Y Combinator Requests for Startups_②
Y Combinatorではスタートアップに取り組んでもらいたいアイデアとして「Requests for Startups」を発表している。
②では、「Requests for Startups」で発表された20のアイデアを9つのグループに分類し、「AIツール」、「防衛・宇宙」、「製造技術」、「気候変動」、「AR/VRの実用」、「金融」の6つのグループのそれぞれのアイデアにおける、現状の課題およびYCの興味をまとめた。
「Requests for Startups」については下記サイトの情報を参照
「ヘルスケア」、「企業向けソフトウェア」、「AI/機械学習の実用化」についてまとめた、Y Combinator Requests for Startups_①の記事はこちらから
Requests for Startupsの9つのグループ(再掲)
2024年2月に「Requests for Startups」で、20のアイデアが発表された。そのアイデアを類似した内容で9グループに分類した(グループ分類は私見である)
①ヘルスケア
A Way to End Cancer
Foundation Models for Biological Systems
The Managed Service Organization Model for Healthcare
Eliminating Middlemen in Healthcare
②企業向けソフトウェア
LLMs for Manual Back Office Processes in Legacy Enterprises
AI to Build Enterprise Software
New Enterprise Resource Planning Software
Better Enterprise Glue
③AI/機械学習の実用化
Applying Machine Learning to Robotics
Using Machine Learning to Simulate the Physical World
Explainable AI
④AIツール
Developer Tools Inspired by Existing Internal Tools
Commercial Open Source Companies
Small Fine-Tuned Models as an Alternative to Giant Generic Ones
⑤防衛・宇宙
New Defense Technology
New Space Companies
⑥製造技術
Bring Manufacturing Back to America
⑦気候変動
Climate Tech
⑧AR/VRの実用
Spatial Computing
⑨金融
Stablecoin Finance
課題およびYCの興味
Y combinator_Requests for Startups_②では「AIツール」、「防衛・宇宙」、「製造技術」、「気候変動」、「AR/VRの実用」、「金融」に分類されるアイデアについて課題とYCの興味をまとめた(課題およびYCの興味については私見である)
④AIツール
Developer Tools Inspired by Existing Internal Tools
課題
多くの有用な内部ツールが企業内に閉じており、有用なツールが外部に公開されていない
YCの興味
ある会社で開発・活用されていたツールをベースにしたソフトウェア等の開発
Commercial Open Source Companies
課題
オープンソースプロジェクトは、スタートアップが自社のプロダクトを迅速に提供するための有益な方法である一方で、開発者コミュニティのフィードバックを反映しつつ商業的利益を追求するバランスを取ることが難しい
YCの興味
技術的なバックグラウンドを持つ創業者によって設立されたスタートアップに関心がある。これらのスタートアップは、オープンソースコミュニティから得たフィードバックを迅速に反映できる能力を持っている。オープンソースの場合、営業活動よりも技術開発が重要であるため、この点が大きな強みとなる
YCは過去にGitlab, Docker, Apollo, Supabase 等の150社以上のオープンソーススタートアップに出資している
Small Fine-Tuned Models as an Alternative to Giant Generic Ones
課題
Giant Generic Models(幅広いタスクに対応できる汎用的な機械学習モデル)は高精度な予測や生成が可能であるものの、訓練と運用に非常に高いコストがかかる
例:OpenAI開発のGPT3、Google開発のBERT
YCの興味
計算資源の節約と高効率な推論を可能にする軽量なモデルの開発
特定のニーズやタスクに簡単にカスタマイズできるモデルの提供
例:Meta開発のLlama2、Mistral AI開発のMistral
⑤防衛・宇宙
New Defense Technology
課題
現行の防衛技術はコストが高く、効率性が低い。民間の宇宙開発企業であるSpaceXは、公的資金で運営されているUnited Launch Allianceよりも効率的であることを示した
YCの興味
民間で開発された先進技術を防衛分野に応用する技術。シリコンバレーは20世紀初頭、米軍の研究開発エリアとして誕生した経緯がある
New Space Companies
課題
2006年にSpaceXが初めて打ち上げて打ち上げに成功して以来、打ち上げの費用は10倍以上も低下しているものの、新しい宇宙産業がまだ産まれていない
YCの興味
宇宙を活用した新たなビジネスアイデア・技術開発(打ち上げ費用が低下したことで、シードステージのスタートアップでも衛星を建造し打ち上げることが可能)
YCは過去にAstranis、Relativity Space、Stoke等の宇宙技術を開発する企業に出資している
⑥製造技術
Bring Manufacturing Back to America
課題
米国では20世紀に発展していた製造業が、衰退してしまっている。一方、2022年に成立したCHIPS法*では、米国政府が半導体の製造に約$52Bの資金が投入される予定
*CHIPS法:半導体の製造と研究開発を促進するための法律。国内の半導体生産を増やし、サプライチェーンの安定性を確保することにある
YCの興味
MLベースのロボットを活用した、製造業の自動化技術(労働賃金が低い他国での製造に頼らずに済む)
米国で製造を行いながら発展してきたスタートアップを育ててきた経験があるため、今後も同様なスタートアップが出てくると確信している
YCは過去にAstranis、Gecko Robotics、Solugen等の米国内で製造行うスタートアップに出資している
Astranis:サンフランシスコ中心部で、第二次世界大戦中に米海軍の軍艦を製造していた建物で通信衛星を製造
Gecko Robotics:ピッツバーグに拠点を置き、工業用検査ロボットを製造
Solugen:ヒューストンで工業用化学薬品を製造
⑦気候変動
Climate tech
課題
脱炭素化や大気中の炭素除去のための商業的ソリューション技術に改善の余地がある
YCの興味
エネルギー関連
再生可能エネルギーの生成: 太陽光、風力、バイオマスなどの新技術開発
エネルギー効率の向上: エネルギー消費の最適化技術やスマートグリッドの開発
新素材の開発
環境モニタリング技術:大気、水質、土壌のリアルタイム監視システム
バイオテクノロジーの応用:微生物や植物を利用した環境修復技術
気候変動の影響に適応するための戦略や技術: 洪水対策インフラ、耐熱性作物の開発
グリーンフィンテック: 環境に配慮した投資プラットフォームやサステナブルな金融商品
炭素排出量の計測、報告、管理、およびオフセットの取り組み: 炭素クレジット市場や炭素捕捉技術の開発
⑧AR/VRの実用
Spatial Computing
課題
現在のAR/VR技術はユーザー体験が限定されている(ゲーム以外の実用的なアプリケーションがまだ限定的)
YCの興味
AR/VR技術の実用的なアプリケーションの開発
使いやすく直感的なユーザーインターフェースの設計技術
⑨金融
Stablecoin Finance
課題
現在までに$136B相当のStablecoinが発行されているものの、信頼性と安定性が十分に確立されていない、取引インフラが整備されていない
YCの興味
B2B向けプロダクト:国際送金プラットフォームやサプライチェーンの支払いシステム等
消費者向けのプロダクト:Stablecoinでの支払いをサポートするオンラインマーケットプレイス等
Stablecoinのプロトコルの開発:新しいStablecoinの発行プラットフォーム等
まとめ
Y Combinator Requests for Startups_②では、「AIツール」、「防衛・宇宙」、「製造技術」、「気候変動」、「AR/VRの実用」、「金融」のグループについてまとめた。
「防衛・宇宙」、「製造技術」、「気候変動」、「AR/VRの実用」の分野ではスタートアップによる技術開発も積極的に行われているものの、実用化に向けた技術開発があと一歩進んでいないという印象がある。YCとしても、新しい技術開発だけでなく、エンドユーザーが実際に使用し、ビジネスとして成立させるようなアイデアがスタートアップから出てくることを期待していると考えられる。
「AIツール」について、YCは特にオープンソースで提供するスタートアップに多くの投資実績があることから、興味深いスタートアップが出てくると期待できる。GitLabを始めとして大きな成功を掴んでいるスタートアップもあることから、S24ではどのようなスタートアップが出てくるか注視していきたい。また、今後AIがより当たり前のように活用されていく中で、"Small Fine-Tuned Models as an Alternative to Giant Generic Ones"の分野は競争がより激しくなると予想される。この分野については引き続き競合優位性となるポイント、開発者目線からのアンメットニーズ等を深掘りする予定
以下に、最近資金調達に成功した「防衛・宇宙」、「製造技術」、「気候変動」、「AR/VRの実用」、「金融」のグループに該当する興味深い技術を保有するスタートアップを紹介する
スタートアップ例
「防衛」
Xtend
設立年:2018年
所在地:Tel Aviv, Israel
ファウンダー:Adir Tubi, Aviv Shapira, Matteo Shapira, Rubi Liani
事業概要:機械の遠隔対話操作システムの開発
累計調達額:$60M(2024年5月に$40M調達)
参考サイトは下記
ドローンやロボットを直接操作したり(オプションでVRヘッドセットを使用することも可能)、ドローンにAIモデルを搭載して対象物を識別したり、屋内外環境のナビゲーションを支援させることができるプラットフォームを開発
政府防衛機関を含む50以上の組織を顧客としている
「宇宙」
Varda
設立年:2020年
所在地:San Francisco, CA, USA
ファウンダー:Daniel Marshall, Delian Asparouhov, Will Bruey
事業概要:微小重力下での医薬品製造(宇宙製造)
累計調達額:$141M(2024年4月に$90M調達)
参考サイトは下記
微小重力を利用して、軌道上で地球上では難しい高純度の結晶を生成し薬剤を製造する
宇宙での微小重力環境は、対流や沈降力が抑えられ、より均一な過飽和状態を実現し、完璧な結晶構造を形成することが可能
宇宙で結晶化された製剤は、地球に戻ってもその構造を保持する
HIV/AIDS治療薬(リトナビル)の製造に成功
「製造技術」
minds.ai
設立年:2014年
所在地:Santa Cruz, CA, USA
ファウンダー:Anil Hebbar, Steve Kuo, Sumit Sanyal, Tijmen Tieleman
事業概要:半導体製造業における効率と生産性を上げる技術開発
累計調達額:$5.3M(2023年10月に$5.3M調達)
参考サイトは下記
強化学習、生成AIを用いて半導体製造プロセスの効率と生産性を向上させるソリューション「Maestro」の開発を行う。半導体製造のプロセスにMastroを導入することで、製造プロセスが非常に複雑な半導体製造業務の効率化が期待できる(下記は一例)
故障検出と分類、予防保守計画、ウェハのスクラップ削減、ウェハロットの処理時間予測などの分野で効率化
製品ミックスのアロケーション、設備投資のプランニングと最適化
商品構成計画から需要予測、オペレーターのトレーニング
「気候変動」
Captura
設立年:2021年
所在地:Pasadena, CA, USA
ファウンダー:Chengxiang Xiang, Harry Atwater
事業概要:海洋の炭素回収技術開発
累計調達額:$34.5M(2024年4月に$21M調達)
参考サイトは下記
海水から直接CO2を抽出し、永久保存または再利用するDirect Ocean Capture(DOC)技術を開発している
海洋は人間が排出する炭素の3分の1近くを吸収しており、海洋上層部から余分なCO2を除去することで、海洋が大気からさらにCO2を吸収できるようにする
抽出されたCO2は永久的に貯蔵されるか、再利用(植物育成のための温室効果ガス、化学品の製造等)される
1000トン/年のCO2が除去可能なパイロットシステムをノルウェーの西海岸に導入予定
「AR/VRの実用」
Hololight
設立年:2015年
所在地:Bayern, Germany
ファウンダー:Alexander Werlberger, Florian Haspinger, Luis Bollinger, Michael Oberlechner, Susanne Haspinger
事業概要:XRソフトウェアとストリーミング技術開発
累計調達額:$24.8M(2023年12月に$12M調達)
参考サイトは下記
拡張現実(AR)と仮想現実(VR)技術に特化した、下記のソリューションを開発・提供している
Hololight Space:3D CAD*をAR/VRで可視化するアプリケーション。設計やエンジニアリングで使用される
*3D CAD(3次元コンピュータ支援設計):三次元のデジタルモデルを作成するもの。製品の設計、分析、シミュレーション、製造プロセスを効率化し、リアルな視覚化を可能にするHololight Stream:AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の高精度な体験をローカルサーバーやクラウド上でレンダリングするツール**
**レンダリング:コンピュータがデータ(3Dモデル、テキスト、画像など)を視覚的に表示できる形に変換するプロセスのこと。Hololight Hub:AR/VRアプリケーションの管理とストリーミングを行う産業用メタバースプラットフォーム
「金融」
Paxos
設立年:2012年
所在地:New York, USA
ファウンダー:Charles Cascarilla, Richmond Teo
事業概要:デジタル資産を提供するフィンテック企業
累計調達額:$543.5M(2021年4月に$300M調達)
参考サイトは下記
Paxosは、Paxos Standard(PAX)やPaxos Gold(PAXG)等のStablecoinを発行している。また、Paxosはニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)によって規制されており、厳格な監督下にある(監査報告書を公開しており、ユーザーはいつでも確認することが可能)
PAX
概要: 米ドルと1:1の比率で連動(1PAXは常に1米ドルの価値を持つように設計されている)。
利用: 仮想通貨取引所、ウォレット、決済サービスなど、さまざまなプラットフォームで利用可能。特に、国際送金や決済において、その安定した価値とブロックチェーン技術による迅速な取引処理が重宝されている
PAXG
1トークンあたり1トロイオンス(約31.1グラム)の実物の金(ゴールド)に連動(金はロンドンの金市場における最高水準の信頼性を持つ金庫で保管)
概要: 1トークンあたり1トロイオンス(約31.1グラム)の実物の金(ゴールド)に連動(金はロンドンの金市場における最高水準の信頼性を持つ金庫で保管)
利用: デジタルウォレットに保管したり、迅速に送金したりすることが可能。一般的な金の保有方法に比べて、取引の迅速化や保管コストの削減が実現されている
PAXおよびPAXGは、イーサリアムブロックチェーン上のERC-20トークンとして発行されている
イーサリアムブロックチェーン: 分散型のデータベース技術(データが単一の中央サーバーに集約されるのではなく、複数のコンピュータ(ノード)に分散して保存・管理されるシステム)を利用したもの。イーサリアムは特に「スマートコントラクト」と呼ばれる自動化された契約の実行が可能な点で注目されている
ERC-20トークン: イーサリアムブロックチェーンプラットフォーム上で作成されるデジタル資産の一種