において、その進化のプロセスが急激に、あるいは時間をかけて終わりを迎えたもの』のことです。そしてもう1つが『継続的景観』。これは『現代社会において活発な社会的役割を保持し、伝統的な生活手段と関係し、その進化のプロセスがまだ進行中のもの』のことです。

そして3つ目が『連想的な文化的景観』。これは『自然的要素による宗教的、芸術的、または文化的な連想』がある場所ですね。『物質的な文化的形跡はあまり重要でないか、全くないこともある』とのことです」

ーーなるほど、とても勉強になります。これまで100カ国以上もの国を訪れてきた高橋さんですが、印象に残っている文化的景観はありますか

「はい。まずはこちらの写真をみてください。これはオーストリアのザルツブルクという街のマクドナルドの看板です」

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Photo: Andreas Praefcke

ーーこんなに荘厳なマックの看板があるんですね...

「日本のマクドナルドとは全然違いますよね。これが文化的景観に溶け込んだマクドナルドです」

ーー確かに「美しい街並み」と聞いて反射的に思い浮かぶのはヨーロッパの街並みです

「日本の街に蔓延っている看板、ノボリ、広告、これらは取り外したいんです。もちろんいいものもあるとは思いますが、その大半は文化的景観にとってマイナスです」

ーーけど、不思議ですね。これだけ「和」を重んじる国なのに、こと文化的景観になるとちぐはぐという。「そこは一番、調和しようよ」と思ってしまいます

「そうなんです。『せっかく綺麗な街並みなのに、なんでこんなところに広告があるんだろう』などと考えたことありませんか。電信柱も地上にあること自体がヨーロッパと違うんですよね。

次はこの写真です」

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ーー映画の舞台にでもなりそうな、美しい街並みですね

「これは私が住んでいたドイツのローテンブルクの街並みです。ドイツには『景観』という条例があります。これをドイツ語で『ランドシャフト(Landschaft)』といいます。このランドシャフトに紐づかれた地域ごとの条例がたくさんあるんです。

写真をよく見てください。建物のバルコニーに花が咲いていませんか。右のオレンジ色の家もそうですし、左の水色の家もそうですよね。全てのバルコニーに咲いている花は、住民たちがその種類まで決めているんです。

私は住んでいた頃、この条例を知らずに違った花を飾っていたら、隣人が丁寧に注意してくれました。季節それぞれにテーマとなる花があり、街のみんなで文化的景観を守りながら、それを楽しんでいるのです。この『守りながら、楽しんでいく』というのが大切なキーワードです。

そしてこれはローテンブルクに住む人々のアイデンティティであり、シビックプライドにも繋がっていきます。これによって国際文化観光都市としての価値も高まります」

ーー日本なりの国際文化観光都市、実現していきたいですね

「海外のやり方や綺麗な街並みを真似しろ、という話ではないんです。地域の自然と人々の営みが作り出した文化的景観が豊かで素晴らしいものであるようにすることが、国際文化観光都市としての価値をどんどん高めていくんです」

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。

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