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最初に肝を潰された香り

ある年。

大阪のBARで飲んでいた。そこで、東京から来ていると言う男性と知り合うことになる。

「俺、得意なんですよ、自撮り」

そう語る男性と、一緒に写真を撮るほど仲良くなり、Facebookで“友達”となった。


ある日。

Facebookを見ていたら、知らない女性の写真が目に飛び込んできた。例の男性の“友達”のようだ。白のワンピースをまとい、緑の広場を駆ける女性。笑顔だった。プロフィールを開いてみて、東京でモデルをされている方だと知る。

「写真を見て、こんなにあたたかい気持ちになったのは初めてです」

気がつくと、メッセージが送信済になっていた。

「ありがとうございます」

すぐに返信が来た。

「モデル冥利に尽きます」

落ち着いた対応の彼女。俺みたいな男からのメッセージは、日常茶飯事なのだろうか。
偶然にも、彼女と俺は同い年だった。偶然を口実に、Facebookで“友達”となった。それから、お互いの投稿へコメントしたり、しなかったり――そんな日々が続くことになる。


2年後。

「実は、東京から大阪に帰郷しまして」

彼女からメッセージが届いた。

「よかったら、お会いしてみたいです」

青天の霹靂だった。
すぐに、会いたくなった。直近で会えそうな日は、俺が宮崎出張の日だった。会社とも調整して、スケジュールをねじ込んだ。すぐに、会いたかった。


当日。

梅田のビッグマンで待ち合わせ。待ち合わせスポットにしては、人が多すぎる。でも、彼女が彼女だということは、すぐにわかった。

“半分”

俺の半分だった。縦ではなく、横の話だ。顔も、体も、俺の半分だった。
全身が洗練されていた。特に、彼女の脚は、洗練そのもので、神々しさを感じるほどだった。
初対面で強烈に感じたことが、もうひとつある。

“甘い香り”

甘めのシトラス。色に例えるなら、ドロッとしたオレンジ。センシュアルで、恍惚としてしまう雰囲気もある。香りに全く興味のなかった俺が、彼女の容色と並べて印象に挙げるほど、強烈なものだった。

挨拶もそこそこに、中崎町のカフェへ移動した。

制限時間は2時間。2時間後には、宮崎へ出発しないと間に合わない。目一杯の時間に調整していた。
俺は落ち着いていると思っていた。コーヒーは、苦く感じる。ケーキは、甘く感じる。彼女の香りも、甘く感じる。
と、冷静さを確かめる俺とは裏腹に、彼女は和んでいるように見えた。そして、笑顔で語りかけてきた。

「めっちゃ話聞いてくれるね」

その刹那、何かが眼前を貫いた。
ちがう。俺の目が貫かれたんだ。右の目尻から左の目尻にかけて、眼球を串刺しに貫かれたような感覚だった。

あの笑顔だ。
2年前、Facebookで見た笑顔と、おんなじだった。

無事、宮崎の便には間に合った。宮崎へ移動する中、自分の心情を理解するのに、時間を要さなかった。


後日。

二人は、少し遠くの街で、少し遠くのカフェに向かっていた。
ワンピースを1枚まとって街を歩けば、すれ違う男が二度見する。それに対して、俺が覚えたのは“優越感”ではなかった。

「わかる」

“共感”だった。

「これは、二度見してしまうよな」

そう思わせる「色香」が、彼女にはある。彼女の色、香り、艶やかな見目形――これほど、しっくりくる表現はない。
何故なのか。何が彼女を彼女たらしめるのか。彼女を構成するものが知りたくなる。
普段は華やかな彼女――だが、俺は見逃さなかった。時折のぞかせる空虚感に満ちた彼女を。


ある日。

二人は、早めの時間帯から梅田で飲み始めていた。翌日は、彼女が休み、俺が午後から仕事の予定だった。

1軒目の記憶はない。

2軒目は、梅田の外れにあるダイニングバー。店内の雰囲気は、この上なく良い。二人だけの世界のように感じるほど、話しやすい空気だった。

「ジョーマローンのディフューザー、置いてあったね」

お手洗いから席に戻ってきた彼女が教えてくれた。この時、彼女がジョーマローン好きだと初めて知る。が、うまく深掘りできない俺。思考が鈍ってきていた。お酒のせいだろうか。それとも、彼女の色香のせいだろうか。

二人とも、いつもよりお酒が進んでいた。

今日も、ワンピースをまとう彼女。

色香の主張は、強い。

見入ってしまう。

高揚感。

終電。

そして、





春。

彼女は、結婚した。

知りたかったことが、ひとつある。

「彼女がまとっていた香りは、何だったんだろう」

結局、聞いていない。
あれからジョーマローンが好きになった。カウンターでも色々と試香してみたが、未だにわかっていない。もしかしたら、ジョーマローンの香りという見立てから、間違っている可能性もある。

最期まで、わからないかもしれない。
そんな香りが、俺の鼻に眠っている。


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