マイクロツーリズムってなに?
現在進行形のコロナ禍において海外旅行はしばらく実現性が低い。そんな中、国内観光を推進する取り組みが見られるが、国内であれ、遠方への旅行についてはウイルス拡散を懸念する声も多く聞かれる。
外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。
第11回では『マイクロツーリズム(Micro Tourism)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。
ーーマイクロツーリズムとは何でしょうか
「コロナの影響で海外からのインバウンドはもちろん、国内における長時間・長距離の移動も安全でないと考えられています。『マイクロツーリズム』は、withコロナを前提に、旅先での三密を避けて、近場で気軽に旅行しようというという考え方で、星野リゾートの星野さんが提唱されています。
自分の住んでいる場所やその周辺を再発見しよう、という考え方は昔からあり、『ローカルツーリズム』や『エリアツーリズム』と言われていました。それが、コロナ禍において、長距離移動が困難となったため、より必然性を帯びてきたということでしょう。」
ーー以前からあったコンセプトとは、どう違うのでしょうか
「『近場を見直そう』という意味においては変わりはありません。その大きな違いは三密になってはいけない、ということです。近場でも人が大勢押し寄せてしまうと意味がないんですね。
以前のエリアツーリズムであれば、お祭りやフェスに近隣から多くの人が押し寄せるようなこともあったかもしれませんが、マイクロツーリズムにおいては不適切であるといえます。
誰もが近場の観光をしたことがあると思うのですが、withコロナにおいては行き先での安全性も非常に大切です。
例えば花火大会を観に行くにしても、本連載の『トラベルバブル』でお話したように、安全圏としての共同体であるバブル(コロナ陽性者が出ておらず安全性が保証された特定の集団)の中に留まり、他のバブルと接触しないようにしなければいけません。以前のように人でごった返してしまったら本末転倒です。」
ーー観光復興への対策として政府が推進する「ワーケーション」が注目を集めていますが、これも「マイクロツーリズム」に含まれますか
「東京からワーケーションで世界遺産のある福岡県宗像市を来訪し、ホテルに滞在しながら仕事をするとしましょう。滞在中は三密を避け、自然を楽しみ、健康的な時間を過ごせますが、冒頭でお答えしたようにマイクロツーリズムは原則として居住地域を軸とした近場の観光です。
先ほどのバブルの話に戻すと、自身のバブルを飛び出し、別のバブルに入っていくことになり、この場合はマイクロツーリズムとしては成立しません。
福岡市郊外在住の人が自身の車で誰とも接触せずに宗像に行き、ワーケーションした場合。これはマイクロツーリズムと言えそうです。ワーケーションとマイクロツーリズムを混同したくないですね。」
ーーマイクロツーリズムの受け入れ先となる地域ではどのような取り組みが必要になってくるのでしょうか
「三密を避けるための工夫はもちろん、近隣の人々が訪れるとなると、地域についてある程度の知識が既にある人たちということになります。そうなると観光資源の新鮮な見せ方や提供するサービスにも磨きをかける必要があります。
アフリカ諸国でもコロナ以前は海外からの観光収入に大きく依存していたのが、ここにきて自国民にローカル再発見型のツーリズムを提案しているようです。南アフリカは『It Is Your Country, Enjoy It(ここはあなたの国です、楽しんでください)』というキャンペーンを始動させました。
南アフリカやケニアでは自国民にサファリへの日帰り観光を勧めています。大幅な割引適用もあるそうです。しかし、これまでのサファリ観光は海外の観光客のために設計されたもので、植民地時代の名残やステレオタイプなアフリカ像を提示するものであり、自国民が見た時に不快な思いをさせる可能性があるため、新しい見せ方が問われています。」
ーー世界でもマイクロツーリズムに通ずるような動きはあるのでしょうか
「イギリスでも多くの人々が三密を避け、安心安全な環境を求めていて、自然豊かな郊外への観光が人気を集めているようです。この流れは、農家が自身の土地をキャンプ場として貸し出すことで新たな商機を見出しているようです。郊外のコテージやB&Bも記録的な予約数となっているようです。
シンガポールは自国民に対して、海外旅行のために貯蓄していたお金を少しでも自国で使ってもらおうと、『Singapoliday(シンガポーリデイ)』と名付けた国内小旅行を推奨しています。シンガポールではこれまで国内旅行の経済規模が大きくなかったため、新たな挑戦となっています。
インバウンドが大打撃を受けているカザフスタンでも、国民に対して国内旅行を推奨し、自国の美しい自然を再発見するよう促しています。シルクロードという歴史的観光資源を生かして、自動車で移動し、キャンプなどもできる『キャラバンツーリズム』を構想しているそうです」
ーーマイクロツーリズムを普及させる上で大切なことはなんでしょうか
「より多くの、地域に根ざしたインタープリター(Interpreter = 観光資源について解説するガイド)が必要になってきます。マイクロツーリズムにおいては、人々は自分が既にある程度知っている場所を旅することになるので、いかに新鮮な体験・サービスを提供できるかが重要になります。
インタープリターで大切なのは相手に立場になって考えて、面白おかしく、時にはゲームなども取り入れながら楽しく解説することです。既視感だらけの地元の風景が新鮮な驚きに満ち、気がつけば時間が過ぎていたというような体験を提供する必要があります。
ドイツのケルンでは女性歴史学者たちが、これまであまり取り上げられてこなかった女性視点のガイドツアーを企画・開催し大きな反響を呼びました。女性ガイドたちが昔の衣装を身にまとい、歴史上の人物が実際に現れて話しているかのような演劇仕立ての演出も非常に受けているようです。
現在は、スイス、オーストリア、ベルギーなどの近隣諸国の50以上の都市にまで広がっています。これはまさにインタープリターの理想形といえるでしょう。
このように既知を未知に変える斬新な切り口で、ローカルを再提示する必要があります。大切なのは有形の価値でなく、そのコンテクストであり、無形の価値なんです。」
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。