スタートアップエコシステム:インキュベーター/アクセラレーター
本記事の概要
スタートアップエコシステムについて、インキュベーター/アクセラレーターの役割とプレイヤーについて紹介する
※本記事は、添付URLの記事および各社のウェブサイトを参考に作成しました
スタートアップエコシステム
スタートアップエコシステムとは?
スタートアップエコシステムは、新しいビジネスが成功するために必要な要素が集まった環境のことを指す。これらの要素は相互に連携し合い、スタートアップの成長をサポートする(下記スタートアップエコシステムイメージ図を参照)
サンフランシスコベイエリアは世界トップクラス
サンフランシスコベイエリアでは、スタートアップ誕生、成長の両方を支えるエコシステムが構築され、機能している
特にスタートアップのアーリーステージの成長を支えるアクセラレータ―が集中しており、スタートアップの事業成功をサポートしている
インキュベーター/アクセラレーターによる強固なスタートアップ支援:Y Combinator、SkeyDeck、Plug and Play Tech Center等々
世界トップクラスの大学・研究機関:Stanford、UC Berkeley、UC Davis、UCSF、等々
多くのVCからの資金調達の機会:Sequoia Capital、Andreessen Horowitz、等々
シリコンバレーのテクノロジー企業:Google、Apple、Meta、Intel、Nvidia等々
豊富なスタートアップと投資家、企業が交流する機会:TechCrunch Disrupt、Startup Grind、SF Startup Week、等々
インキュベーター/アクセラレーター
インキュベーター/アクセラレーターとは?
初期段階のアイディアやスタートアップ企業に対して集中的な支援(オフィススペース、メンタリング、ネットワーキング、教育プログラム、資金等)を提供するプレイヤー
通常、資金提供、メンタリング、ネットワーキング、ピッチイベントなどの支援を3か月から6か月間行い、スタートアップの迅速な成長を促進する
多くの場合が、プログラム終了時にお披露目会「DemoDay」を開催し、各インキュベーターの持つネットワーク内にいる投資家からスタートアップへの出資を募る
参考)Entreprener in Residence(EIR、客員起業家)
EIRは、起業家候補生やシリアルアントレプレナーが共同創業者を探す、またはより強固なビジネスアイディアを検討するために、雇われの従業員としてインキュベーターに所属する仕組み
EIRとして採択された起業家候補生は、従業員としての扱いのため月次で給与が支払われる。半年ほどでスピンアウトする兆しがない場合は解雇される
EIRを採用するインキュベーター、アクセラレーター、大企業、大学等々は、起業家候補の育成とビジネスの成長を促進するプログラムを提供する。場合によってはIPを付与するなど金銭以外のメリットを前面に押し出す場合もある
EIRが法人化しスピンアウトする過程でインキュベーターは株式を取得する
インキュベーター/アクセラレーターとのコネクションを持つメリット
スタートアップへのアクセス:
複数の有望なスタートアップにいち早くアクセス可能
一般的にアクセラレーター主催のデモデイやピッチイベントで初めて紹介される案件が多い
排出されるスタートアップの傾向から、向こう数年で成長する産業・分野を把握できる
質の担保:
アクセラレータのコミュニティ内ですでにスタートアップとして選抜されているため、質の高いスタートアップに投資できる可能性がある
成長スピード:
ビジネスや技術の専門家の指導を受けているため点、アクセラレーターのネットワーキングを通じた潜在的な顧客、パートナー、投資家とつながることができるという点で、事業成長の加速が期待できる
アクセラレーター発のスタートアップ違い
資金調達金額が、アクセラレータープログラムに参加していないスタートアップに比べて多い(ペンシルベニア大学The Wharton Schoolの研究結果より)
アクセラレータに参加したスタートアップは、参加していないスタートアップに比べて卒業後に1年間で$1.8M資金を多く調達
2年目も、平均で$2.64M多く調達
アクセラレーター出身のスタートアップはExit率が高くまた、ユニコーン企業となる割合も高い(Institutional Investor記事より)
Exit率:Y Combinator: 18.4%、Techstars: 18.5%、500 Global: 13.6%
ユニコーン率:Y Combinator: 5.8%、Techstars: 2.2%、500 Global: 1.5%
代表的なアクセラレーター
Y combinator
*Y Combinatorについては過去に下記記事について紹介をしましたので、ご確認ください
その他:インキュベーター/アクセラレーター
SkyDeck
設立年: 2012年
所在地: Berkeley, CA, USA
CEO: Caroline Winnett
年に2回(春と秋)、それぞれ約6ヶ月間のアクセラレーター・プログラムを実施
創業者、アドバイザー、ボードメンバーまたは投資家のいずれかがUC系列の大学(UC Berkeley, UCLA, Davis, 等)の関係者であること(但し、米国外からの応募の場合は、UC系列に関係者がいなくても良い)
採択率は約3%
採択されたスタートアップは$200,000の資金調達を受けることが可能
スタートアップは株式を提供するが、株式提供の割合はスタートアップによって異なる
UC Berkeleyのリソースを活用して、技術革新とスタートアップの成長をサポート
TechStars
設立年: 2006年
所在地: Boulder, CO, USA(グローバルに複数の拠点あり)
CEO: Maëlle Gavet
年に数回、世界各地で約3ヶ月間のアクセラレーター・プログラムを実施
各プログラムには数千件の応募があり、採択率は約1-2%
採択されたスタートアップは$120,000の資金調達を受けることが可能
スタートアップは株式を提供するが、株式提供の割合はスタートアップによって異なる
プログラムパートナーとしてい様々な法人と連携した、コーポレートアクセラレーター・プログラムも実施している
日本ではJETROと連携しプログラムを開催した実績あり
StartX
設立年: 2009年
所在地: Palo Alto, CA, USA
CEO: Joseph Huang
年に複数回、約3ヶ月間のアクセラレーター・プログラムを実施
主にスタンフォード大学の学生、卒業生、スタッフによるスタートアップに限定し、採択率は約8-10%
StartXは直接的な資金提供は行わないが、スタートアップはスタンフォード大学関連の投資家ネットワークから資金調達の機会を得る機会がある
プログラム参加中は最大$9,000受け取ることができる
StartXの提携パートナーであるStanford-StartX Fundを通じて投資を受けることもある
医療、AI、SDGの事業に特化したプログラムもあり
スタンフォード大学との連携が強みであり、多様な分野で技術革新を進めるスタートアップをサポート
Plug and Play Tech Center
設立年: 2006年
所在地: Sunnyvale, CA, USA(グローバルに複数の拠点あり)
CEO: Saeed Amidi
年に数回、世界各地で約3ヶ月間のアクセラレータープログラムを実施
各プログラムには数千件の応募があり、採択率は約1-2%
スタートアップに対して通常$25,000から$500,000の初期資金を提供
スタートアップは株式を提供するが、株式提供の割合はスタートアップによって異なる
SOSV
設立年: 1995年
所在地: Princeton, NJ
CEO: Sean O'Sullivan
SOSVの各パートナーは独自のアクセラレーターを運営し、生命科学に特化したIndieBio、ハードウェア技術に特化したHAX等の運営を行う
IndieBio
設立年: 2014年
所在地: San Francisco, CA & New York, NY
CEO: Sabriya Stukes
治療薬、食品の未来、バイオマテリアル、バイオツール、診断、合成生物学、ゲノミクス、データ解析等の分野に特化
スタートアップは、indieBioから$275,000を受け取る代わりに、会社の11.2%の株式を提供(シード期のスタートアップは平均7.5%提供)
プログラムの期間は20週間。リモートでの参加も可能だが、原則対面でコーチングやミーティングの参加を進めている
プログラム期間中は最低2人での参加が必要
HAX
設立年: 2011年
所在地:San Francisco, CA, New ark, NJ, Tokyo, Japan & 深圳, 中国
CEO: Duncan Turner
ハードウェアスタートアップ向けのアクセラレータで、製品のプロトタイプ開発から市場投入までを支援
スタートアップは、HAXから$250,000を受け取る代わりに、会社の株式を提供(各社事前に交渉をする)
$250,000のうち、$150,000を現金支給、$100,000が経費(ラボを含むオフィス貸し出し、等々)として使用される
毎月2-3のスタートアップが採用されている
Betaworks
設立年: 2008年
所在地: New York, NY
CEO: John Borthwick
スタートアップスタジオビジネスモデルを構築したインキュベーターであり、EIRを採用しTweetDeck, Bitlyなどを生み出した。現在はスタートアップスタジオとしての機能は失われた。
AIを主軸にコホートごとにテーマを絞って、新しい領域に乗り出す創業者たちを集める「Camp」を実施
各コホートごとに8~12社が選定される
2023年6月に、応用機械学習と生成AIを使用して、人間の認知活動、創造活動、共同作業を補強するツールを開発するスタートアップを支援する「AI camp Augment」が開催された
Campの期間は13週間でニューヨークのBetaworksのオフィスで実施される
製品開発、プラットフォーム戦略、データサイエンス、ブランディング、資金調達等々のサポートが行われる
EIRモデルを採用したインキュベーター例
AI2 Incubator
設立年: 2017年
所在地: Seattle, WA, USA
CEO: Oren Etzioni
AI技術を活用して新しいソリューションやプロダクトを開発するスタートアップを中心に支援
特に「製品開発」、「チーム組成」、「資金調達」の3つの点をスタートアップが独立してできるに4ヶ月~1年半サポート
製品開発:専門家による市場ニーズに適したAI製品の開発サポート、AI研究者とのマッチング、マーケットリサーチサポート、パイロット顧客の紹介、コワーキングスペースの提供等々を実施
チーム組成:AI2 Incubatorのネットワークを通じた、エンジニア、AI研究者、マーケティング、事業開発人材の採用をサポート
資金調達:市場参入戦略策定、知的財産(IP)戦略、ピッチデックデザイン・プレゼンテーション練習等々のサポート及び投資家の紹介
シード前段階で、単独創業の場合は$50,000、共同創業の場合は、$150,000を投資。AI2 incubatorにチーム、テクノロジー、トラクションのいずれかが評価され、認められると全額$500,000が投資される
参加するスタートアップは、最大$1,000,000分のAIコンピュート(クラウドクレジット、GPU、データセンターの専用マシン等々)を使用可能
TandemLaunch
設立年: 2010年
所在地: Montreal, QC, Canada
CEO: Helge Seetzen
大学や研究機関からの最先端技術を商業化することに焦点を当てており、技術革新を推進するスタートアップの立ち上げと成長をサポート
約18-24ヶ月間EIRスタートアッププログラムを提供している。段階別にサポートを実施
Qualification Phase (6週間):TandemLaunchのプログラムに適しているか判断する。スタートアップに一時的に所属し、実際の現場でどのようにプロダクトがつくられいるか学ぶ。$2,000/m 生活費として支給
Creation Phase (2ヶ月〜3ヶ月):技術およびその市場実行可能性の検証、初期コアチームの結成、初期事業計画の確立、投資のための初期財務構造の定義等々を準備する。Tandem内の投資チームへ事業プランをプレゼンし、合格したら次の段階へ進む。$2,000/m 生活費として支給
Incubaiton Phase (6ヶ月〜12ヶ月):チームメンバーを構築し、プロダクトのリリースを目指す。Tamdem Launchから$600,000投資され、Incubation期間はFeeがアップし$5,000/m 生活費として支給される
Graduaction Phase (1ヶ月〜3ヶ月):エンジェル投資家やベンチャー投資家(多くはTandemLaunchのネットワークから)から外部資金調達をサポート
Entrepreneur First
設立年: 2011年
所在地: ロンドン, イギリス(グローバルに複数の拠点あり)
共同創業者: Matt Clifford, Alice Bentinck
起業家候補生を集めて、共同創業者を見つけることをサポート。必ずしも起業の具体的なアイデアがある必要はない。主に「Graduate」と「CORE」の二つのプログラムを提供している
両プログラムとも24週間(6ヶ月)で実施される
前半12週間:スタートアップに関しての勉強や各個人のアイデアを共有する(約8割が8週間以内に共同創業者を見つける)
後半12週間:投資委員会でプレシード資金調達のためのピッチの実施。シード資金調達のための準備と構築を継続する
Graduate:学生、新卒者、プロフェッショナルとしての経験が2年未満の方を対象
CORE:2年以上の経験を持つキャリアの浅いプロフェッショナル、学者、博士号取得者を対象
Alchemist Accelerator
設立年: 2012年
所在地: San Francisco(主拠点)、Memphis、München
CEO: Ravi Belani
エンタープライズ向けのスタートアップに特化し、深い技術的知識を持つ創業者を支援
少なくとも2~3人のチームで、1-2人の技術的な共同創設者と1人のビジネスの考え方ができる共同創業であることが好ましい(但し、単独での創業者の受け入れもしている)
支援内容としては、メンターシップ、ネットワーキング、6ヶ月間のプログラム、デモデイ、クラウドクレジット、法務・マーケティング支援
参加企業には平均$25,000を出資。加えてクラウドコンピューティング、弁護士費用、マーケティング、その他のサービスを割引で受けることが可能
日本への進出
Alchemist Acceleratorは2024年5月14日に日本進出を発表。第1回のプログラムは2024年6月1日から応募を開始し、9月から約3ヶ月間実施される予定
Alchemist Japanプログラムを通じて選ばれたスタートアップが、グローバルプログラムへの参加資格を得て、世界市場でのスケールアップを目指せるよう支援する
スタートアップのトレンド
AIスタートアップの台頭
近年ではAIを活用しているスタートアップが台頭しており、Y combinatorで採択されるスタートアップも直近のバッチでは、半数以上がAIを活用している
AIは複雑なプログラミングやコードの知識がなくても誰でも簡単にカスタマイズして活用できる時代になりつつある。AIはインターネットを使わない大企業がないように、事業を行う上で必須のツールになることが推測される
但し、まだAI技術は発展途中の段階であるため、各社スタートアップへの投資・協業・提携を判断する場合(どのようにAIを活用し、AIを活用することで何が今までと変わるのか、等)には専門的な知識と経験が必須となる
何らかの形でAIを活用しているY combinator採択スタートアップの割合は2022年夏以降に急増している
なぜ、AIを活用するスタートアップが増加しているのか?
要因は複数あるが、「技術の進歩と普及」、「データの増加・複雑化」が主な要因の一つであると考える。市場の解決・効率化できていなかった課題に対して、誰でもアプローチできるようになったことが、アイデアを持つ人たちの企業を加速させたと考える
技術の進歩と普及:代表的な例として「ChatGPT」の普及があげられる(2020年末)
ユーザーが自然言語で質問や指示を入力するだけで、多様なタスクを遂行できる直感的なインターフェースを体験できるようなった
オープンソースのChatGPTを利用することで、ユーザーはモデルを自分の特定の用途に合わせてカスタマイズ可能なり、特定の業界やニッチなアプリケーション向けのAIソリューションを作成することが容易になった
データの増加・複雑化:顧客の行動、取引、センサーデータ、ソーシャルメディア活動等、様々な業界で多くのデータが取得されている中で、データを活用するためには効率的な分析が必要になる
AIスタートアップに特化したインキュベーター/アクセラレーターが台頭している
AI2 Incubator、Inception AI、NVIDIA Inception、StartX AI、Microsoft Accelerator等々
所感(個人の見解となります)
スタートアップエコシステムを循環させていくうえで、重要な役割を担っているインキュベーター/アクセラレーターについて紹介した。インキュベーター/アクセラレーターは、アイデアはまだないが起業家としてチャレンジしたい人・アイデアはあるものの企業まで踏み切れていない人をサポートしたり、一気に成長していきたい起業したてのスタートアップをサポートしたりする役割を担っているため、実践と学びを並行しながら体現できる機会としてとても有意義であると考える
投資家サイドとしては、インキュベーター/アクセラレーターによって選定されたスタートアップは、一定の基準*を満たしているため、投資家にとって魅力的な投資先になりうる。そのため、投資家はリスクを低減し、成長ポテンシャルの高い企業に投資をすることができる。また、最新の技術やビジネスモデルを常にキャッチアップすることができるため、未来のトレンドを先取りする"目"も養うことができる。
*一定の基準:スタートアップのアイデアやプロダクトが革新的であること(技術の新規性も含む)、起業家やチームメンバーが実務経験や専門知識を持っていること、ビジネスモデルの実現可能性(目標と戦略が具体的に落とし込まれていること)
Y combinatorを始め、スタートアップのピッチイベントがクローズドなインキュベーター/アクセラレーターもあり、投資家サイドでもネットワーキングに入らなければ、折角の投資機会を失ってしまうこともある。一方、ネットワーク内に入ることで、VCやファウンダーから有望な案件を紹介してもらえる機会も増える。そのため、インキュベーター/アクセラレーターとの信頼関係の構築は、VCで働く身として積極的に行っていきたい