グリーンリカバリーってなに?
コロナ禍はいまだ予断を許さない状況が続いている。世界的にも感染者数はいまだ増加傾向だ。しかし、悪いニュースばかりでもない。インドでは数十年ぶりにヒマラヤが見えたり、ベネチアでは水の透明度が上がったり、人類活動の停滞によって、自然環境の改善がみられるのだ。
世界がコロナ禍によってリセットされたことで見えてきた、このような環境改善の兆候は、今後も継続できるのだろうか。こうした中、「グリーンリカバリー」という言葉が注目されている。
外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。
第5回のキーワードは『グリーンリカバリー(Green Recovery)』を取り上げる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。
ーーグリーンリカバリーとはどのような取り組みでしょうか
「簡単にいうと、ポストコロナ時代の経済復興に加えて、これまで先送りになっていた環境問題も課題として盛り込み、一緒に解決してしまおうという取り組みです。今回のコロナ禍はこれまで私たち人類が経験したことの無い未曾有の事態であり、経済復興対策は世界共通かつ、切実な課題です。
また、先日、EUでのSDGsの進捗具合を報告する資料が公開されたようですが、CO2の排出量削減など環境問題についてはほぼ何も進んでない状況のようです。ですから、経済復興対策とともにSDGsにおける課題についても、改めて意識を促すことで、取り組みを加速させたいという狙いがあります。」
ーーなんらかの協定ということでしょうか
「協定ではありません。昨年の11月に欧州委員会によって打ち出された『欧州グリーンディール』(*1)が、今回のコロナ禍を受けて形を変え、新たな名称を付与された形になります。」
(*1)
地球温暖化や生物多様性の保護など、様々な環境問題に対して、EUをあげて取り組むべく、昨年の12月11日に打ち出された新たな方針。資源を有効利用しつつも、より現代的で競争力のある経済を目指す。具体的には、以下の目標が掲げられている
・2050までに温室効果ガスの排出をゼロにする
・資源の利用と経済的成長を切り離す
・いかなる人も地域も見捨てない
参照元:
https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1588580774040&uri=CELEX:52019DC0640
ーー誰が主体となっているのでしょうか
「主体はEUですが、実際の提言をしたのは欧州委員会(EUの政策執行機関)で、EU加盟国に対して働きかけています。ウェブサイトにも『復興が持続可能であり、さらには、全ての加盟国に対してフェアかつ、包括性のあるものであることを確認するため』と記載されています。」
ーー環境問題やSDGsに注力する分、経済復興対策が遅れをとるということはないのでしょうか
「欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、その声明の中で『欧州グリーンディールとデジタル化は、雇用と成長を加速させる』と言っていますし、この新たな方針のために『Next Generation EU(次世代EU)』(*2)という復興基金を設立しようとしています。つまり、EUの予算とはまた別に資金を確保しているのです。」
(*2)
グリーンリカバリーを受けて、欧州委員会が打ち出した、2021年から27年にかけての中期計画。EU各国が調達できる資金の上限を、EUにおける国民総収入の2%(7500億ユーロ / 約88兆円)にまで引き上げる
参照元:
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_20_940
ーー具体的にどのような戦略を打ち出しているのでしょうか
「打ち出している戦略はいくつかありますが、キーワードは6つあります。
●インフラやビルにおけるリノベーションの巨大な波と、より循環型の経済によってローカルな雇用を創出
●再生可能エネルギー(特に風力、ソーラー)のプロジェクトを展開し、ヨーロッパにおいてクリーンな水素燃料による経済を始動させる
●電動車両のためのチャージポイントを100万箇所設置するなど、よりクリーンな交通手段と物流を目指し、街や地域において鉄道旅行とよりクリーンな移動を促進する
●Just Transition Fund(*3)を強化することで、スキルアップをサポートし、新たなビジネスの機会を創出する手伝いができるようにする 」
(*3)
気候変動緩和を進めるためのビジネス転換を支援することに特化した基金
参照元:
https://sustainablejapan.jp/2020/01/18/european-green-deal-investment-plan/45569
ーーEUを抜けたイギリスではどのような動きがあるのでしょうか
「イギリスでも賛同する動きがあり、ボリス・ジョンソン首相とその内閣にも多方面からプレッシャーがかかっているようです。自然保護団体のグリーンピースUKのエグゼクティブディレクター、ジョン・ソーヴェンは、今回のコロナ禍が『私たちの生き方、旅行、働き方を変える一生に一度のチャンスを与えてくれた』とし、『今の政府の決定が、今後10年の私たちの社会と経済のあり方を形作る』と言っています。
チャールズ皇太子も、復興について『私たちは自然を中央に据えた方法を見つけなければならない』と語り、コロナ禍を、何か有益なものを得る好機と捉え、『The Great Reset(偉大なるリセット)』と表現しています。」
ーー日本でもこのような取り組みは必要でしょうか
「日本でも絶対に必要だと思います。なぜなら、日本はこれまでも京都議定書(*4)の採択や愛知目標(*5)の設定といった、環境保護の文脈において、世界的にも重要なマイルストーンを打ち立ててきたので、ポストコロナの復興においても国際的なイニシアティブをとって、存在感を発揮していくべきだと考えます。
国内でも既に政府に対してグリーンリカバリーを促す動きがあります。日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)(*6)は先日、政府に対して、コロナの復興過程において、再生可能エネルギーと炭素ゼロ経済を目指すべき、と提言しました。」
(*4)
平成9年に京都で開催された地球温暖化防止京都会議(COP3)には、世界各国から多くの関係者が参加し、二酸化炭素をはじめとする6種類の温室効果ガスの先進国の排出削減について法的拘束力のある数値目標などを定めた文書が、「京都議定書」として採択された
参照元: https://www.pref.kyoto.jp/tikyu/giteisyo.html
(*5)
2050年までに「自然と共生する世界」を実現することをめざし、2020年までに生物多様性の損失を止めるための効果的かつ緊急の行動を実施するという20の個別目標
参照元: https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/aichi_targets/index.html
(*6)
持続可能な脱炭素社会の実現には産業界が健全な危機感を持ち、積極的な行動を開始すべきであるという認識の下に設立した、日本独自の企業グルー
参照元: https://japan-clp.jp/about/jclp
ーーグリーンリカバリーが実践されることで、日本にどのような具体的な利点があるのでしょうか
「環境に配慮した、ゾーニング(乱開発とならないよう住宅、商業、工業、自然保護地域を分類すること)を行った上で、地方への人口の分散を進めることにより、密になることを防ぎます。また、分散化が進むことで移動にかかる負荷を軽減することが可能となります。
これらの取り組みは、地域の過疎や高齢化などの社会問題の解決にも繋がっていきます。これまで取り組みが遅れていた、地域格差にまつわる課題解決をグリーンリカバリーの力で加速できれば良いのではないでしょうか。
そして、グリーンリカバリーを通じて、地方が元気になることで、地域の魅力や生活満足度は向上します。そこで育まれた新しいライフスタイルが、国内外へ情報発信されることで、さらに人々の興味関心を呼ぶでしょう。これまで苦戦していた地方へのインバウンド誘致にも繋がっていくのではないでしょうか。」
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。外交官として、パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2005年、アジア大洋州局にて経済連携や安全保障関連の二国間業務に従事。2009年、領事局にて定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2012年、自治体国際課協会(CLAIR)に出向し、多文化共生部長、JET事業部長を歴任。2014年以降、外務省国際文化協力室長としてUNESCO業務全般を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。