ワタクシ流業界絵コンテ#13
かくして『赤ずきんチャチャ』をやることになった僕は、監督さんとの打ち合わせをすべく、制作会社に向かいました。監督の辻初樹さんは終始穏やかに「面白ければ何をやってもいいですよ」と僕を勇気づけてくれました。作品の方向性としては『セーラームーン』のような変身美少女ものだけど、原作のテイストをなるべく変えないように、ドタバタギャグをテンポよく入れ込んで下さい、と辻さんは、例として『きんぎょ注意報!』という作品をあげました。『きんぎょ──』とは『セーラームーン』の前番組で、独特のハイテンポギャグで人気のあったギャグアニメです。イメージシーンの効果的なインサート、シリアスなシーンには高い頭身、ギャグなシーンには二頭身のヒロインが駆け回ったりと、マンガ文法に慣れ親しんだ人間にとっては「これを待ってたんだ!」と言わしめるような作品でした。要するに『セーラームーン』で『きんぎょ注意報!』をやればいいんだな、と一人納得した僕は、色々入れ込めそうなギャグのパターンを帰りの電車の中で考えました。
担当したのは、第3話「ぶりっこ人魚マリン」、レギュラーキャラクターのマリンちゃんの初お目見えの回です。チャチャ達が海に遠足に行くとちょっとした(笑)事故でボーイフレンドのリーヤが記憶喪失になってしまい、人魚のマリンと仲良くなってしまい──かいつまんで書くとこのような話なのですが、当然そこかしこにギャグがちりばめられ……の筈が脚本は結構おとなしめなものでした。実は監督さんのプランとしては〝魔法少女アニメ〟の中では〝少女〟の部分に比重を置きたかったということでした。同じく『チャチャ』の各話演出をしていた桜井弘明さんに話を聞くと、「今回は少女漫画路線だから、ギャグは控えるように」と言われていたそうです。しかし、僕はそんなことは言われていません(笑)。おそらく新人の僕を気遣って、監督の辻さんが優しい言葉をかけて下さったのだと思います。ギャグ、というのも手法としてのパターンは色々ありますが、それを、見て本当に面白いモノにするというのには技術とセンスが必要です。何やってもいいですよ、と言っても、経験の浅い演出家がそんなに色々と出来るものではない、という冷静な計算も働いていたのかもしれません。しかし、当時の僕にとっては、非常に勇気の湧く言葉でした。
絵コンテは時間はかかりましたが、出来上がるフィルムに対してのヴィジョンは明確に頭の中に存在していましたから、精神的にキツイ、ということはありませんでした。脚本のあっさりしたところ、矛盾のあるところにはガンガン動きのギャグをねじ込んでいきました。そして演出作業──間とタイミングには細心の注意を払いました。溜まりに溜まった鬱憤はかなりありましたから、仕事というものがこんなに楽しかったのか、という気持ちで一杯だったのを憶えています。
NHK出版『放送文化』2001年4月号掲載