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顕著な普遍的価値を求めない世界遺産とは。『きもの』についての考察。


これまで、世界文化遺産および世界自然遺産の登録条件として、顕著な普遍的価値が求められることについて触れてきた。同じ「世界」と「遺産」という名称を持ちながら、顕著な普遍的価値を登録の条件としない世界遺産が存在する。

それが、世界無形文化遺産である。

そもそも「有形」の世界遺産には、不動産が登録されるのに対し、「無形」の世界遺産には文字通り形の無いものが登録される。

ここが重要な点であるが、世界無形文化遺産の肝であり、かつ、「有形」の世界遺産との決定的な違いは、「無形」が、人々の行為や知識の伝承を登録することである。
したがって、世界無形文化遺産にとって、伝承という行為とそれらを行う人々の存在が必要不可欠になる。要するに、その地域の人々の支えがあって初めて世界無形文化遺産としての価値がある。また、「無形」であるが故に、ことの優劣や国境などに捉われないことも特徴的である。

一方で、数あるUNESCOの事業の中で、この2つの遺産の共通点もある。それは、条約を有していることである。要するに国際法に基づき国として合意した文書が存在する。
「有形」の条約は1972年に、「無形」の条約は2003年にそれぞれ採択されている。なぜ、「有形」と「無形」の間に30年近くの歳月が流れているか、その間、何が起こっていたかについては別の機会に触れることにしたい。

それでは、世界無形文化遺産条約を見ていこう。まず、無形文化遺産に登録するためは、以下の5つの条件が必要である。

1.申請案件が条約第2条に定義された以下の「無形文化遺産」を構成すること。

(a)口承による伝統及び表現 (b)芸能 (c)社会的慣習,儀式及び祭礼行事
(d)自然及び万物に関する知識及び慣習 (e)伝統工芸技術


2. 申請案件の記載が,無形文化遺産の認知,重要性に対する認識を確保し,対話を誘発し,よって世界的に文化の多様性を反映し且つ人類の創造性を証明することに貢献するものであること。 


3. 申請案件を保護し促進することができる保護措置か図られていること。 


4. 申請案件が関係する社会,集団および場合により個人の可能な限り幅広い参加および彼らの自由な事前の説明を受けた上での同意を伴って提案されたものであること。


5. 条約第11条および第12条に則り申請案件が提案締約国の領域内にある無形文化遺産目録に含まれていること。

この中で特に注目したいのが、2.の「…世界的に文化の多様性を反映し且つ人類の創造性を証明することに貢献するものであること。」という部分と、以下の2条の3で説明している「保護」という措置である。

第2条
3.「保護」とは、無形文化遺産の存続を確保するための措置(認定、記録の作成、研究、保存、保護、促進、拡充、伝承(特に正規の又は正規でない教育を通じたもの)及び無形文化遺産の種々の側面の再活性化を含む。)をいう。

すなわち、「保護」という概念の中に、促進、拡充、伝承(再活性化)といった措置が含まれていることである。なぜこのような措置が含まれるのか。それは、「無形」が「有形」と異なり、長い時間をかけて伝承される過程において、本質を守りながらも、その時代ごとで変化していくものであるからであろう。

世界遺産を登録するというミッションの責任を負っていた自身の経験の中で、近年、特に強く感じることは、不動産を登録する世界文化遺産において、これまで登場した「神宿る島 宗像・沖ノ島と関連遺産群」や「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」において、建築物そのものの考古学的、歴史的、建築学的な価値が認められず、人々の営み、風習、宗教、家族や地域の人々の絆など、「無形」の価値が登録の重要な鍵となったことである。ともすれば、「無形」に登録すべきとの意見すら聞こえてきて、「有形」の登録ができなくなったらと危惧したこともある。

そもそも人間の行為や知識の伝承は、人々がその重要性を心と身体で感じ、自ずと守り受け継いでいくものであって、条約による義務だけで保護できるものではない。
しかし、伝承する人間がいなくなってしまうと、保護できなくなってしまうので、世界無形文化遺産に登録することにより、世界中の人々にその価値を理解してもらい、地域の人々が「登録されたのだから、皆でその遺産を消滅させないように守って(伝承して)行こう」という気持ちになり行動するのであれば、条約は、その役割を十分果たしていると言えるのではないだろうか。ここでちょっと目線を変えて、少し前に耳にした議論について考えてみる。

海外のセレブが矯正下着を販売する際に「KIMONO」というブランドネームにすると発表したことで、国内外でその名前の是非をめぐり様々な議論がなされていたことをご記憶の方もいると思う。その中で、個人的に気になったことが2つある。

1つ目は、この「KIMONO」が、我々が身につける「きもの」の名称と同じであるから反対しているのではなく、「きもの」を伝統文化として、人々の行為や知識の伝承の対象として捉え、その「無形」の重要性を主張した方々が多かったように感じた点である。

2つ目は、「『きもの』は、将来、ユネスコ世界無形文化遺産に登録される価値のあるものなので、下着の名前に使用するのは控えるべき」という反論を耳にしたことである。それほど大切であり、その「無形」の価値を含め、守っていく必要があると思うのは、よく理解できる。

一方で、これまで述べてきた世界無形文化遺産の登録の条件(顕著な普遍的価値を必要としないことを含む)や促進、拡充、伝承(再活性化)といった保護措置の範囲にかんがみて、仮に「きもの」が世界無形文化遺産に登録されたとして、それをもって、特定の何かしらの使用に何らかの制限がかけられるのか、また、未だ世界無形文化遺産に登録されておらず、その価値が世界無形文化遺産委員国に認められていない段階で(推薦すらしていない段階で)、そのような主張が国際社会において理解されるか、支持されるか気になるところである。

同様に、自身が世界に誇れる素晴らしい日本の伝統技術であると思う「和紙:日本の手漉和紙技術」は、2014年に世界無形文化遺産に登録されている。例えば、もし、どこかで「WASHI」という商品名のトイレット・ペーパーを見つけたら、その時自身はどう感じるのだろうか。あるいは、逆に、我々が「ジンギスカン」のように料理名として勝手に使用している事実にも気づくべきであると思う。

それにしても、「登録されていないのに「有形」であれ「無形」であれ、異なる意見が存在するものを、世界文化遺産の保護と結びつけ、あるいは、「対立」をユネスコに持ち込むことは、国際社会が歓迎するとは思えないな」と、台風の影響を免れて開催された花火大会を「YUKATA」を着て「無形」の素晴らしさを満喫したところである。



高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。外交官として、パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2005年、アジア大洋州局にて経済連携や安全保障関連の二国間業務に従事。2009年、領事局にて定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2012年、自治体国際課協会(CLAIR)に出向し、多文化共生部長、JET事業部長を歴任。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。

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