鍵
兄貴が引っ越した。
先月、25年間(26年間かも、わからん)実家暮らしを続けてきた兄貴が一人暮らしを始めた。らしい。
僕には2人兄貴がいて、今回の話に出てくるのは次男の方だ。
話戻す。
兄貴は家族との関わり方が下手だ。
人のこと言えないけど。言ってるけど。
なので僕はあんまりびっくりしなかったけど、母親は新居の場所も言わずに兄貴が家を出て行ったことになんかわちゃわちゃ言っていた。
でも冷静に家族が家知らないってやばい。
性格考えたらこの先実家に帰ってくるとも思えないし、普通に生活をしていくとして、兄貴と二度と会う事はないかもしれない。そんな気がする。
ここ3年くらいは両親とまともに話をしているのを見たことはないし、いや大丈夫なんかと思う。
両親から話しかけてはいる。兄貴は無視する。
それでいてその矛先は僕に向いてくる。
目が合うと必ずサイコ笑顔でちょっかい出してくる。
ただのちょっかいではない。盗撮をしてきたり、食事の時に同じ椅子に座ってきたり。
時にはトイレや風呂に入ってきたり、ノックなしで部屋に入ってきたり。
部屋につけた鍵は3回壊された。南京錠。4桁数字鍵も。
ドアを一部改造してまでつけたのに、力づくで壊された。
部屋にいる時くらい、あいつからはなにもかも閉め切りたかったのに。
寝かせてくれない。飯も食えない。泣かされる。
ビンタは当たり前。敬語。名前にさん付けで呼ぶというルールがある。
「やめてください」「すみません」は口癖になった。
隣に住む友達によると毎晩僕の叫び喚く声がうるさくて寝れなかったらしい。
これらは僕が小学生の頃から毎日行われてきたことだ。
だから僕は兄貴が嫌いだった。
本当に嫌いだった。世界で一番。
本気で誰かに相談しても、「いい兄ちゃんじゃん、好きなんだよきっと、可愛くて仕方ないんだと思うよ」と。
惨状は伝わらない。
伝え方は悪いかもしれない。冷静に伝えられないくらい事は終わっていたんだろうけど。
そんな家庭事情の中、僕は早く家を出て行きたいと思っていた。
兄貴に出ていってくれ、ではなく、自分が出て行きたかった。
自分が兄貴より下だと、遅れていると感じたくなかったから。
でも兄貴は先に家を出た。場所を告げずに。
悔しかった。
思えば僕は兄貴にずっと憧れていたのかもしれない。
どんな時でも自由に振る舞える。
おもしろくてセンスのある一言が言える。
1人でどこにでも行ける。ヒッチハイクもできる。
人間として下に見ていた兄貴に対して、本当はものすごく尊敬していたのかもしれない。と今気づく。
結局兄貴の人生が羨ましいんだろうか。
家を出て行くと知った時も、まあ前日なんだけど、その時も世界で一番嫌いなやつから解放されると思いながら、羨ましいと思った。
そして、悲しくなった。
自分が何も行動できていないと自覚させられたから。
兄貴に二度と会えなくなる可能性については、何も思っていない。
かった。
日が経つにつれ、その実感はやっぱちょっとなんか複雑に感じるようになった。
なんだかんだ兄貴を真似てきた人生だったし、思い入れは少ないけどなくはない。
今度は僕が鍵をぶっ壊す番なのだろうか。