仕切り直しの交差点
去年12月に、要介護を受けている80になる母親が転倒し、大腿骨の人工関節を入れる手術をした。
母親は10年前に「狐憑きとはこのことか?」と思う程の「躁」状態、つまり、常に興奮して高揚し、行動が突拍子もない状態になり、
精神科の閉鎖病棟で「鬱」の状態にする薬で、彼女の全て(気力も体力など)を低下させた。
10年が経ち、薬も徐々に軽くなり、そして薬を飲まないで様子を見ている時だった。
初孫の結婚、妊娠が発覚した事がきっかけで、声にも覇気を感じられるようになってきたところでの、
今回の転倒だった。
『せっかく良くなってきたのに!
このまま寝たきりになったら…
俺が近くにいたのに…』
市民病院にいる兄から電話をもらった時、彼は動揺していたので、
今回の出来事の全てを悪の根源だと決めつけていた。
まだ寝たきりになったわけではないのにね。
そして兄は母親が今回寝たきりなるのは「自分のせいだ」と言っていた。
「あなたのせいじゃないよ」とは、
私は言わない。
そう思いながらその責任を背負って、この先行動すればいいと思う。
寝たきりにさせたかったら、
そのように責任を取ればいい。
寝たきりにさせたくなかったら、
そのように責任を取ればいい。
それだけだと思う。
ただ、私は母親を寝たきりにさせる気はなかったので、兄に後者の行動を取ってもらうように声をかけた。
「怪我する時はどんな状況だろうと怪我をするものだ」という事は伝えた後
『大丈夫。専門家の集まりなんだから病院にいた方がお母さんは絶対良くなるよ。
無事に手術を終えて、しっかりと歩行訓練してもらって、必ず歩けるようになるさ。
今回の転倒はそのためなのかもしれないよ。』
そして、コロナで面会禁止の状態で私たちが出来ることを探して、私たちが出来ることをした。
昨日、
母親は一時退院して家に帰ってきた。
私は家族で母親に会いに行ってきた。
「お母さん、あけましておめでとう。言ってなかったよね」
と挨拶をすると、みんなが笑った。
「帰る途中に桜並木を通ったよ。桜がキレイだったよ。」と笑う母親に、
「そっかそれは良かった。じゃぁ来年は一緒に桜を見上げながら歩こうよ」
そう笑い返せることを、私は心から幸せに思う。
この交差点、どっちに行こうか。
どっちに行くと、行きたい方向なのかな。
私は世の中から不定愁訴や慢性の痛みや不調で悩む人がなくなってしまえばいいのに、と思っています。