オフサイド
オフサイド
Introduction
誰かイカレチマッタ僕の頭を治して下さいと
すがるようにタウンページで精神科を探しては、精神科を何軒も通ったが、どこの病院もろくな問診もなく適当な薬を処方しておしまいだった
処方された薬をピルブックで調べては、ろくすっぽ飲みもせず
先生もっと効くの出して下さいよなんて言っていた
とにかく軽い幻聴と鎮痛剤の効かない頭痛、十分休養しているはずなのに何時も身体が怠くてたまらない
そして理由ない鬱状態
生きていることは苦痛でしかなかった
ある時、病院の先生が抗鬱剤の新薬が出たんだけど試してみますか?と言ってきて、そいつを試したが全然駄目だった
もう終わりだな……
もし教授が本当にいるなら、僕を治してくれるに違いない
なんて阿呆な事を考えていた
僕はあのフリーマーケットでオフサイドトラップに引っ掛かったのだ
そしていつしか僕は星の王子さまのように自殺を真剣に考えるようになっていた……
1話 遭遇
僕は28になったら僕は死ぬものだと思っていた、だからそれ以降の人生計画なんて全く白紙だった
あの忌ま忌ましいキッチンタイマーの後遺症に悩まされ毎日憂鬱に僕は苦痛だけの空虚な時間を浪費してた
今日が何月何日で何曜日なんて、わからなくなっていた
そうだ樹海へ行こう
ただ漠然とそう思って、半年間、溜め込んだ睡眠導入剤を持って樹海へ向かった
樹海入口のバス停を降りると、まず目に飛び込んだのが、こんな看板だ
たったひとつの
いのちを大切にして
一人で悩まず相談して下さい
連絡先
****警察署
TEL******110
ここまで来て警察のお世話になるなんて御免だね
もう日が暮れようとしていた
とにかく早く樹海に入ろう
人気ない林道を奥へ奥へ1時間は歩いただろうか林道もいつの間にか獣道になっていて、既に辺りは暗く、森、独特の湿気を帯びた空気が顔にまとわりついていた
此処までくれば誰にも見つからないだろうか?
歩き疲れた僕は腰を下ろし、煙草を一服していた
暗闇の森の奥からガサゴサと草を掻き分けて、こちらに何かが向かって来る
僕は恐怖にかられた
あのぅおたく自殺志願者ですか?
それがフジオさんとの出会いだった
2話 咽び煙草
薄い月明かりを頼りに、よく見ると声の主はスーツ姿の中年男性だった
僕はその力ない声の感じと樹海とミスマッチなそのスタイルで、直感的にこの人も自殺志願者なのだとわかった
あのぅよかったら、煙草一本もらえますかぁ
どうぞ
僕の吸っている煙草、Echoだから辛くてきっついっすよ
それでよければ
僕は煙草を差し出し、煙草に火を点けてあげた
フジオさんは、ゲホゲホと苦しそうに咳こんでいた
お恥ずかしい、自分 煙草吸うの初めてで……
そうですか…それじゃあ美味しくないでしょ
しばらく沈黙が続き僕が切り出した
どうせ死ぬのなら、その前に正しい煙草の吸い方でも教えましょうか?
はぃ
ではですね
まず苦しいですが
肺いっぱいに煙りを吸い込んで下さい
もっと深く…
苦しいですけど、そこで息を止めて下さいね
まだまだ煙りをはいては駄目ですよ
どうですか?
身体が軽くなって、クラクラしますね
これは癖になりそうだ
僕は付け加えるように
お尻むずむずしません?と問い掛けた
そうですね何だか、用をたいしたい感じです
煙草の気持ち良さは吸い始めの頃と禁煙後しか味わえませんけどね
といつしか僕は得意げになっていた
僕とフジオさんはお互い軽く含み笑いをしていた
笑う事なんかすっかり忘れてた僕は誰にも見付からずに死のうとやってきた樹海で笑っていた
3話 最後の晩餐
ところでお腹空いてませんか?よかったら私、最後の晩餐ぐらい豪勢にと思って、色々持ってきたんですよ、どうですか?一緒に?
そういえば昨日から僕は何にも食べていなかった
いいんですか?
ええ・一人で食事をする程、寂しいものはないですからね
そう言ってフジオさんは冷めきったコンビニの弁当を一つ僕に分けてくれた
さぁ食べましょう
はぃ
だけど…これ食べ終わったらフジオさん死んじゃうんですよね?
暫く僕らは箸もつけずコンビニ弁当を眺めていた
そうですねぇ……まあ、とりあえず食べてから考えましょう
僕らは、ささやかで豪勢なコンビニ弁当を食べた
なんかこんな山奥でコンビニ弁当食べてると、イースター島でカップラーメン食べてたCM思い出しちゃうな……
とフジオさんは呟いた
僕はなんだかよく判らないが号泣しながら、美味しい美味しいと、その冷めきったコンビニ弁当を食べていた
こんなに美味しいご飯を食べたの何年ぶりだろう
まあ今日のところは寝ようとしましょう
死ぬのは明日でも出来ますから
僕達はじめじめして、かび臭い樹海で寝ることにした
フジオさんは持参したワンカップを飲んで
僕は睡眠導入剤を一錠飲んで
そう死ぬのは明日でもできる
4話 噂話し
樹海の夜は不気味で二人とも寝つけづにいた
起きてますかぁ?
はぃ寝付けなくて…僕 もう一錠飲もうかなって
そうですか、こんな所で寝れる方が不思議ですよ
ところで、おたくさん、樹海の噂話し聞いた事あります?
えっ恐い話しなら勘弁して下さいよ
違うんですよ
私がある人から昔聞いた噂なんですがね、樹海って磁石が利かないとか、入った人が二度と出て来れないのには、一般で流れてる話しとは違う別の理由があるらしいんですよ
僕はフジオさんの話しに少し興味が湧いてきて
何です別の理由って?
はっきりした事は判らないのですが樹海の磁石の利かない場所には楽園と呼ばれる都市があって、自殺志願者でこの樹海にやって来た者の多くは、案内人と言う人物に出会い、そこへ連れて行かれて幸福に暮らしているらしいんです、そこではHと言う青年が奇跡を起こし、その都市を支配しているらしいんです
まさか……?
まさか…ですよね
初め私が貴方に会った時 その案内人だったらいいなぁなんて思っちゃたものですからつい
そうなんですか…じゃあ明日、明るくなったら探してみましょうよ
その楽園っての
本当にあると良いですよね……楽園
じゃあ…おやすみなさい
僕は絶望の淵で微かな希望を夢みれて安心して眠りにつけた
5話 第六感
翌日、僕らは樹海の更に奥へと歩き始めた
樹海の地面は木の根や至る所に穴があり思うように前へ進めなかった
所々で、ペットボトルや空き缶や、かびた雑誌なんかを目にした
こんなに奥まで人が来てるんですね……ところで…おたくさんは…何で死のうと?まだ若いのに?
僕ですか……
理由なんてないですよ
強いて言えば28年間、一度も誕生日ってやつを誰からも祝ってもらった事がないからかな……
ただ、それだけの理由ですか……でも解りますよその気持ち、今の自分には
私はですね…
僕は、フジオさんの言葉を遮るように語りはじめた
フジオさん貴方が此処にきた理由は……
毎日満員電車で一時間程かけて通勤していた会社が一年前に倒産してしまって、再就職も中々できず、住宅ローンが重くのしかかって、頼れる身内も無くて、無職じゃぁ消費者金融にも相手にされず、つい闇金に手を出し、いつの間にか借金が一億を超えていて、奥さんと子供にも逃げられちゃったんじゃあーないですか?そして此処に来たのはハローワークの帰りで、何時ものように希望の仕事が見付からず、もう生きている事に疲れ果てちゃたんでしょ?
びっくりだなぁ全くその通りだよ
よくある話しですからね
続けるように、僕は
そして、いざ首を吊ろうとしたら肝心のロープを持って来るのを忘れて、街まで戻ろうとして、いたんじゃありません?
そこで僕と出会った?
全く、その通り……
あんた人の心が読めるのかい?
僕は被りを払うように
何となくそう感じただけです、と言った
ところで、フジオさん楽園の話しって誰に聞いたんですか?
もしかして大学生時代に、いかにも世捨て人風の文化人類学の教授が授業そっち抜けで言ってた話しじゃあありません?
それからフジオさん
使うとリアルな幻覚がでる卵形のキッチンタイマーで二、三回遊びませんでしたか?
恐い幻覚で直ぐに使うの止めたけど
もしかして、おたくもあのキッチンタイマー知ってるんですか?
6話 後悔
僕はフジオさんにキッチンタイマーでの不思議体験を説明した
それより楽園を探す事が課題になっていた
どれくらい、さ迷っただろうか、いくら歩いても、同じような原生林が続くばかりだった
僕らは、もしかして同じ所をぐるぐる廻っているだけなんじゃないかと錯覚に陥った
それで僕らは歩いている所々で落ちている小枝を刺してマークをするようにした
フジオさんこれ見て
僕らは落胆した、さっき目印に付けた小枝を見つけたからだ
楽園伝説なんてやっぱり噂話しに過ぎないんじゃぁないですかぁ?
きっとその教授、ボードレールの人工楽園とか読んでハッシシでも吸っていたんですよ
そうかも知れませんね‥
どうします?とりあえず、麓までなんとか引き帰しませんか?
そうしましょう、こんな所で死ぬのは、やっぱりやですね……
樹海の原生林はとてもじゃあないが真っ直ぐには進めないが、とにかく同じ方向にいけば、いつか出れるはず、僕ら慎重にマークをしながら歩いていった
二人とも樹海の原生林に脚を踏み入れたことをすっかり後悔していた……
行けども行けども似たような景色、二人ともすっかり疲れ果て気が滅入ってしまい言葉を交わす事もなくなっていた…
フジオさん何か楽しくなるような歌でも唄って下さいよ
そうですね、なんか歌でも唄いますか‥
では続けて唄って下さいよ
あるうひ
あるうひ
森の中
森の中
くまさんに
くまさんに
でああった
でああった
スタコラサッサッサノサ
スタコラサッサッサノサ
とにかく森の熊さんを歌って、僕らは樹海の恐怖をまぎらわした
おや?
あれ何ですかね?
フジオさんが指さす先に黄色いテントを見つけたのだった
行っみましょう
僕らは藁にもすがる思いで黄色いテントに向かった
7話 テント
死にたい人間も死の恐怖を味わうと本能的に生きようとしてしまう
僕はマンションの13階から飛び降りて未遂に終わった友達の事を思い出していた
………………
よかった、誰かいるかも知れませんね
誰かいませんか
おーおーい
誰かー
僕等は必死に叫びながらテントへ向かった
だが誰の返事もなくテントは、もぬけの殻だった
僕等は遠慮なくテントの中を物色させて貰うことにした
テントの中には寝袋が二つ、まだ手付かずの携帯用食料やペットボトルに入った水、男性用と女性用の大人の衣類、薬箱もあったが、中は荒らされていた
この人達どうしたんでしょうね?
様子からすると、ここの近くで心中したんですかね?
違うなフジオさん
この人達は年頃の娘さんを捜しにやって来たんだよ、警察や消防団にも捜索してもらったけど、見付からず、結局自分達で装備を固めてやって樹海へ来たんだよ………
そんな気がする
だけど…この人達がどこに行っかは判らないな…娘さんを見付けて帰ったような感じがするんだけど…
なんか頼りない推理ですね……
まあ詮索は後回しにして、遠慮なく御馳走になりましょうよ
そうですね
僕等は貪るように飢えと乾きを満した
ちょっと用をたしてきます、と言ってフジオさんは外へ出て行った、僕はもしフジオさんと出会っていなかったら……何て考えていた、しばらくしてフジオさんが帰って来た
おたくの推理、違うんじゃあないですか?
ほらこれ
差し出された物は珈琲色した、いかにも毒々しい薬瓶だった
ほら、まだ何錠か残ってますよ
こりゃきっと毒薬ですよ
フジオさんの差し出したそれは
あの赤いつぶだった
8話 命綱
僕は慌てて睡眠導入剤を飲んだ、掻き乱た気もが落ち着くからだ、30分程で薬は効いてくる、それまで僕は頭を抱えてうずくまっていた
大丈夫ですか?とフジオさんが心配そうに声をかけてくれた
もう大丈夫です
僕、薬飲むの忘れていたものですから、恐いの苦手で……
もう一度さっきの薬見せて下さい
落ちついた頭でよくみたがやはり、あの赤いつぶだった
これがどうかしましたか?
いや、これは危険ですね、と言ってフジオさんには秘密にしてしまった
そのまま僕は寝てしまったようだった
目、覚めました?あんた、凄いいびきだね、いや、いびきってより、呼吸も止まったりしてて、凄く苦しそうだったよ
そうらしいんですよね
あれ、フジオさんどうしたの?その恰好?
ワイシャツ、スーツじゃあ樹海動きにくいし、もう汗やら湿気で気持ち悪くて、テントの主のを拝借しました、おたくも下着だけでも着替えたら
遠慮なく僕もそうさせて貰った
さっき少しテントの周りを見てきんですが、テントの主の遺体もないし、
それからあっちに木にビニール紐が張ってあるのが見えたんです、どうやら、あなたの推理が当たってたみたいですね、たどれば、きっと麓へ出れますね
そうですかぁ‥よかった
善は急げだ出発しましょう、意気揚々とテントを出ると、外は深い霧に包まれ5㍍先も見えなくなっていた
おかしいなぁ…とフジオさんが首を傾げていた
今出るのは止めましょう
そうですね
雨がぽたぽた、葉っぱを伝って垂れてきて、あっとゆう間に本降りになった
テントに閉じ込められた僕らは、樹海を出た後の事を話しあった
フジオさんは闇金救済の弁護士に相談し自己破産手続きをして一から出直すと言っていた
僕はアパートを引き払って田舎にでも戻ろうかなと考えていた
いつしか雨が止み、霧も晴れ、空気も澄んで、所々に木漏れ日が落ちていて、清々しい気分だった
さあ出かけましょう、腹ごしらえも出来たことだし
そうしましょう
フジオさんを先頭に、ビニール紐をたどって僕らは歩き始めた
もうすぐこの樹海から出れる希望で気持ちが高揚していた
それにしても…
あの赤いつぶ確かに幻覚ではなかった………
だとすると………いや今考えるのはよそう
そう自分に言い聞かせた
9話 孤立
フジオさんは何かに取り付かれたように急いで先に行ってしまった
まるで僕を置いていくかのように
フジオさん!そんなに早く行かないで下さいよ
僕の声が届かないのか?フジオさんは、どんどん先に行ってしまった
フジオさーん まって
まってくださいよ!!
僕はぬかるんだ苔に足を滑らしたり、木の根につまづいたりして、思うように前に進めなかった
また霧だ
まって!!
フ ジ オ さ ん!
まってよ!!!
フ ジ オ さーん!!
益々霧が濃くなっきて、視界は悪くなる一方だった
僕はフジオさんの姿を見失った
遠くの方から
おーい あなたも早く 道に出られたぞー
と微かな声だけした
とにかく慎重に、この紐をたどっていけばいい
そう思った矢先
たどって来たビニール紐が途切れていた
フ ジ オ さ ≡ ん!!
フ! ジ! オ! さ ≡ ん!!!
僕はそこで前に進むのを止めた
登山中の事故の八割九割は山頂目前に起こると以前、聞いた事があったからだ
冷静に冷静に下手に動くのは危険だ、今は霧が晴れるのを待つしかない、と自分に言い聞かせていた
フジオさん聞こえないの!!!
フ ! ジ ! オ !
さ ≡ ん !!!
と声が枯れるまで何度も叫んだが
返事は帰ることは、なかった
僕をひとりにしないでよ
ぼ く を
ひ と り に
し な い で
だいじょうぶだよお兄ちゃん
そんなに泣かないで
うおあああぁー
幻聴ならかんべんしてくれ!!
お兄ちゃん
どうしたの?
だいじょうぶだよ
小さい暖かい手が僕の手を握った
お兄ちゃんこっち
10話 蝶が舞う
濃い霧の中を少女が僕の手を引いて歩きだした
わたしの手しっかり握ってね
絶対はなしたらダメだから
ん わかった
僕は少女の言われるがままに、ぎゅっと手を握った
もしかしてこの子が案内人?とふと頭によぎったが、少女の腕にいくつものリストカットした痕跡がかいま見れた
その少女はみた感じ12、3歳ぐらいに見えた、それにしても何でこんなダボダボの服を着ているのだろう?その少女は赤いノースリーブのワンピースを着ていたのだが、どう見てもサイズがあってない感じがした
ねえ君
もしかして、赤いつぶの薬のまなかった?
ん、のんだょ 死のうと思ってね
どれくらい飲んだの?
ぅうん………おもいだせない…
名前は?
なまえ……
…思いだせない………や
ごめんなさい……
目の前に綺麗にすり鉢型に窪んだ空間が顕れそこだけ日の光がさんさんと降り注いでいた、すり鉢の底は綺麗な水が湧いていて小さな池になっていた、少女が僕の手を引いて池のほとりまで導いっていった
お兄ちゃん よーく みててね
と言って少女はひゅーと優しく口笛を吹いた
水面から数えきれないセルリアンブルーの蝶々が、ゆっくり、ひらひらと羽ばたきながら空へ向かって舞っていった
きれいだね
きれいでしょ
わたしこの場所が一番好きなんだ‥
そう少女は呟いていた
僕達は最後の一羽が空高く消えるまでその光景を眺めていた
11話 レールの上
ところで君いったい何処から来たんだい?
こっちだよ
少女が僕の手を引いて歩きだした
池の反対側の原生林を抜けると普通の雑木林だった
雑木林の中に路面電車のレールのような物があって僕らは、そのレールの上を歩いて行った
レールは錆びついていて、コンクリートもいたる所ひびだらけで、そこから草が伸びきっていた
やがて短いトンネルがあって、そこを抜けると辺り一面に芥子のような真っ赤な花が咲いていた
綺麗だなぁと思って僕がその花に触れようとしたら、少女が強い口調で
触ったらダメ!
その花すごい毒があるって、おねいちゃんが言ってたから
君 おねいちゃんがいるの?
本当のおねいちゃんじゃあないけど…
でも、もういないんだ
そっかぁ‥
気まずい沈黙を消すように
少女が可愛らしい声で
林檎の幸福論を唄いだした
その曲なら僕も知ってるよ
少女が、にこっと微笑んだ
僕も微笑み返した
僕らは繰り返し繰り返しその歌を唄いながらレールの上を歩いて行った
フジオさんも、あのぶんなら無事、麓に出れただろう
そう僕は思っていた
ただただ心地のよい温もりで僕の心は満たされていた
12話 グラウンド
電車の信号機のような物があって、その先はY字にレールが分かれていた
ちょっと寄り道するね
と言って少女はレールを左の細い方へと進みだした
どこに寄ってくの?
久しぶりに、こっちの方まで来たから……
そう言って少女は黙ってしまった
何となく罰が悪くなった僕は脇の林に目を向けた
今まで歩いてきて気が付かなかったけれど、林のいたる所に真っ赤なタマゴ茸のような、きのこが生えていた
お兄ちゃんお腹すいたでしょ
ん、少しね
ちょっと待ってて
少女は林の中へと入って行き、幾つかその、きのこを摘んできた
えっ!これ食べれるの?
少女は黙ったまま、それを僕の唇にあててきた
あーんして
僕は言われるがままに口を開いた、こいつを食べたら死ぬのかなと思ったが、まあいいと、そいつを一口がぶりとかじった
ん!?美味しい
そいつはとてもジュウシーで葡萄と苺を混ぜたような味がした
少女もそいつを一つぺろりと食べていた
これはね食べても平気だよって、おねいちゃんが教えてくれたんだ
おねいちゃんって森のこと何でも知っているんだね
ん、他にも色々教えてくれたんだ
やがてレールは途切れ、僕らは林を抜けた
そこはサッカーのグランドのような緑が綺麗な芝地だった
ここは?……
ここはね おはかなんだ
ん?初めただの芝のグランドに映ったが、よく地面をみたら上下左右50㌢程に等間隔に桜貝が置いてあった
んーん 変わったお墓だなと、思ったが僕は神聖な場所の空気を肌で感じた
少女が一番奥の端っこまで、桜貝を踏まないように、ジグザグに縫うように歩くものだから、僕もそれに従って慎重に歩いて行った
少女は目的の桜貝の所まで着くと、さっき摘んだ、きのこを一つそっとお供えして目を閉じて膝まづき黙祷していた、
僕は誰のお墓かは聞かなかったが、きっと少女にとって大切な人のなんだなと思って、少女に習って黙祷していた
さっ戻ろう
陽が暮れちゃうもんね
そう言って僕らは元来た林のレールへと戻って行った
久しぶりに見た夕陽が僕の心にしみていた
13話 安全地帯
夜になっちゃたね‥どうしようなか?
どうしたんだい?
わたしの家 まだまだ先なんだ、この辺りは夜になると狼が出るから気をつけなさいって…‥
そうだ
お兄さんまだ歩ける?
ん
少女は少し急ぎ足でレールの先へと向かった
レールの先に路面電車の安全地帯なような小さなプラットフォームが見えた
プラットフォームの安全地帯から垂直に一本、ひび割れたコンクリートの道があった
道の両脇には、ちょっと見馴れない形の建物がすっかり草や木にまみれて、幾つか並んでいた
こっち こっち と言ってその廃墟の奥の細い路地へと少女は入って行った
路地の先は右にゆっくり弧を描きながら下へと延びる階段になっていた
階段下には銀行の金庫のような扉があって、少女が扉を開けようとしていた
かしてごらんご覧ん
ん これは中々重たいな
お兄さん押すんだよ
と少女に促され扉を押した
中に入ると真っ暗な狭い空間だった、暗闇に目が慣れてくると、もう一つ扉があった
お兄さんこれも開けて
こんどは引くんだよ
重たい扉を引くと薄い緑色の明かりが隙間から漏れてきた
そこは簡素な10畳程のスペースで緑の非常灯が点いていた
少女が壁にある電卓みたいな物をカタカタカタっと押すと、空間の天井が柔らかく明るくなり、
どこからか新鮮な空気が流れこんできた
ここは?
前に一度おねいちゃんと来たことがあったんだ
シェルターって言ってた
壁の片側は備えつけの長椅子ソファーになっていて、中々の座り心地だった
つっかれったね
だいぶ歩かせちゃったもんね
今日はここに泊まっていこう
ん、僕もうへとへとだったんだ
わたしも
僕らは病院の待合室のような、その空間で夜を明かす事にした
14話 優しい時間
僕らは、長椅子ソファーにお互いの頭と頭をくっつけるように横になった
お兄ちゃん熱があるんじゃない?
少女が僕の額に手を当ててきた、ひんやりして優しい感触だった
やっぱり熱がある
ん いつも微熱があるんだ
僕は起き上がるのも怠いぐらいに疲れ切っていて、横になったまま目を閉じていた
少女が起き上がって、奥の方に歩いて行く
ドアの開く音
そして
ゴソゴソ ガタン ゴソ ゴソゴソ
キュッ カラーン
コト キュッ キュッ
キュキュッ
シャー
バァシャ バァシャ
キュキュッ
カタカタ
ゴソ ゴソソ
カラーン
カタ コト
キュッ
とん とん、 とん
とん とん とん
パッ パッ パッ
顔に温かい蒸しタオルがのっかった、品の良い石鹸の香りがした
じゅわんと顔の皮膚と鼻を通して心地良い感覚が後頭部まで伝わってきた
お兄ちゃん起きれる
ん
これ飲んで
ん
コーラに檸を搾った味がした
それから僕のシャツをめくり、身体を蒸しタオルで拭いてくれた
さっぱりした?
ん
ありがとう
わたしも身体拭いてくるね
僕は冷めた蒸しタオルを半分に折って瞼と額に当てていた
ただただ優しい時が流れていた
さっぱりした
カタカタ
空間がオレンジ色の優しい明かりになったのが瞼を閉じていてもわかった
少女は元の通りにソファーに横になった
少女の頭が僕の頭を押すようにくっついてきた
そして軽く頭を押してきた
手 かして
僕は腕を延ばして背伸びをするように少女の方へ腕を廻した
少女が僕の手を取って少女の頬へ当てた
熱 下がるといいね
ん ありがとう
わたし お兄ちゃんに会えてよかった
ん・・・ぼくもだよ
僕はすっかり忘れていた人の優しさと人の温もりを思い出だしていた
そして、このまま時が止まればいいなと思っていた
15話 ふたり乗り
翌朝 僕が目を覚ますと少女の姿が見当たらなかった
僕は外に出て階段を登り変わった建物が並ぶ廃墟へ行ってみた
おーい
おーーい
僕はガサゴソする音の方へ行っみた
おはよう 熱は?
ん、おかげさまで、だいぶ今日は身体が軽いよ
これ‥‥使えるかなぁって思って
自転車か……どれ見せて
うん…タイヤは空気がすっかり抜けちゃってるけど、大丈夫そう
チェーンが外れてるだけだよ
じゃぁ お兄ちゃん修理たのだょ
わたしパンの実、採ってくる
シェルターの非常食 好きじゃぁないんだ
いくぶん少女が昨日より幼く見えたが、まあ気のせいだろうと思った
しばらくして
なおったぁ?
ほら
僕は自転車にまたがって、ぐるりと路地を一周して見せた
小鳥のさえずりを聴きながら廃墟の傍らの木に背をもたれて僕らは食事を済ませた
さぁ出発しよう
レールとレールの真ん中のひび割れたコンクリートの上を僕らはボロボロの自転車にふたり乗りした
ガタゴトとタイヤはぺしゃんこでペダルは重かったが、久しぶりに風を切った感覚が心地よかった
だか、直ぐにふたり乗りのパンクの自転車は僕が立ちこぎしてペダルに体重をかけても、うんともすんとも言わず前へ進まなくなってしまった…
やっぱり だめかぁ‥‥
ん、ごめんね
もう少ししたら下り坂になるから
そこまで押していこう
ん
あっ ひこうきぐも
本当だ…‥
右下から左上に斜めに一本の飛行機雲が延びては消えていった
そしてしばらく行くと見晴らしがいい場所になって右側にホリゾンブルーの湖が見えてきた
そこからレールはゆるく長い真っ直ぐな下り坂になっていた
よーし 乗って
少女をサドルに座らせると僕は勢いよく自転車に助走をつけて跳び乗った
ヒャァーウィーゴー
長い 長い 下り坂をゴトゴトいわせながら僕らは疾走していった
少女が湖の方を指さした
左から空へ扇形の虹が空に架かっていた
綺麗なものって一瞬だからなぁ
僕はその光景を忘れないようにイカレタ頭に焼きつけようとしていた
16話 苺まみれ
この丘を越えれば、わたしの住んでる街だょ
自転車はここに置いてこ
ん 確かにこの坂を押して行くのは、きつそうだね
緑が美しい林の坂を登りきると
身の丈程のトマトがゴロゴロ地面に成っていた
まるで自分が小人になったみたいだった
トマトのへたの部分からは透明のホースが伸びていて焦げ茶色の地面に刺さっていた
焦げ茶色の地面に脚を踏み入れると
むにゅむにゅっと足が地面に5㌢程、沈み込んだ
そして僕の付けた足跡はゆっくり元に戻っていった…
ここはねバイオプラントって言ってたょ
わたしわ ハタケって言ってる
だいたいの野菜や果物はここで採れるんだぁ
少女に手を引かれ、レールに沿って歩いてゆくと
トウモロコシ
茄子
落花生
枝豆
茄子
ピーマン
メロン
オレンジ
りんご
レモン
苺
それぞれ、実だけがゴロゴロと身の丈程の大きさで地面に成っていた
これ食べれるの?
遺伝子組み換えとかなの?
ん、違うよ
それぞれの野菜や果物に必要な養分をたっぷり与えると、こんなに大きくなっちゃうんだって
どれ
と僕は目の前の苺に、ずぶずぶっと肘まで手を刺してみた
確かに甘酸っぱい苺の香りがした
突き刺した腕を苺の中でぐるっと掻き回して
果肉を掴んでずぶずぶっと腕を引き抜いた
手を刺して出来た苺の穴がゆっくり小さくなって、もとどおりに戻っていった
少女が苺まみれの僕の腕をぺろりと舐めた
これは‥まだ少し早いわね
まだ甘味が足りないもん
僕も握った手を開いて、果肉を食べてみた
ん まだ早いね
酸味が強すぎる
僕らは、甘酸っぱい苺まみれの腕を舐めながら丘を下って行った
あれ
あそこが わたしのお家だょ
少女が唇をぬぐって指を差した
17話 少女の街
少女が指差した先には廃墟の遊園地のような街が森の樹に隠れるようにあった
今はあの街 全部がわたしのお家
君ここに一人で住んでるの?
ん ‥猫がいるょ
わたしが来た時は20人ぐらいの人がいたんだ
おねいちゃんも…‥
みんな何処に行っちゃったの?
なんか銀色のタマゴの形をした乗り物に乗って消えちゃった‥‥
それより 見せたい物があるんだ
少女が僕の手を掴んで小走りにレールの駅を通り街の中へ駆け出していった
路地をくねくねと入ってゆくと、まるでかつての九龍城みたいな猥雑なスラム街の跡だった
そこを抜けると色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が踊っている庭園に出た
庭園には乳白色の大人の女性の乳房のような形をした建物があった
綺麗なところだね‥‥
こっち こっちと乳白色の建物の中へと手を引かれていった
建物の中は外見とは違い直線的で幾何学的な構造になっていた
そして乳白色の壁と幾何学的な影と柔らかい反射光のグレーが神秘的で聖なるものを感じさせた
その美しさにみとれていると
こっち こっちと急かされ建物の左側の奥の階段を時計回りに建物の上へと連れていかれた
建物の一番高い所は小さな小部屋になっていて、真上から光りが射しこんでいた
白を基調とした簡素な部屋にはベットと机と椅子とクローゼットがあった
少女が机の引き出しを開けて、一枚の写真を取り出し僕に見せた
ん?
これ‥‥・
僕だね 少し若い時の…
やっぱり
わたしもそう思ったんだ
お兄さん前にもここに来たことある?
いや ないよ
でも何で僕の若い時の写真があるんだろう?
それにこんな背景の景色は見覚えない……
と心で呟き
まっ いっかぁと
光のベットに後頭部を両手で抱えて仰向けに大の字になった
少女は頭を45度にし天窓の光を眺めていた
18話 うたた寝
ベットに寝ながら僕はここが楽園と呼ばれている所なんだと思った
いや楽園だった所か…
そしてこの少女が案内人なんだ
あの写真は僕のクローンに違いない…
僕は瞼を閉じて左腕で目を覆った
真っ黒 な 世界
音もない
キーン
頭の中で響いた
小さな白いダイヤの点が中心に現れた
シュワーン
と音をたてて
無数のキラキラした白いドットが花火のようにハジケテいった
ネガがポジに反転して白い世界に黒い星が輝いた
無数の黒い星はうずを巻き、やがて銀河の形を形成し、ゆっくり回転しだした
そして無数の銀河が点になり、正5角形の形を作り、正12面体の立体構造になった
正12面体のそれぞれの頂点から正12面体が次々と現れフラクタル図形のように無限に回転しながら連鎖していった
やがて、その分子構造モデルのような無数の黒い星の点の列びが渦を巻き始め、竜巻の形に変形していきながら回転の速度が加速していった
そして竜巻の頂点に全ての黒い星が吸い込まれ
真っ白い世界になった
お兄ちゃん
どうしたの?
だいじょうぶ?
おきて
お兄ちゃん
少女の声が聞こえきて僕は身体を起こした
大丈夫
よくある発作だよ
僕
この街が気に入ったよ
君の部屋は何処にあるんだい?
少女は照れ臭そうにしながら、街の中心にある美術館へ僕を連れて行った
19話 月夜の散歩
美術館はピエールカルダンのカンヌにある別荘・泡の宮殿によく似ていた
泡の宮殿とは球体や円で構成され色からしても茹でダコみたいな建物だ
美術館には平面絵画と立体彫刻が展示されていた
20世紀初頭から中期のダダや未来派、シュールレアリズムのファインアートを彷彿させる作品だらけだった
しかしどの作品も今までに見た事のない作品だった
作品と共に掲示してある銀色のプレートには作品のタイトルと作家の名前、それに製造年月日が刻まれていたが文字が見た事のない記号だった
しかし何故か数字だけはアラビラ数字と酷似していた
どの作品も僕の好奇心をそそるものばかりで一点一点僕は嘗めるように鑑賞していた
この街に以前暮らしていた人達が創ったんだって
そうなんだ…‥
私の部屋はこっちだよ
と手招きして僕を誘った
少女の部屋は建物の3階?に当たる場所でドーム型の壁が真っ赤で床が白い丸タイルだった
そして楕円の大きな窓から月明かりが射し込んでいた
もう 夜か……
ロシアンブルー風の子猫が僕の足元に擦り寄ってきた
ミューごめんねおまえさんを置き去りにしちゃって‥
と言って少女がタバコをくわえながらキッチンでパスタを手際よく茹で始めた
少女が鼻歌を唄いだした
エレカシの月夜の散歩だった
そんな曲よく知っているね?
ん、おねいちゃんに教えて貰ったんだ
お姉ちゃんてもしかしてと
僕はズボンの後ろポケットからパウチしてある妹の写真を取り出して少女に見せた
うん?おねいちゃんは30歳ぐらいの人だったけど……
でも、そっくりだね
口もとと目もとにあるホクロが一緒
そっかぁ
やっぱり
お姉ちゃんて言うのは
保母さんのことか……
20話 マーローブルー
少女が茹で揚がったパスタをガーリックとバジルで炒め始めたのが香りと音でわかった
ゲホゲホっと少女が煙草でむせ返った
こらこら、子供のくせに煙草なんかふかしてるから……
えっ、わたし、こう見えても22だよ
記憶戻ったの?名前は?
名前……思い出せないなぁ…
そっかぁ……
それより冷めないうちに召し上がれ
目の前に水色の皿に盛り付けられたバジリコスパゲティーが美味しそうな香りと湯気をたてていた
君 料理得意なんだね?
これくらいは朝飯まえよ
すっげー美味しい
オカワリある?
そうくると思ってた
はい どうぞ
ミューおまえさんたも食べな
あっそうだ!
お茶入れるね
透明の硝子のカップに青いドライフラワーを一つ入れた
それにお湯を注ぐ
カップのお湯は透き通ったインデゴブルーに染まっていき花はお湯の中で咲いていった
そして少女は
お兄ちゃん瞬きしないでよーく見ててよ
と言って
インデゴブルーのお湯にレモン汁を一滴垂らしてはスプーンでゆっくりカップを掻き混ぜた
インデゴブルーから紫色に…そしてもう一滴
紫色から明るいピンクへ……そしてもう一滴
ピンクから一瞬、黄色みかけてやがて、やわらい透き通った白色へ
これブルーマローだね
知っるの?お兄ちゃん?
ん、思い出した
けどこんなに綺麗に色が変わったのは初めて見たな
そっかぁー
知ってたかぁ…
ところで君さ
駅からまだレールが延びていたけど、その先はどうなってるの?こんな街がまだあるの?
ううんううん
この先のレールは次の駅で終点になってるんだって
そこには工場があるって言ってたよ
危険だから絶対そっちには行っちゃダメって‥
そうなんだ…‥
21話 クロスオーバー
お風呂あるかな?
ん、となりの部屋
入ってもいい?
シャワー浴びたいんだけど‥
どぅぞ
空色のドーム型か‥
僕は服をだらし無く脱ぎ捨てて、その部屋に入った
これひねるのかな?
天井の中心から雨のように適度のお湯が飛び出してきた
真夏に夕立にやられちまったようだ…
このスイッチは何だろ?
スイッチがあれば押してみたくなるのが人間の本能、僕はためらいもなくスイッチを押した
プラネタリウムか…‥
僕はバスルームの床に寝転んでシャワーを浴びながら星空を楽しんでいた
大体 星空が見える時に雨は降らないもんな…
ストロボフラッシュをたいたように
シャワーの雫が止まったり、動いたり、また止まっり、動いたり…
綺麗だなぁー
プシュー
っと外の遠くから音が聞こえた
ねぇ ねぇ 君?
何? あの音?
少女がバスルームの扉を開けて
あれはね零時になると工場の方から、いつも聞こえるの
工場って誰かいるの?
ううん 行ったことないから、わからない
お兄ちゃん わたしも一緒に入ってもいい?
えっ? ダメだよ
だって わたし22だよ
それから少し記憶が戻ったの…
わたし18の時からソープで働いていたわ
だ か ら
えっ?
てっ言うのは冗談でわたし歌を唄っていた気がする
下北あたりのライブハウスなんかで‥
そうなんだ…
君 歌 うまいもんね
僕は裸を見られた気恥ずかしさもあったが、少女を女性と意識してしまった
22話 終点工場
翌朝まだ日の出前に僕は目が醒めてしまった
ちょっと街をぶらついてきます
とメモを残して僕は工場へと続くレールに向かった
どうしても
あの音が気になったのだ
きっと他にも誰かいるに違いない
朝焼けの薄い明かりの中をひたすら走った
レールの終点にあった物は窓も入口も無い銀色の卵形の建物だった
僕は壁に耳を当ててみた
チッ・チッ・チッ・チッ
チッチッチッチッ
チッチッチッチッチッチッチッチッ
駄目だ・これも失敗だな
教授 これは?
ん これは中々いいできだ
父さん喜びますね
僕は背筋が凍り付いた
そういえば僕は薬を飲んでいない
きっとこれは幻覚だ
そう自分に言い聞かせ、その場を逃げるように立ち去った
あの忌まわしいキッチンタイマーで僕の人生が狂い初めたのだから…
もう二度とキッチンタイマーなんて御免なんだよ
貴方は現実世界で頑張り過ぎて疲れているのよ
僕は貴方から造られたクローン
貴方がオリジナルだから
父さん
父さん
父さん父さん父さん父さん
父さん父さん父さん父さん父さん
死んだら私が蘇生してやる死んだら蘇生してやる死んだら蘇生死んだら死んだら死んだら死んだら蘇生蘇生蘇生蘇生蘇生蘇生死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら死んだら
まずい
このままじゃあ
発狂する
お兄ちゃん
やっぱり
そっちは危ないって
少女が僕を迎に来てくれていた
少女が僕の手を握った
ぴたりと幻聴は治まった
僕は全身に嫌な汗をかいて
肩で浅い呼吸を繰り返していた
だいじょうぶ
わたしがいるからね
確かな人の温もりがあった
おわり。