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『長い一日』を読む長い一月 〜14日目〜

滝口悠生さんの連載小説『長い一日』(講談社刊)を一日一章ずつ読み、考えたことや想起されたこと、心が動いたことを書いていく試みです。

八月になりました。第14回は「伯備線に乗って」。窓目くんはヘアーサロンから鳥取へ向かいます。

あらすじ
窓目くんは草壁さんの出身地である、山陰地方に行ったことがない。
『茄子の輝き』という小説の主人公はおそらく窓目くんをモデルにして書かれていて、窓目くんは自分の話だと思って読んでいる。その小説の主人公は離婚した妻と行った島根旅行について思い出したりしていた。窓目くんは結婚も離婚もしたことがないが、結婚したり離婚したりしたひとのいろいろはわかると考える。自分とは似ても似つかぬひとのことを、自分のことのように思い出している。
そんなことを考えているうちに、もう窓目くんは山陰地方に向かう伯備線の車中にいる。ボックス席の向かいには草壁さんが座っている。窓目くんは窓の外の眺めを見ながら、これが人生最高のときかもしれない、と思う。
窓目くんは向かいの席の草壁さんの髪の毛を見て、自分の髪の毛も見て欲しいと思うが、草壁さんはずっと窓の外を見ている。
各駅停車の伯備線はいつのまにか鳥取県に入っていて、窓の外に雪を被った大山が見える。白い大山の手前に地面を覆い尽くすような菜の花畑が広がっていて、窓目くんは思わず声を漏らす。

大山のこと
本来はつながるはずのないものがつながることの驚異と感動。この章を読みながらそんなことを感じました。章の序盤、窓目くんは歩きながらお腹をなでる。そして「靴の裏が蹴る地面の堅さを確かめて、手と足をつなぐみたいにお腹のやわらかさと並べてみる」(p.142)
靴の裏とお腹のやわらかさは窓目くんの身体の感覚を通じてつながっています。
章の冒頭、草壁さんが「頭のなかに黄色い花がたくさん咲いている」と思ったかもしれない黄色い花と、章の終わりに窓目くんが大山のふもとで見た菜の花はきっと同じものなのですが、それらがすべて窓目くんによって想像されたものであったとしても、窓目くんはどのように黄色い菜の花をイメージしたのかよくわかりません。『茄子の輝き』にも大山のふもとに菜の花が咲いている描写はありませんでした。でも、窓目くんと草壁さんが同じようにその黄色い花を見ていたということが、たしかにあると思えることが小説の面白さだと思っています。以前にもこんなことを書いた気がしますが、だとしたら、自分はこの作品のそういう部分に強く惹かれているということで、大上段に構えれば、それが「小説にしかできないこと」だと思っているからかもしれません。
私ごとになりますが、二〇代後半の一年半、鳥取の、まさに大山のふもとに住んでいました。生活のなかにつねに大山が存在しているような感覚があったのですが、印象に残っているのは、あるときに、まだ日が上らないうちに鳥取方面から米子方面へ向かう山陰自動車道を走っていたときに見えた大山で、本当に神々しく見えて感動したことを覚えているのですが、具体的にどんなものかはもう思い出せず、ただただ気持ちが動いた感触だけが残っています。ちなみに、伯備線はめちゃくちゃ揺れるからあんまり乗りたくないと地元の人が行っていて、わたしも乗った記憶がありません。

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