日本的寛容の発見をテーマに開催、『INTO THE BRIGHT - KYOTO』をレポート
2024年8月29日、京都文化博物館別館にて国際フォーラム「INTO THE BRIGHT - KYOTO」が開催されました。
INTO THE BRIGHT - KYOTOは、「日本的寛容の発見」をテーマに掲げ、世界から様々な領域のエキスパートを招聘し、寛容性、レジリエンス、イノベーション、コラボレーションの4つのセッションを展開。ブランド、デザイン、都市開発、生成AI、アート、ビジネス、宗教などの観点から現代社会の抱える様々な課題について議論を行いました。
Session 1:寛容の精神を発見する
登壇者:廣川玉枝
●日本文化における寛容性の特徴を探求
●日本人特有の「グラデーション的な物の見方」、6つの皮膚/スキン
●自然との共生や四季の移ろいが育んだ日本の美意識
●重ね、余白、見立てなど日本特有の美的感覚と表現
廣川玉枝氏が、日本文化における寛容性について、独創的な視点から深い洞察を展開しました。廣川は、デザインの対象を「皮膚」という概念で多層的に捉えます。人間の身体を「第一の皮膚」とし、そこから衣服(第二の皮膚)、車椅子や乗り物(第三の皮膚)、建物(第四の皮膚)、文化(第五の皮膚)、世界(第六の皮膚)へと、同心円的に広がる「皮膚」の概念を提示。この斬新な視点は、デザインの可能性を無限に拡張する道を開きます。日本の寛容性の源泉として、廣川氏は四季の移ろいや自然災害との共生という日本特有の経験を挙げます。この自然との対話が育んだ「グラデーション的な物の見方」は、単純な二元論を超えた、より豊かな世界の見方と理解を可能にするというのです。さらに廣川は、日本文化に脈々と受け継がれる美的表現にも注目します。十二単や漆器に見られる「重ね」の文化、日本画や建築における「余白」の美学、庭園の「見立て」の手法―これらはいずれも、日本的寛容の具現化した姿だと指摘します。そして最後に、日本的寛容の本質を二つの側面から定義づけました。それは「物事を多角的に見ることで予想外の変化も柔軟に受け入れる姿勢」であり、同時に「そこに美を見出し、想像力を深めていく営み」でもあるのです。廣川のプレゼンテーションは、現代のデザインの文脈を超えて、日本文化が育んできた寛容と美の哲学に、新たな光を当てるものとなりました。
Session 2:レジリエンス/未来への適応力を築く
登壇者:ジェイコブ・ベンブナン、マーサ・ソーン
●都市をエコシステムとして捉える視点
●観光と地域社会の共生
●大阪万博の機会と課題
●持続可能な都市開発における人間中心のアプローチの重要性
ジェイコブ・ベンブナン氏とマーサ・ソーン氏が、現代都市の課題と可能性について深い洞察を共有しました。彼らは都市を生きた有機体のような複雑なエコシステムとして捉え、その二面性に光を当てます。現代の都市は世界のエネルギーの75%を消費し、CO2排出の80%を占める一方で、世界のGNPの80%を生み出しています。この相反する特性こそが、都市の持続可能性を考える上での重要な出発点となります。特に注目を集めたのは、観光という要素が都市に及ぼす影響についての考察でした。観光は都市に経済的な活力をもたらす一方で、地域社会に大きな負担を強いることがあります。この繊細なバランスを保つため、短期的な観光客と長期滞在者を区別した受け入れ戦略や、地域コミュニティとの調和を重視した統合的な政策アプローチの必要性が提起されました。また、大阪万博をめぐる議論では、このイベントを一過性の祭典としてではなく、都市の持続可能な発展を促進する触媒として活用する可能性が探られました。両者は、複雑化する都市の課題に向き合うには、デザイン思考に基づくアプローチが不可欠だと強調します。そこでは、技術的なソリューションだけでなく、人々のニーズや快適さ、幸福感を中心に据えた、より包括的な視点が求められています。このセッションは、環境との調和、経済的繁栄、そして市民の幸福という複数の目標を同時に追求する、現代都市の挑戦的な課題に新たな視座を提供しました。
Session 3:イノベーション/人間中心の変革を促進する
登壇者:ヘスス・エンシナル、アンドリュー・スターク
●従来の階層的な組織構造への批判と新しい組織モデル
●テクノロジーと人間性の調和
●意図的で主体的な生き方の重要性
●リーダーシップにおける信頼と権限委譲の価値
ヘスス・エンシナル氏とアンドリュー・スターク氏が、組織と社会の未来像について刺激的な対話を展開しました。エンシナルは、自社での経験を踏まえ、ビジネススクールで教えられる従来の階層型組織には根本的な欠陥があると指摘します。過度な管理や形式的な会議に依存せず、社員の自律性を重視する柔軟な組織づくりこそが、現代のビジネス環境で成功の鍵となると主張しました。一方、スタークは、現代社会特有の「時間不足感」に警鐘を鳴らします。この感覚が人々の注意力を分散させ、社会との深い関わりを阻害していると分析。テクノロジーは現在、人々を受動的な反応に追い込む要因となっていますが、本来は私たちの好奇心と創造性を解放し、社会との能動的な関係を育むツールとなるべきだと説きました。
両者の議論は、効率や生産性を超えた価値の追求、そして人間本来の可能性を引き出す組織・社会の実現という共通のビジョンに収斂します。そこでは、時間とテクノロジーの意識的な活用が、より豊かな人生と社会の構築への道筋を示唆しています。
Session 4:コラボレーション/集団の共通理解を深める
登壇者:スザンヌ・ビルブラッヘル、松山大耕
●アートを通じた都市の文化的発展
●日本の「調和」の哲学と現代社会への応用
●京都の特性とその価値の再確認
●利益追求と社会的責任のバランス
スザンヌ・ビルブラッヘル氏と松山大耕師が、文化的発展と都市の在り方について、示唆に富む対話を展開しました。ビルブラッヘルは、アートバーゼル・マイアミの経験を通じて、文化イベントが都市に及ぼす複層的な影響を明らかにします。年間8万人を超える来場者と5億ドル以上の経済効果という数字が示す成功の一方で、表層的な関心しか持たない訪問者の増加がもたらす文化的な混乱という課題を指摘。持続可能な文化発展には、知的好奇心を持つ訪問者の育成と、より広義のホスピタリティとのバランスが不可欠だと訴えました。これに対し松山は、西洋的な「寛容(tolerance)」とは一線を画す、日本独自の「調和(harmonization)」の哲学を提示します。禅の思想に根ざした「非二元論」の視点から、善悪や白黒といった単純な二分法を超えた物事の捉え方を説きました。日本庭園における内と外の曖昧な境界、弓道における精神性の重視など、具体例を通じて日本文化に根付く調和の思想を紐解きます。パネルディスカッションでは、両者の異なる経験が創造的な対話を生み出しました。特に注目されたのは、文化的発展と経済的成功の両立という普遍的な課題です。松山は、企業の外部取締役としての経験も踏まえ、利益追求と倫理的な価値観は対立するものではなく、むしろ長期的な成功のために不可欠な要素だと指摘。社会への還元を見据えた利益追求の重要性を説きました。また、都市の個性と発展についても興味深い対比が示されました。マイアミが活気あふれる文化的ハブとして成長を遂げる一方、京都は静寂と落ち着きを提供する場所としての独自の価値を育んでいます。特に早朝の静謐な時間帯が持つ魅力は、現代社会における新たな価値として再評価されています。このセッションは、異なる視点の交差を通じて、文化的発展の新たな可能性を示しました。そこには、経済的成功と文化的深化、活力と静謐、伝統と革新といった、一見相反する要素を調和させていく未来への示唆が含まれています。
まとめ:人間中心の未来を照らす日本文化の叡智
INTO THE BRIGHT - KYOTOの一連のセッションを通じて浮かび上がったのは、グローバルな課題に対する日本文化からの深い応答可能性です。分断と複雑化が進む現代社会が直面する二元論的な対立に対して、日本文化の根底に流れる「寛容」と「調和」の哲学は、新たな道筋を指し示しています。ブランド、ビジネス、デザイン、アート、生成AI、宗教、都市開発など、異なる領域の専門家たちによる対話は、想像を超える豊かな思考の広がりを見せ、複雑化する社会の課題に向き合うためには、多様な視点と叡智を組み合わせることが重要であることを改めて認識させてくれました。哲学もテクノロジーも、本来は人々の幸せな暮らしと持続可能な社会を支えるためにあります。先の見えない不安定な時代だからこそ、「人間中心」という視座に立ち戻って、社会を捉え直し、そこから光の差す未来を描き、切り拓いていく。その確かな道筋をINTO THE BRIGHT - KYOTOは私たちに示してくれたのではないでしょうか。