危機と災害の戦略的管理、SMCDってなに?
今月13日に発生した福島沖地震。福島県、宮城県で震度6強を観測し、東京でも揺れが長く続いた。3.11を思い出した人もいるのではないだろうか。現在はコロナ禍で、訪日観光客は全くいない状況だが、いずれまた観光が再開した際、自然災害大国日本で安心・安全な旅を楽しんでもらうために何ができるのだろうか。
外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。
第25回では『SMCD(Strategic Management of Crisis and Disasters)』について取りあげる。
ーー今回のお題は「SMCD(Strategic Management of Crisis and Disasters)」です
「はい、日本語に訳すと『危機と災害の戦略的管理』ですね。観光において、これはもはや必須事項とも言えます」
ーー確かに旅先では常にリスクが付いて回るものですね
「観光におけるリスクには2つのタイプがあります。1つが自然災害です。これはどこでも起こりうることですが、日本のような地震大国は避けては通れないでしょう。もう1つがテロやクーデターなどの人災。これは例えば9.11や世界各地で今も起こっているテロなど、人によってもたらされるものです」
ーーつい先日も福島と宮城の方で大きな地震がありました
「はい、それに長かったですよね。台風などは規模、到達時間、進路などのある程度の予測が可能なので、フライトの日程を変更したり、待機したりと、個人でもある程度対応ができます。しかし、地震は突如やってきます。そこでこのSMCDを社会全体で意識し、平時に備えておくことが大切になってくるんです」
ーー今回のコロナ禍のように、疫病の流行はどちらなんでしょうか。ウイルス自体は自然界由来なのかもしれませんが、それが人間の移動によって拡散されパンデミックへと発展した、と考えると人災ともいえるかもしれません
「アウトブレイクをもたらしたウイルスが本当に自然界由来なのだとしたら、自然災害ということもできるのかもしれません。しかし、仮にそのウイルスが何か細菌兵器など、人によって作為的に生み出されたものだとしたら、それは人災といえます。
他のものも同じだと思います。BSE(狂牛病)が流行した時も、家畜に与える飼料に原因があったとされていますが、これもある意味、人災ですよね」
ーー疫病はポジションが特殊なのかもしれませんね。しかし、そう考えてみると、この10年間で大震災も世界的パンデミックもテロもクーデターも全て起こっています
「そうなんです。9.11でも旅行者の方が亡くなっています。2015年にチュニジアのバルド国立博物館で起こった銃乱射事件では外国人観光客が多数、犠牲になりました。その中には日本人もいて、私は実際に現地を訪れ、追悼させて頂きました。
また、デュッセルドルフで発生した爆弾テロ事件では、複数の被害者が出ました。当時、日本総領事館に勤務していた私は、封鎖されている現場はもとより、地域内の全ての医療機関に対して、邦人の被災者の安否確認や在留邦人への情報提供などに奔走しました。その際も、病院に運び込まれた被災者が、例えば、アジア系の容姿との情報を得て現地に急行しても、日本人であるか否かの身元確認は困難なことが多々ありました。今、考えると、技術の進歩で生体認証のDXが備わっていたら迅速な対応が可能だったでしょう。
残念ながらテロは最近世界規模で増えている脅威なんです。世界的課題をグラフ化したサイト、Our World in Dataで『Number of terrorist attacks(テロ襲撃の数)』をチャートで見ると、2011年以降大幅に増加していることが分かります」
ーー恐ろしいですね
「観光客というのはある意味弱者なんです。その土地で生活しているわけではないので、不慣れなことが多い。そして、情報弱者でもある。今、何が起こっているのか迅速に知り得る手段を現地の人ほど持っていないんです。これだけ情報化社会とはいえ、日本を訪れている外国人がテレビのニュース速報をみて、その内容をすぐに理解するのは困難です。
命の尊さは、日本人も外国人もなんら変わりません。しかし、例えば災害で命を落とした場合、その原因が災害そのものだったのか、或いは、大切な情報を知り得なかったために命を落としたのか、そこには大きな格差があります」
ーー確かに、後者の場合、何らかの対策を講じていれば「救えた命」だった可能性もありますね
「東日本大震災が起こった時、私は政府の一員としてチームを率い、東北6県に住む約9万6千人以上もの在留外国人の安否確認を行いました。住民台帳を持っている役所が被災したり、資料が津波で流されたことで、これだけの人数の安否を1人ずつ確認するのは困難を極めました。
特に大変なのが旅行者の安否確認です。なぜなら、被災地で何をしているのかという情報が手元になく、追跡することができないんです。これが1番のネックでした」
ーー具体的にどういった点が難しくしていたんですか
「まず、携帯電話を持っていたとしても震災時は繋がらなくなっていました。これは被災地にいたかどうかは関係なくでした。
実際にあった例ですが、とあるアメリカ人旅行者の親と連絡をとったところ『知り合いが沖縄の米軍基地で働いているので、沖縄にいる』と言うんです。これを聞いた時点で、この旅行者についてはひとまず横に置いておこうということになります。沖縄は被災していませんからね。
しかし、安否確認で一番大切なのは本当に沖縄にいるのかどうかを確認することなんです。親も『もしかしたら気が変わって東北を旅しているかもしれない』と心配は尽きません。アメリカの大使館側も自国民の安否について確かな情報を求めて来るので、そこには責任があります。
この経験から、サステナブル・ツーリズムにおいて一番大切なのは旅行者たちの行動を把握することだと私は思っています。そのためのメカニズムは絶対に必要です」
ーーそれは気の遠くなりそうな作業でしょうね...。とはいえ、プライバシーの観点上、旅行者全員にGPSをつけるわけにもいかないんですよね
「実は、こうなったら日本を訪れる外国人全員にトラッキング・デバイスを持ってもらおう、と本気で議論したこともありました。」
ーーそれができれば安否確認もスムーズに進みますね。それによって一刻を争う緊急時における時間の節約にもなりそうです
「そうなんです。あとは、どこに避難所があるのかや、交通機関の状況を的確かつ瞬時に、多言語で提供する必要があります。今年の1月15日、ORIGINAL Inc.がNECと共同で設立した『日本地域国際化推進機構』はDXによる地域の観光基盤の底上げを目指しています。そして、危機管理の観点においてもDXは有効です。追跡機能のみならず、個人情報も掛け合わせることによって、何時何分どこで何をしていたのか、詳細に分かるようになります。
今回立ち上げた機構はこれから地方にも展開されていきますが、その機能の1つがこのSMCDなのです。これら自然災害、人災に対してどれだけレジリエントな基盤を作れるかが観光地にとって大きなアドバンテージとなります。自然災害の多い日本が観光立国を謳う以上、これら危機管理は避けて通れないでしょう。そしてこのような基盤作りは観光客のみならず地域住民にとっても有益です」
ーー観光は平和の証であり、色々なことが安定していて初めて成立するんだなと改めて思いました。個人的な体験ですが、台湾を旅行した時、多くの台湾人に気にかけてもらった記憶があります。それは国民性もあると思いますが、観光客としても「これならいざという時でも大丈夫」という安心感がありました。地域の住民と観光客のコミュニケーションを促すというのも大切な気がします
「そうですね。これは『多文化共生』としてよく話をするテーマです。つまり日本に住んでいる外国人をいかに地域社会の一員とみなし、共生するか、ということです。
これは実際に起こったことなのですが、3.11の時、東北に住むとある高齢の夫婦の命を救ったのが隣に住んでいるフィリピン国籍の住民だったのです。親戚は皆遠くに住んでいて、交通網も寸断され、何もできない中、その外国籍の隣人が夫婦を抱えて避難所まで連れて行ったんです。いざとなった時は遠くの親戚より、近くの隣人(国籍に関係なく)ということですね。
なので定住外国人を情報弱者として捉えるのではなく、国籍に関係なく、地域のコミュニティの一員として受け入れ、積極的に交流していくべきです。それが日本はまだ遅れているんです。そのような多文化共生の土壌ができていれば、地域の国際化や活性化に繋がり、加えて、有事の際、観光客に対しても迅速に手を差し伸べることができるのではないでしょうか」
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。